【68】2つめの案


「じゃあ、いい? 2つめだけど────」


 一同が揃ってロコアの言葉に耳を傾ける。

 操舵室にはピリッとした空気が漂っていた。


「────天空城で連合軍を制圧し、魔人自ら戦場に赴かせる」


 ロコアの言葉に、皆、怪訝そうな表情になる。

 そんな一同を尻目に、ロコアは言葉を続けた。


「大軍勢の中にいる十痣鬼とあざおにを一度にすべて眠らせ、その上で魔人軍を一掃できれば、連合軍も考えが変わると思うし、魔人も怒りに震えて姿を現わすはずよ」

「し、しかし、そのようなことが可能にござりますか?」

「むしろ、無理無茶無謀の力押しのように聞こえるがのお?」

「天空城と雨巫女あめみこがあれば、それが可能なの。ね、ウズハさん」

「あ、はい」


 いきなり話を振られた雨巫女ウズハは、姿勢を正すと、ニッコリと微笑んだ。


「昨晩、お渡しいただきました書物にございますね? もちろん、熟読いたしました」

「マヨリンもウズハお姉さまと一緒に読みましたなのです!」

「ルナリンも、最強に超絶読破したの……」

「ふむ、先ほど申していたものだな? して、それはどのような?」

「過去の魔人との戦いの記録の中にね、『天空城を使って十痣鬼を眠りに落とした』という記述があったの」

「まことでござるか?」

「『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』という術にございます────」


 皆を見渡す雨巫女ウズハのその目には、希望に満ちた光を湛えていた。


「『雨巫女の加護力を天空城で増幅し、さらに限られた範囲に集中圧縮放出を行うことで十痣鬼とあざおにを昏睡状態に導いた』、とありました」

「原理は異世界ウォーカーのマスター権限システムと同じで、それを十痣鬼に限定して不特定多数の相手に対して行う術みたい。そしてこの術には────悪魔術ラニギロトを封殺する効果もあるの」

「ま、マジで?」

悪魔術ラニギロトさえ封じてしまえば、魔人軍は武器を振るうだけになるわ。新たな魔物を召喚することもできないし、遠距離攻撃魔術や呪い系魔術も使えなくなる」


 その言葉に、インディラとムサビとゴラクモの3人が眼を輝かせる。


「そいつはホントに可能なんですかね? 今度こそ期待しますよ?」

「2つの効果に関してはわたしが保証するわ。ミュリエルの……わたしの頼れる人のところで、きちんと調べておいたから。そのための、天空城のOSアップデートでもあったから」

「そういうことか! ロコア、有能すぎ!!」

「どう、ウズハさん? やれそう?」

「初めての術でございますから、確約は申し上げにくいのですが……ただ、今は泣き言を申し上げている時ではございませぬゆえ」


 そっと視線を上げた雨巫女ウズハの目には、力強い決意が宿っているように見えた。


「それに、マヨリンとルナリンもおります」

「はい、なのです!」

「ルナリン、最強を示す大チャンス……超絶気合満々……」

「この術は大量の精霊力エネルギーを消費するみたいだけど、それはわたしも全力でサポートするから。何度も使えるわけじゃないけど、2度3度は行けると思う」


 雨巫女ウズハにマヨリンとルナリン、そしてロコアの4人が顔を見合わせて頷き合う。


「操舵室の4人が『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』にかかりきりになっちゃうから、天空城の操縦は晴矢くんにお願いするしかないの」

「『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』は、対象との距離が近ければ近いほど、効果が高まるそうにございます」

「天空城を地表スレスレ、あの大軍勢のすぐ頭の上で滞空させる必要があるわ。でも、晴矢はれやくんになら可能でしょ?」

「ああ、問題ないさ!」

「ふむ。そこまで天空城を降下させられるなら、その後の白兵戦に兵の展開も容易にござろう」

「じゃな! 天空城台座の大扉より、一斉に打って出ようぞ!」

「ハハハッ、面白くなってきやがりましたね! 天空城の力で、あの大軍勢のど真ん中に兵を展開ですか」

「あとは、我が言葉によって、連合軍の心が揺らぐことを期待しよう。天空城の力を見せつければ、もしやもあろう」

「連合軍のヤツらが歯向かって来るようなら、魔人軍を狙い打つどころの騒ぎじゃない。頼りにしてますよ、皇子」

「ああ、任せて欲しい」

「力押しじゃが、わかりやすい作戦じゃ! 兵も覚悟を決めようて!」

「拙者も異議なし!」

「では雨巫女よ、任せたぞ」

「はい。身命を賭して任にあたる所存でございます」

「アフマドさんの望み通り、全部の条件クリアだね!」

「────待って、ひとつだけ気になることがあるの」


 士気の上がる一同に、ロコアが水を差す。


「まだ何か?」

「グリサリさんとアリフさんとサウドさん、この3人の中で『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』の事を知ってる人はいると思う?」


 問いかけに、皇子アフマドと雨巫女ウズハが顔を見合わせる。


「グリサリは、知っていても不思議はございません」

「父上とサウドも、国の歴史については書に目を通しているはずだ。知っていて不思議はない。……恥ずかしながら、私は不勉強であったが」

「そう……」


 ロコアは眉を潜めて、そっと視線を落とした。


「それが、なんで気になるんですかい?」


 口元は相変わらずニヤついているが、ゴラクモがじれったいと言わんばかりに問いかける。

 それに対し、思い当たったような顔で、晴矢が口を開いた。


「グリサリさんとアリフさんとサウドさんが知ってたら、当然、魔人もそのことを知ってるだろうってことだね? 3人の霊魂は魔人に吸い取られてるから、魔人は3人の知識を自分のモノにしてるかもしれない」

「うん、そういうことなの」

「ほう……」

「つまり、その作戦は魔人もお見通し、ということじゃの?」

「うん」

「敵に情報が漏れているならば、まさしく飛んで火に入る夏の虫……」


 誰もが冷水を浴びせられたようにしんとなる。

 沈黙を切り裂くように、ロコアがシャリーンと錫杖を鳴らした。


「どんな作戦でもリスクは付き物、残された手がなければこれで行くしか無いと思うの。もとより尋ねたかったのは、みなさんの覚悟────」


 ロコアがもう一度、錫杖の遊環をシャリンと鳴らして進み出る。


「────覚悟のない者は、今すぐにでもここから立ち去りなさい」


 皇子アフマドは深く頷き、インディラはクッと眉を引き締め、ゴラクモはやれやれと言わんばかりに頭を掻いてニヤッと笑い、ムサビはフンと大きく鼻を鳴らして胸を張る。

 マヨリンとルナリンはにっこりと笑顔を交わし、雨巫女ウズハはそっと微笑んで、胸に手を置いた。


「────雨巫女の加護が魔をはらい、新たな道を切り拓くでしょう」


 男たちが「おう!」と吠える。


「では決まりとしよう。すでに各人の担当は決まったようだ。

 天空城の操舵はミクライ、雨巫女の加護力による攻撃展開は雨巫女ウズハと従者ロコアを筆頭に、マヨリンとルナリンに任せよう。インディラ・ゴラクモ・ムサビの三名は白兵部隊を編成、十痣鬼とあざおにの休眠完了後に魔人軍各個撃破の指揮を取れ。私は連合軍への呼びかけのため、甲板に立つ。

 一刻後を目処に、大軍勢への攻撃を開始する。────異存は無いな?」


 いよいよ決戦の時。


 再び、男たちが「おう!」と吠える。

 そして互いに頷き合うと、決意に満ち溢れた表情で、それぞれの持ち場へと向かって行った。




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