第55話 横取り
藤堂――ッ!
あの野郎! ルルを
『ご苦労。俺のたてた作戦通りの動きをしてくれたなァ、特殊のカスども。なかなかの働きだったぞ』
わずかな嘲笑を含んだ声。マサトが激昂する。
『てめえ、藤堂! なんのつもりだ!?』
一歩踏み出したレギンレイヴを片腕で制して、タランテラが静かにドレッドノート級の背中から、割れたアスファルトの大地へと飛び降りた。
『手柄と報奨金が欲しいんでしょ。小さな男ね。くれてやれば?』
「――なっ!? 何言ってんだ、ツキノさん! あいつは自分が逃げるために味方を撃ったんだぞっ!?」
藤堂正宗の嘲笑が響いた。
『くく、はははっ、逃げるだと? おかしなことを言ってくれるな、高桜。俺は今ここにいるではないか! それに、あぁ~……、くく、成宮の機体にたまたま俺の銃弾がめり込んだのも、メタル戦ではよくあることだ。味方の流れ弾に当たるなんて、珍しいことじゃあない』
「ふざけ――ッ!」
『だから気をつけろよ、天川月乃、高桜一樹、多岐将人。今もこの俺の指がわずかに滑っていたら、そこの鉄屑を狙って撃った銃弾が、貴様らの機体を貫いていたかもしれん』
このゲス、どこまで腐ってやがんだッ!
『俺は指揮官として一足先に帝高へと戻り、この俺のディヴァイデッドの銃弾がメタルの核にめり込んだことを報告しておこう。くく、はーっはっはっはっはっ!!』
ディヴァイデッドの姿がビルの谷間へと消えた。バーニアを噴かす音が急速に遠のいてゆく。おそらく撤退したのだろう。
何なんだ、あのクソは!
『ふざけんじゃねーぞ、待ちやがれ!』
『くれてやればいい。ドレッドノート級一機の手柄くらい、大したものじゃないわ』
追いかけそうになったレギンレイヴの腕部を、タランテラが強くつかむ。
マサトが反論するよりも早く、ぼくは叫んだ。
「ツキノさん、冗談じゃない! このメタルはツキノさんとぼくらのチームが協力して仕留めたんだ! 生き残るためのカスタマイズパーツは、報奨金がないと購入できないんだよっ!?」
メタル戦で身を隠してやり過ごすような臆病者は、三年間を生き残れない。戦って、戦って、戦って。強くならなきゃならない。それが帝高の作ったルールだ。
国から出る予算は無限にあるわけじゃない。メタルに脅えて隠れてやり過ごすような見込みのないものに回す金なんてないということだ。入学式で女性校長に言われた「臆病者には死が襲い掛かるだろう」は、このことだったんだ。
そしてそういった輩には、予算面でのみ言えば、むしろ死んでもらったほうが国にとって都合が良いということだ。
今ならわかる。天川月乃が語った通り、ぼくらは本当にただの消耗品だ。
それでも生き残ってやる。そのために、ぼくらには報奨金が必要なんだ。
『そうだぜ! 藤堂の野郎を追いかけて捕まえよう!』
マサトが鼻息も荒く、再びレギンレイヴで前傾姿勢を取る。
タランテラがオーバーアクション気味に両腕を広げた。
『確かにドレッドノート級を沈めた手柄は悪くない。メタルの中でも、大きさと火力でバランスの取れた厄介なタイプだからね。だけど、カスタマイズパーツや武装が欲しいなら、あたしが去年まで使ってたやつをあげるわよ。あたしにとってはもうガラクタだけど、イツキやマサトにとっては宝の山よ。あたしは過去に三度、ドレッドノート級を沈めたことがあるし、他のメタルも多く倒してきたから、それなりに武装も余ってんのよね』
グライドをしかけていたレギンレイヴのバーニアが、ピタリと止まった。
『どうせもう使わないし。もっとも、士郎ちゃんのキャスケットやリサのベルベットほどのパーツは、このタランテラでさえまだ一部しか揃っていないから、そこまでの性能は期待しないでね。イツキとマサトとルルで仲良く分ければいい。――それでいいよね、リサ?』
まるでリサが普段そうするように、空色のベルベットが素直にコクっとうなずいた。
『ん。わたしには必要ない』
けれど、ぼくにはそんな話、まるで耳に入らなくて……。だって……ちょっと待ってくれよ……。今、ツキノさんはなんて言った……?
