第七章 Memory

第56話 勝利の凱旋帰校

 桜の季節が、終わってゆく。

 戦地となった御苑で救護班が到着するまで怪我人を救出し続け、クタクタになりながら帰還したぼくらは、帝高グラウンドで多くの学生や装甲人型兵器ランド・グライドに出迎えられた。

 唖然として立ち止まる。

 ネイキッドのカメラに映る生徒たちは、口々にぼくらのチームを褒め称えてくれた。


「……」


 どうしたものかと立ち尽くすぼくらに、突然無線から早見先生の声が響いた。


『高桜、多岐、アバカロフ、よくやった。まさか入学数日でドレッドノート級を沈めるとはな。藤堂正宗の指揮の下、君達は新入生とは思えない獅子奮迅の活躍をした』


 藤堂の指揮だって? 冗談じゃない! デタラメだ!

 けれど、ぼくらが抗議しようとした横から、天川月乃がわめき散らす。


『よくやったじゃないでしょ! どうしてドレッドノート級が出現しているのに、上級生や先生方が出てこなかったのっ!? 新入生ばっか送り込んで、いったい何人死んだと思ってンのッ!!』


 天川月乃の剣幕に唖然としてしまって、ぼくは言葉を呑んだ。だってまさか、いくら天川月乃でも、あの英雄、早見士郎に対してこんな口を利くだなんて。

 無線の内容の聞こえないグラウンドの聴衆は、お祭り騒ぎをしている。


『月乃か。まったく、あいかわらず気性の荒いやつだ。こちらにも理由がある。ドレッドノート級が出現する直前に、八王子地区にフレイター級が出現した』


 ――ッ!? また二機同時出現だったのか!


『ゆえにドレッドノート級の出現は、上級生や教師、帝大、そして地元である帝西のほとんどの勢力をそちらに向かわせてしまった後だったのだ。私も例外ではない』


 わずかに語調を強めて、早見先生が言い放った。

 フレイター級。ドレッドノート級よりも被害ランクは下だけど、かなり危険なメタルだ。破壊力はさほどでもないが、五十メートル級の巨体にもかかわらず装甲人型兵器ランド・グライドと同じくグライドを駆使するため、移動速度が速くて捉えることが非常に難しい。

 倒すのに非常に時間のかかるタイプだと言われている。


 そいつがほぼ同時に出現していたとなると、話は大きく変わってくる。もしも討伐に時間のかかるフレイター級の襲撃が陽動なのだとしたら、メタルのA.Iが人類認識を超えて進化している恐れがある。そうでなければ、メタルにのような存在ができたか、だ。

 そういえば、戦闘中にルルも言っていた。逃走機のみを追撃するなど、A.Iにできる判断ではない、と。

 ぞくり、と鋼鉄の背筋に悪寒が走った。


『そしてフレイター級の討伐は、本来であればおまえの仕事でもあったはずだ。月乃』

『…………お、おおぅ……。……りょ、了解しました。し、私利私欲のために装甲人型兵器ランド・グライドを無断使用し、申し訳ありませんでした~……』


 天川月乃が不承不承に呻いた。

 ぼくはあわてて口を開く。


「待ってください、先生。今回たまたまツキノさんがいなかったら、ぼくやマサト、それに藤堂指揮下のやつらだって無事には――」


 ぼくの抗議の声に、早見先生が言葉を重ねた。


『――だが、今回! 装甲人型兵器ランド・グライドタランテラを無断で持ち出すというおまえの身勝手な行動によって、結果的に犠牲者数を最小限に抑えられたことは否めん。我々がフレイター級を片付けてからドレッドノート級のもとへ向かうまでの間に東京の外壁を崩されずに済んだのは、おまえがいたからだ。ゆえに和泉学園長は、この件を不問に処すとの判断を下した』


 ほっと胸をなで下ろす。


『無断使用は表立って褒められた行為ではなかったが、教師としてではなく個人的には言わせてもらう。――よくやった、月乃』

『はい。……ごめんね、士郎ちゃん』

『………………学校でその呼び方はやめろ』


 それにしても「月乃」に「士郎ちゃん」。名前で呼び合うような仲なのか?


『…………うう、我が従兄ながら、あいかわらず完璧だわ……』


 まるでぼくの思考を読んだかのような、的確な独り言。

 どうりで天川月乃も人間離れしていると思った。あと数年もあれば、早見先生のように単騎でドレッドノート級を沈めるようになりそうだ。常識人としてはもっとイっちゃってるけど。


『通信は以上だ。……ああ、ふたつ言い忘れていた。成宮ルルは軽傷だ。リミッターを切っていなかったことが幸いした。後遺症も出ないだろう。リサが抱えていたところを先遣隊が発見して連れ帰ったから安心しろ。数日で復帰できるはずだ』


 ふいに、早見先生が声を潜めた。


『……それと、君達が戦闘時に藤堂指揮下にいなかったことはすでにわかっている。全権チャンネルはまだ、藤堂正宗のディヴァイデッドが握ったままだったからな。だが、このことは口外するな。他の生徒らにとっての精神的支柱は、多ければ多いほど良い』


 ぼくもマサトも、何もこたえない。

 早見先生の言いたいことはわかる。戦場で共に戦う強者の存在は、全員の戦意を底上げする。

 藤堂もまた、ぼくらと同じように帰還時には歓待されたことだろう。

 だが、ぼくらは知っている。あいつは自分が逃げるためだけにルルを――キャンディフロスを撃った。その瞬間、ぼくはある未来を予感していた。

 いつか藤堂とぼくは、殺し合うことになる、と。


『このことは、査定には考慮しておく。たかだかドレッドノート級一機では大した報奨金にもならないだろうが、もう一度言おう。君達は、よくやった。今日の戦いを誇れ』


 少し意地悪く笑いながら言って、早見先生の声が無線から消えた。マサトと天川月乃が、同時にふぅっと緊張の抜けた息を吐いた。


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