【67】1つめの案


 皇子アフマドが提示した3つの条件。


 インディラとムサビは低い唸り声を漏らして首を捻っている。

 ゴラクモは、「やれやれ」といった様子で目を閉じている。

 雨巫女あめみこウズハは顎に手を添え、時折、ロコアの方をチラチラと伺いながら、何事か考えを巡らせている様子だ。

 マヨリンとルナリンは、大きな耳をしんなりとさせて、黙りこくっている。


 誰もいい考えが思いつかない……みんなの様子を眺める晴矢には、そんな風に感じられた。


「────もうひとつ忘れてならないのは、身を潜めている魔人の居場所を特定すること」


 しばらくして、メインモニターに冷たい視線を送っていたロコアが、囁くように言葉を発した。


十痣鬼とあざおにを元に戻すには、魔人の居場所を突き止めなければならないの。それに、魔人を取り逃がせば十痣鬼とあざおにがさらに増えて、より強大な力を得てしまうかもしれない。目の前の大軍勢を相手に上手く勝利を得られたとしても、魔人が見つからなければ何も終わらない……」


 ロコアの言葉に、操舵室の空気がさらに重みを増したようだった。

 晴矢はれやは肩をすくめると、ロコアに問いかけた。


「何か案はあるんでしょ、ロコア?」

「……あると思う?」


 ロコアにしては珍しく、少しイタズラっぽい視線を晴矢に向ける。

 晴矢は思わずニヤッと微笑み返していた。


「ははは、ロコアが考えも無しに発言するとは思えないからね。昨日の夜も書物庫でウズハに何か渡してたし、グスタフを皇都に潜入させてるし」


 晴矢の言葉に、雨巫女ウズハがちょっと驚いた表情を見せた後、コクリと頷いた。


「隠し立てするつもりはございません。確かに昨晩、この戦いに向けての策として、ロコア様より書物をお渡しいただきました」

「ほお? それは何であろう?」


 皆の視線がロコアと雨巫女ウズハに集中する。

 ロコアはシャリンと錫杖を鳴らすと、視線を落として「ふう」と小さく一息漏らした。

 そして視線を上げると、皇子アフマドを見据えた。


「わたしの勝手な考えだけど……いい?」

「是非にも。従者ロコアよ、遠慮されることはない」


 ロコアは、皇子アフマドの誠実そうな眼差しにそっと頷き返した。


「2つの作戦を考えたんだけど、結局、使えそうな作戦は1つだけになるみたい」

「……その、ダメな方の作戦とは?」

「────大軍勢は相手にしないで、皇都に潜入し、魔人を見つけ出すこと」

「ほお、皇都に潜入するとな?」

「魔人を見つけ出せれば、大軍勢を相手にする必要もない……ということだろうか?」

「うん」


 頷くロコアに、ムサビが「おお」と声を挙げた。


「それは夢の様な話じゃのお! 十痣鬼も連合軍も、魔人軍も相手にせずともよいのかな?」

「うん、でもね、やっぱりこれはダメ。奪還器リヴァーサーがあればなんとかなるかもしれないけど、それ以外では十痣鬼たちの攻撃を止められないと思うから。結果的に周囲を魔人軍に包囲され、むしろ窮地に陥りそう」

「皇都への潜入も難しいやも知れませぬ。皇都に入るため、天空城を地表に降ろせば、たちまちの内に連合軍が殺到しましょう」

「晴矢くんに運んでもらうにしても、数名だから」

「多勢に無勢ですね。また逃げ戻ってくるのがオチってヤツでしょう」

「たとえ『天空城転送装置』を使ったとしても……」


 雨巫女ウズハが沈んだ顔つきで首を横に振る。


「うむ! あちらにも、敵兵が伏せられているじゃろうて」

「実はその確認もあって、使い魔のグスタフを皇都に行かせたの。……グスタフ、グスタフ。今、大丈夫?」


 錫杖をシャリンと鳴らしながら、ロコアが呼びかける。

 すると、操舵室のモニタースクリーンに『音声通信』のウインドウが一枚、パッと開いた。


「『おう、どうした?』」

「今、どのあたり?」

「『転送装置の部屋だ。今のところ問題ねえ、指示通りに動いてるぜ』」


 聞こえてきたグスタフの声に一同から「おお」と感嘆の声が上がった。


「『ちなみに、ロコアが心配してた護衛兵だが……ああ、いるぜ。部屋の中に5人、廊下に10人ほど詰めてやがる。皆、眼を赤く光らせてな』」


 グスタフのもたらした情報に、操舵室に落胆の溜め息が漏れた。


「うん、わかった。ありがとう」

「『ひとまず、このまま待機でいいか?』」

「うん、お願い。アリフさんかグリサリさんがそこに来たら、すぐに教えて」

「『おう、任せろ』」


 ウインドウが閉じて音声が途絶える。

 ゴラクモは肩をすくめ、ムサビは頭を横に振っていた。

 雨巫女ウズハは沈んだ面持ちで視線を落としている。


「こちらの意図は、あちらも読んでいるということか」

「突撃をご命令いただければ、決死の覚悟で拙者が参りましょうぞ。護衛兵を斬りつけ、道を切り拓くは任せられよ」


 キッとばかりに視線を上げるインディラに、皇子アフマドは首を横に振った。


「インディラには魔人討伐の主戦としていてもらわねばならない。その前に、無謀な任務を申し付けるわけにはいかぬ」

「ですが皇子アフマドよ……!」


 食い下がるインディラに、皇子アフマドは制止を促すように手を挙げた。


十痣鬼とあざおにはなるべく助けたい。杜乃榎とのえの兵とて同じこと。先ほど、そう申したはずだ」


 諌められたインディラは唇を噛みしめると、半歩後ろに身を引いた。


「魔人を探して倒せば良いだけならさ、俺が一人で飛んで行ってやっちゃうのもアリ?」

「それはリスクが大きすぎるわ。もしも晴矢くんが魔人の手に堕ちたら、天空城は浮遊する手立てを失い、墜落するしかなくなるもの」

「う……む……そ、そうだな」

「天空城が無抵抗に地表に落ちれば、あの大軍勢が押し寄せるであろうな」

「天空城は、我らの最後の砦にござる」

「今はその最後の砦に閉じ込められてしまった状態、ってとこですかね」


 ゴラクモの自虐的な言葉に、ムサビが「フンッ」と鼻息をついた。


「せめて、魔人の居場所がはっきりしていればのお」

「……ふむ、たしかに潜入方法と魔人の居場所のあやふやさからして、1つめの案は難しそうだ」


 皇子アフマドは目を閉じ、残念そうに口を結んだ。


「ってことは、もう一つの案で行くってことで決定かな?」

「それは案を聞いてからにしよう」


 皇子アフマドが、促すようにロコアに視線を送った。





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