【69】開戦


「ただいま高度2400m! 間もなく、皇都防衛ライン上空に到達しますなのです! 右舷よし、左舷よし、船首船尾もよし! バランサー順調作動中なのです!」

「ルナリン、防護シールドを最強コントロール中なの……」


 操舵室にマヨリンの元気な声と、ルナリンの落ち着いた声が響き渡る。

 2人とも、大きな耳を忙しなくピクピクと動かして、どこか緊張している様子だ。


 すでに陽は高く昇っている。

 雨巫女あめみこの加護力によって呼び寄せられた雨雲も、今は少しずつちぎれ始めていた。

 決戦に備え、雨巫女の加護力を発動している余裕も無いからだ。

 そして雨雲のはるか上空、晴天を輝かせる太陽の側には、夜映やはえが薄らと姿を見せていた。


「これまでにも増して、随分に大きくなられたような……」


 不気味に浮かぶ夜映やはえを見上げ、雨巫女ウズハがポツリと漏らした。


「総員、確認! 蒼竿銃兵ブルーロッドスナイパー1人に護衛兵2人! 三人一組になっているか?」

蒼竿銃兵ブルーロッドスナイパーの射撃は個別の判断に任せる! だが弾数は限られてんだ、一発必中を心がけてくれ」

偃月えんげつの陣を崩すでないぞ! 部隊ごとに魔人軍の各個撃破に専念じゃ!」


 天空城地下で出撃に備えるインディラたちが、兵たちに気合を入れている。

 「おう!」と勇ましい声が轟いて、兵たちの士気の高さを伺わせた。

 部隊は三部隊。

 それぞれ、インディラとムサビとゴラクモを部隊長として、乗降口から三方に向かって展開、ダークシャーマン一団の各個撃破を目指すことになっている。

 ダークシャーマン一団の位置は、メインモニターからプリントアウトした大軍勢の陣形から入念に確認済みだ。

 合計108ヶ所に、紫色の丸が陣形図上に描かれている。


「魔人が姿を現わしたら、十痣鬼とあざおにの解放を終えるまではわたしたちに任せて欲しいの。でも、十痣鬼とあざおにを解放したあとの魔人のトドメは、インディラさんたちにお任せします」

「承ってござる!」

「腕が鳴る! 派手にやってやりましょう!」

「ワシらが団結すれば、敵の罠も何のそのじゃ!」


 ロコアに応えて、兵たちの威勢のいい声が響いてくる。

 気合十分、今にも飛び出して行きそうな勢いだ。


「皆、私の突撃指示を待つように」


 こういう時でも、皇子アフマドは落ち着き払っているようだ。

 晴矢はれやも感心せずにはいられない。

 蒼竿銃ブルーロッドライフルを携えた皇子アフマドは、本隊旗を掲げた少数の老兵たちとともに、天空城甲板に陣を構えている。

 拡声器を通じて、敵の大軍勢に呼び掛ける準備も万端だ。


「万が一にも、敵が本陣に切り込んでこようものなら、ワシのこの剣が唸りをあげましょうぞ」

「昔とった杵柄きねづかじゃあ! 若いもんに遅れを取ってばかりもおれぬ!」

「馬さえあればどこまでも突撃出来るのじゃがのう! 口惜しや!」


 突撃部隊の足手まといにならないように、という配慮からだが、皆、老いてなお血気盛んなようだ。

 歴戦の強者ともなれば年齢も老いも関係ないということを、晴矢はボンヤリと感じていた。


「それにしても重いな、天空城。これでも全速力なのに、なっかなか動いてくれないぜ」

「今のままで大丈夫よ、晴矢くん。十分に速いから」

「でもさ、もっとこう、ビューーーーーンって感じで動けないとさ、大物が現れでもしたらヤバくない?」

「もともとそういう目的の建造物じゃないから。無理すると、大きくバランスを崩し兼ねないわ」

「マヨリンがバランサー制御しますなのです! だからミクライ様、無茶をなさっても大丈夫ですよなのです!」

「そっか、よーしっ! 無茶してみよっかな~?」

「やめなさい」

「ルナリンも天空城で大空を荒ぶりたいの……」

「ほーら、晴矢くんが変なコト言うから、マヨリンちゃんもルナリンちゃんも悪い子になるでしょ?」

「あはは、いけないオトナってヤツさ!」

「ミクライ様はちょいワルなのです!」

「父上様に似てるの……」

「……晴矢とオレがなんだって?」

「揃いも揃ってクソガキじゃ!!!」


 緊張感の漂っていた天空城に、笑い声が溢れる。

 天空城に精霊力エネルギー注入を行っていた雨巫女ウズハも、皆のやりとりにクスっと微笑んでいた。


「ルナリンが報告する天空城の精霊力エネルギー充填レベル……ただいま260%、目標充填率を超え、まだまだ充填中……ウズハお姉さまとロコア様の精霊力、凄いなの……」

「十分すぎるよな」


 『彌吼雷ミクライの間』の左端に映る『天空城精霊力エネルギー充填レベル』を眺めながら、晴矢もポツリと漏らしてしまう。

 天空城に初めて乗り込んだ時、グリサリとマヨリンとルナリンでは、100%を維持するのがやっとだったはずだ。


「ううん、そうでもないの。『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』は超虹雷砲スーパーグライキャノン並にエネルギーを消費するから。今のところ2回は発動出来ると思うけど、相手の攻撃を防いだりすることも考慮すると、もうちょっと充填しておいてもいいぐらいだと思う」

