第57話 命の引き算

 だけど、ぼくは――早見士郎の残した言葉に歯がみする。

 たかだかドレッドノート級。早見先生はそう言った。


 英雄、早見士郎にとっては、アレさえもその程度の敵だったということだ。

 まだまだメタルはもちろん、人類の上限さえ見えてこない。

 ぼくらはただ夢中で生き残って、偶然の積み重ねでかろうじて勝利をつかんだだけに過ぎない。その上、帰還時に無線で伝えられた犠牲者数は十六名。怪我人はその倍はいるだろう。引き替えに破壊できたのはメタル一機。


「……割に合わないな……」

『こらこら。ダメよ、イツキ。マサトも良い機会だから聞きなさい』


 タランテラがネイキッドの背中を叩き、天川月乃がチーム回線で囁いた。


『疲れてたってヘコんでたって、うつむかない。勝者はいつだって胸を張らなければならない。それが明日、みんなの戦う勇気となるから』


 グラウンドはあいかわらずのお祭り騒ぎで、メタルを倒して戦場から無事に帰還した四機の機体を見上げている。


『自覚しなさい。下に集まった新入生たちにとって、あなたたちはもう立派な英雄のひとりなのよ。わかったら、さっさと顔を上げる! シャキっとしな、シャキっと!』


 ……そうだな。ドレッドノート級のメタルがどれほどのものかはともかくとして、ぼくらは装甲人型兵器ランド・グライドに乗ってまだ数日しか経っていない。ネイキッドだって、機体としては初期装備の成長前だ。

 早く、一分一秒でも早く強くなろう……。早見士郎や、リア・アバカロフのように……。


『へへ、見ろよイツキ』


 無線からマサトの声が響く。

 レギンレイヴの指さす先、そこにはケガや包帯だらけの特殊クラスの生徒たちが一丸となって諸手を挙げて叫び、ぼくらに笑いかけてくれていた。

 入学式の日にぼくが怒鳴りつけてしまった女子生徒ふたりが、ネイキッドのカメラアイに向かって照れくさそうに頭を下げた。

 どうやら生き残れたらしい。良かったと、今なら心から思える。


『ほら、何か応えてやれよ』


 無責任なマサトの声が響いた。


「気まずくなってんのは、おまえもだろ?」

『バ~カ、おれはとっくに仲直りしてるってーの』

「女子だけ?」

『女子だけ。うはははは!』

「……ははは……」


 まあ、マサトはこういうやつだ。うらやましい性格だ。まったく。

 ぼくは嬉しくなって、鋼鉄の右腕を空へと突き上げる。

 どっと歓声が上がった。


 少し笑いながら、ツキノさんがタランテラの歩を進めた。グラウンドでぼくらの機体を取り巻いていた学生たちが、一斉に道を譲る。


『よし、じゃあ燃料ケロシンも少なくなってきたし、格納庫ドックに戻るわよ。って、あ……え、え、うそぉ……』

『どうしました、ツキノさん?』


 一歩踏み出した体勢のまま、タランテラがその動きを止めた。獰猛なエンジン音とともに、灯っていた機体の光がすぅっと消えていく。


『ご~めん、タランテラの燃料残量がゼロになっちゃった。あんたたちの格納庫でいいから運んでもらっていい?』


 無理もない。おそらく他のどの機体よりも、限界を超えて動き続けていたのだから。


「わかりました。マサト、そっち側の腕を抱えられる?」

『悪いけど、よろしく~!』

『よろこんでっ』


 なぜか高いそのテンションに、天川月乃が声をひそめてうめくように呟いた。


『……動けないからってヘンなとこ触んの禁止よ、マサト?』

『ちょっと、ツキノさん? なんでおれだけ注意するんですか……』

「チャラチャラしてて信用ないからだろ」


 半笑いでからかってやると、マサトが苦し紛れに吐き捨てる。


『くっ、どうせなら肉のカラダのときにするっての!』

『……そういうとこよ。あと、言っとくけどあたしはベラボーに高いわよ』

『働きます。貴女のためなら馬車馬のように』

「だからそこらへんが軽いんだって」


 まったく、懲りないやつだ。

 ツキノさんがたまらずといったふうに噴き出した。


『ふふ、じゃあリサに頼もうかな』

『じょ、冗談ですからっ。ちゃんとやりますよっ』


 ネイキッドとレギンレイヴでタランテラに肩を貸し、ゆっくりとグラウンドを歩いて格納庫の入口をくぐる。足下の学生たちは、そんなぼくらに走ってついてきた。

 格納庫で機体を固定した後、コクピットを開いてネイキッドの腕部を伝い、コンクリートの地面に飛び降りる。

 瞬間、また歓声が沸いた。


「よくやったぞ、新入生!」「藤堂正宗といい、今年は別格が多いな」「おまえら特進じゃなくて特殊なんだって!?」「天川月乃ならやりかねん」「早見士郎以来の天才じゃないのか」「ねえ、彼女はいるの?」「今日はゆっくり休めよ」「助けてくれてありがとう」


 誰ひとり、何ひとつ返事ができていないのに、バシバシと肩や頭を叩かれ、ぼくは苦笑いを浮かべる。マサトも似たような状態で何かを喋っているようだけど、その声は歓声に呑まれて内容までは聞こえてこなかった。


 囲まれながら、ぼくは背伸びをして周囲を見回す。

 成宮ルルの姿はない。キャンディフロスはおそらく修理工場、ルルは病院か保健室か。軽傷とは聞いたが、あとで見舞いにでも行ってみよう。

ルルだけじゃない。ネイキッドの後について壁際で片膝を付いたベルベットから、リサも降りてこない。


 どうしたんだ? 喋っていてもケガはなさそうだったし、人混みが苦手……なわけないな。食券売り場で突っ立っているくらいだし……。そのまま眠ってしまったのかな?

 人混みを掻き分けてベルベットへと歩みを進めた瞬間、突然背後から歓声が上がった。


「どわあっ、あ、天川っ!?」「きゃああああっ」「うおっ、すげえっ!!」「写メ、写メ!」「たまんね……」「ぎゃーーーー!」「まただよ、あの子……」「ったく、しょうがないな」


 一瞬にして全員の視線がタランテラへと向けられる。


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