第54話 決着

 倒壊しつつある高層ビルを全身で受けながらも強引に十字路を突破しようとするドレッドノート級が、コンクリートに埋められ、鉄骨に押し潰され、大量の砂煙の中で残った銀色の装甲を次々と剥がされてゆく。


『よっしゃあッ! へっ、ざまーみろっ! 鉄屑野郎が!』


 マサトが得意気に喚いている。

 戦線を離脱したと思ったら、どうやら戦況がこうなることを見越してビルに仕掛けを作っていたらしい。冷静な判断力と臨機応変さには感服する。

 ぼくはネイキッドの鋼鉄の手で、マサトのレギンレイヴの胸を軽く叩いた。


「おまえ、最高だ!」

『だろう? 自分の才能が怖いぜ』

「……そりゃ言いすぎだ」

『うはははは!』


 マサトの立てた作戦とリサの不発弾、そしてぼくの稼いだわずか数秒間が、この場にいる全員の明暗を分けた。もちろん天川月乃がここまでドレッドノート級を弱らせてくれてなければ、あるいは成宮ルルの分析支援がなかったなら、それさえもできなかったけれど。

 このチームは、最高だ!


 震動が収まったとき、ドレッドノート級のメタルからはまだ作動音はしていたものの、いくら這い出そうとキャタピラを回しても、さすがに足場を崩されて総重量五十万トンもの重みを受けては大地で空回るばかりだ。

 ツキノさんが長い安堵の息をついた後、あきれたように呟いた。


『ふぅぅ……。マサト、アンタきっと、あたしよか作戦指揮に向いてるわ。だいぶ非常識な作戦だったけどね』

『へへ、この場で戦ってたのは兵器積載量の少ない新入生機がほとんど。弾薬が尽きたときに兵器になるもんっていや、高層ビルくらいなもんっしょ。あとは十字路に誘い出して、中央に倒れるように仕掛けをするだけですよ』


 メタルは背中の残った発射口を開くものの、全弾撃ち尽くしたせいでミサイルが飛び出してくる様子はない。機関砲も、今はコンクリートの下敷きだ。おそらくもう、砲身が折れ曲がって使い物にならないだろう。

 ぼくらの勝ちだ。


『つっても、詰めが甘かったぜ~。イツキとツキノさんが戻ってきてくれてなきゃ、おれは確実にお陀仏でしたからね。ハハハ』

「笑えないよ、それ」

『つーかイツキ、何だよ、さっきの! ミサイルならともかく、機銃を避けるやつなんて特進でだって見ねーぞ! やっぱおまえ、力を隠してただろ。あんなことできるのは、もしかしたら地球上でおまえと早見先生くらいじゃねーか?』

「あ、いや……。正直、精一杯で何がなんだか自分でもわかんなくて。みんなを死なせたくないし、自分も死にたくないって思ったら……」


 ホントによくおぼえていない。

 おそらくだけど、本来であるならばタブーとされる幼少期の超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドの埋め込み手術が関係しているのだとは思う。あの頃はまだ、この技術の安全も確立されていなかったから、副作用だろう。


 やたらと首筋が疼く瞬間があって、世界が遅く見える。その後には決まって頭痛が来る。脳に直結する臓器と呼ばれる、超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドが原因だとしか思えない。もっとも、確証はないしうまく説明もできそうにないけれど。


 でも、だとしたら、早見士郎の力の源は何だ? もしかして、早見先生の言っていた“生死をわける一秒”は、この現象のことなのだろうか……。

 考え込んでいると、レギンレイヴがネイキッドの背中を軽く叩いてきた。


『ま、この際何でもいい。本来なら口に出すのも照れくせえし恥ずかしいことだが、今だけは言わせてもらうぜ。……偶然からだったが、おれはおまえと組めて良かったって思った。心底な』

「うん。でも、まだまだだ。マサトの作戦とツキノさんの援護と、最後はリサにまで助けられたからね」

『ん。ちゃんと爆発して良かった』


 リサが感情の欠けたしゃべり方で呟くと、彼女以外の全員が同時に笑った。


「ツキノさんも、ありがとう。あなたがいてくれて本当に助かりました」

『ホールね。モンブランとミックスタルトとガトーショコラ。Lサイズ』

「……だんだん値上がりしてません……?」


 被害状況を考えると、手放しには喜べないけれど。

 それでもぼくは、拳を固めて呟く。


「――まずは一機……っ」


 いつかメタルの世界へ行くことができたなら、ぼくは必ずやつらを滅ぼしてやる! 今日がその第一歩目だ!

 タランテラがドレッドノート級の背中に飛び乗った。


『こらこら、まだ気を抜かない。これが最後のお勉強。おいで、あんたたち』


 少し遅れてマサトのレギンレイヴとぼくのネイキッドが銀色の背中へと着地する。遅れてリサのベルベットが、重量を響かせて飛び乗った。

 タランテラが割れた装甲を強引に引き剥がす。何枚も、何枚も。何層にも渡って核を守っていた装甲がついになくなる頃、天川月乃が静かに告げた。


『これがメタルの核よ。わたしたちで言うところの、脳に近いもの。アーティフィシャル・インテリジェンス。俗に言われるA.I』


 緑の巨大な板状のものに、大小様々なパーツが取り付けられている。丸いもの、四角いもの、円筒状のもの、直方体、立方体、そしてそれらを繋ぐように銀色の線が縦横無尽に走っていた。


『なんだよ……これ……。……嘘だろ……』


 マサトが呆然と呟く。

 ぼくは、驚きのあまり言葉を失っていた。だってそこに見えていたものは――。


『くっそ……ゲームじゃねえんだぞ……ッ! ……こんなものに何人殺られた……。マジで意志も何もねえ、ただの機械じゃねえか……。宇宙人が乗ってましたってなジョークのほうが、まだ納得できるぜ……。ムカつきすぎて頭がおかしくなりそうだ……』

『気持ちはわかるけど落ち着きなさい、マサト』

『……わかってますよ、ツキノさん。おれなら大丈夫です。クソッタレな現実は、実家の家族で慣れてますから』


 巨大な基盤だった……。ただの基盤……。無機物の塊……。

 なぜこんなものが自発的に人類を襲い始めた? こいつらはどこから出現しているんだ? 何者かがメタルを何らかの目的で製造しているのか?

 人類はまだ何も知らない。


『じゃあ、最後のレクチャーを始めるわよ。さっきイツキには教えたけど、メタルにとどめを刺すときは、まずは核に電磁力を帯びた武器を必ず当てること。破壊するよりも先にショートさせなきゃならない。でなければこいつらは最期に自爆をして、半径三キロに汚染物質を撒き散らすから。メタルを殺すのに戦車や戦闘機では不可能な理由がこれよ』


 タランテラが特殊警棒のようなものを取り出して、基盤にそっと当てた。パシッと回路が灼き切られて、基盤が煙を発生させた。

 その瞬間、空回っていたキャタピラの動きが完全に停止する。


装甲人型兵器ランド・グライドでなければ、メタルを安全に処理できないのよ。これで終わり。あとは念のために基盤ごと破壊すれば、二度と動くことはないわ』


 しかし、タランテラの拳が焦げた基盤を押し潰そうと引き絞られた瞬間だった。


『――ッ!?』


 タランテラの肩を掠めて、少し離れた雑居ビル屋上から飛来した一発の銃弾が、メタルの基盤へとめり込んだんだ。

 ぼくらは同時に振り返る。

 そこには鮮血の色を鮮やかに映し出す真っ赤な機体、ディヴァイデッドが立っていた。


『藤堂正宗……ッ!』

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