「激しい戦闘になりますれば、充填の余裕もなくなりますでしょうから、この程度の準備は必要かと」


 ロコアのことだから、それを考慮しないわけは無いだろう。

 さすがだな、と思う反面、武者震いで鳥肌が立つような感覚を覚えた。


「ただいま、目標地点に到着なのです! 皇都おうと防衛ライン直上なのです!」

「高度は2400mを維持してるの……」

「グスタフ、皇都の『天空城転送装置』の状況はどう?」

「『動きなし、だ。見張り兵しかいねえ』」

「了解、ありがとう。アフマドさん、ウズハさん。予定通り、このまま降下を開始してもいい?」

「ああ、頼む」

「参りましょう────杜乃榎とのえと周辺国の、未来のために」

「晴矢くん、目標高度は10m以下。最低でも『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』の射程圏、高度50mまでは降下してね」

「オッケイ! いくぜ、みんなっ!!!」


 元気な掛け声とともに、晴矢がグンと身体を沈めこむ。

 すると、天空城は「グゴゴゴゴ」という大きな低い重低音と共に降下し始めた。

 急速な降下の、フワッと吸い込まれるような感覚に、誰もが腰を低くして身構える。


 灰色の雲海へ突入すると、「ヒュウウウウウウ」という風切り音と細かな振動が天空城を包み込んだ。


「高度1000……高度980……」

「マヨリンはバランサーと高度管理、ルナリンは精霊力エネルギーレベルと防護シールド管理、ウズハさんとわたしは目標高度ギリギリまでエネルギー充填を続行」

「わかりました」

「はいなのです!」

「了解なの……」

「高度800! まもなく、雨雲を抜けますなのです!」


 分厚い雨雲を掻き分けるようにして抜け出すと、眼下に皇都防衛ラインの大軍勢が姿を現した。

 皇都防衛ラインの城壁から、皇都を囲う堀まで、ギッシリと兵が埋め尽くしている。

 一面に薄らと白い靄がかかり、その下で篝火かがりびがオレンジ色に瞬いていた。


 その光景に、兵たちから「うああ……」という動揺の声が漏れる。


「数に怯えるでない! 我らには天空城がある!」

「雨巫女の加護の下、皆が力を合わせ魔人の力を跳ね返すのだ!」


 ムサビとインディラの叱咤激励を掻き消すかのように、直下の連合軍から、太鼓や銅鑼の音が「ドーン! ジャラジャラジャラー!」と突き上げてきた。

 そして、大軍勢から轟くような雄叫びが湧き上がる。


「ワシらも名乗りを上げ返したいところじゃ!」

「フフフッ、目にもの見せてやろうって感じですよ」

「これだけの軍勢ならば、相手にとって不足なし!」


 ムサビ・ゴラクモ・インディラの3人は、大軍勢の雄叫びに怖気づく様子もない。

 天空城の兵たちも奮い立つようにして「おう!」と声を上げた。

 それを尻目に、甲板の皇子アフマドが拡声器の集音器マイクを手に取った。


「────私は杜乃榎とのえの皇子、アフマドである!」


 拡声器の音が響き渡ると、眼下の大軍勢が水を打ったように静まり返った。


「我らの目的は、十痣鬼とあざおにの治癒と魔人の討伐のみ! 周辺各国の軍と刃を交えるものではない! 貴殿らの刃が真に向く先は、魔人軍であるはずだ!」

「何をほざくか、れ者があアアアぁぁぁッ!!!」


 皇子アフマドの声に対抗するかのように、静まり返った大軍勢から甲高い声が響き渡った。


「反逆の小僧が抜け抜けと杜乃榎とのえを名乗るとは、厚かましいにも程があるというものぞ!!」


 大軍勢のほぼ中央。

 金色に輝く豪奢な牛車の上に仁王立ちするサウドが、狂気に満ちた笑みとともに、手にした大きな白采配を天空城に向かって振り上げていた。

 その周囲をシャムダーナの仮面男たちが7人、グルリと取り囲み、杜乃榎の旗を掲げている。


「天空城は泰平の世を導くにあたわず! 魔人様の理力りりょくこそ、豊穣なる桃源郷を実現する唯一無二の力よ!」

「魔人の道は、世界の破滅に続くのみ! 夜映やはえもそれを許さぬは、サウド! お前も承知していよう?」


 皇子アフマドの声に、怒りにも満ちた響きがこもる。

 周囲で旗を掲げる老兵から、「そうじゃそうじゃ!」と怒声が上がった。


「ヒャアーーーハハハハハハッ!! 魔人様の理力を見くびるでないわッ! 夜映やはえなぞ、恐るるに足らずよ! 虫ケラを捻るがごとく、すり潰して見せようぞ!」

「天を恐れぬ無謀の者よ、力で圧すれば良いなどと……各国の王と将よ! 此度こたびの件は、杜乃榎とのえの逆臣による内乱がすべての元凶! 魔人とその軍を掃討せしめし時には、低頭平身を持って謝辞と成すことを誓う! すべての所業を水に流し、我ら天空城と共に、秩序と調和を取り戻す戦いに賛同されたい!」

「戯言戯言戯言おおおおうォォォッ!!!!」


 目を剥いて絶叫しながら、サウドが大きな円を描くように白采配を振り回し始めた。




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