途切れ途切れに聞き返す。
「ぜ、全長一六〇メートルのドレッドノート級を……三度も沈めたことがあったって……!?」
今回の戦いだけで
『ああ、誤解しないで。もちろんひとりじゃなくてクラスの仲間と協力してのことよ?』
「クラスったって……さ、最大人数でも二十名じゃないか!」
な、なんて先輩たちだ。
『直近だと去年の末ね。当時の一年特進クラスは八名が亡くなって、十二名まで減らされてたかな? にゃはは、もうおぼえてないわ。とにかく三チームで死力を尽くして戦ったのよ。あのときは二箇所同時にメタルが出現してさ、気がついたのはうちのクラスだけだったから、もー大変!』
二箇所同時出現……!? まさか! 首都大戦以降では聞いたこともない話だ! なぜニュースにならなかったんだ! パニックを恐れて箝口令でも出ていたのか?
『いや~、ありゃとんだクリスマスプレゼントだったわ』
ツキノさんがケラケラと笑い飛ばす。まるで大したことじゃないとでも言いたげに。
『相当苦労したけどね。人類は確かにメタルに比べれば無力よ。だけど、やりようによっては初期装備でだって倒せるってわかったでしょ。徒党を組んで協力すれば、どんなメタルだって撃退することができる。んまあ、現状では単騎でメタルを沈めるのなんて士郎ちゃんただひとりね。あれはもう別格だから。鬼よ、鬼!』
御苑を焼け野原にして街を平地にし、四つもの高層ビルの下敷きにして、ようやく動きを止めたこのドレッドノート級のメタルを、人類は何度も撃退してこられたんだ。もちろん、多大な犠牲を払ってだろうけれど。
「……人間だってメタルに負けてないってことか」
全身がざわつく。鋼鉄の肉体なのに力がみなぎり、鳥肌が立ちそうだ。
『あったぼーよっ。進化が機械生命体だけの
ドレッドノート級メタル。
かつてぼくの住む街と、ぼくの大切に思っていたものをすべて焼き尽くした機械生命体。人智の及ばない、悪魔のような化け物。
そんな敵でも倒せる。
今回犠牲となってしまったやつらには申し訳ないけれど、高揚する。やはり
『さて、無駄話はここまでよ』
濛々と黒煙が立ち籠める東京新宿区。先ほどの戦いにより、無事に残っている建物はもうほとんどない。
『イツキとマサトは御苑に戻って救助活動の補助をお願い』
「了解」
『了解』
ぼくとマサトの声が重なった。
『リサ、あたしたちは御苑から逃げてはぐれてる味方を捜索に行くわよ』
『ん』
『やれやれ、こういうときにルルみたいな分析支援がいてくれれば、すぐに見つかるんだけどなあ』
『んー。がんばる』
タランテラとベルベットが同時にバーニアを噴かし、力強くグライドしてゆく。
後に知ることとなる負傷者の内訳は、重傷者が二十七名。うち、肉体の欠損により戦線復帰が不可能と診断されたものは四名。
――そして、犠牲者数は十六名にも達した。
およそ一クラス分の生命が、入学して半月ともたずに戦場に散った。
額に浮いた汗を拭おうとして、ぼくはネイキッドの鋼鉄の右手で顔を拭った。当然のように伝わる鋼鉄の感触。湿り気も、ぬくもりもない肉体、
ぼくは生き残る。そしていつか、すべてを奪ったメタルどもを殲滅してやる。
――ぼくらの
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