第51話 誘導、誘爆
クレーターだらけでデコボコになった地面を飛び越えて、炎の上がる植物をなぎ倒し、まっすぐに北のビル街へと向かって機体を滑らせる。
「速度を調節して、付かず離れずで誘導します!」
『はいはい、もうキミの好きにしてえ~』
投げやりな天川月乃の声に、こんな瞬間だったのに、ぼくはわずかに笑えた。何だか命のやりとりが楽しく思えてきた。不思議な感覚だ。
ゴゴゴゴと地鳴りが迫ってくる。ドレッドノート級がぼくらを追跡してきているんだ。燃え残った木々を、営みの消えた建物を、街角のオブジェを、道路標識を、折れた信号機さえ圧し潰して平地へと変化させながら。
『機銃来るわよ! 砲門方向を計算してローリング! 機体を左右に振れ!』
「はいっ」
機関砲の音がする。ぼくらは機体を高速グライドさせながら左右に揺すり、さらに速度を上げた。
ネイキッドの左右で地面が次々と爆ぜてゆく。
『落ち着いて回避するのよ。ドレッドノート級はA.I性能が低い。行動予測ができないから必ずロックしてから撃つ。だから左右に動き続ける限り、この距離なら機銃はほとんど当たらない』
冷や汗が伝うのに、高揚が止まらない。
「はは……ほとんど、ですか」
言ってはみたものの、確かに当たる気がしない。こんなにのろい鉛弾なんて。
『何笑ってんのよ! 焦って操縦トチらないでよ、イツキ! 遮蔽物の多い場所でこの速度なら大丈夫だから!』
「はいっ」
大丈夫。ドレッドノート級のメタルよりは、
けれど
北のビル街へと飛び出して、さらに一段階速度を上げた。
追いつかれたらさすがに終わりだ。
『で、次はどーすんの?』
「さあ? マサトに聞いてください」
数秒間の沈黙。
機関砲の銃弾が撃ち出される音と、アスファルトを砕いて跳弾する物騒な音だけが、辺りに響き渡る。
『ふふ……』
笑った。怖い。かなり怒っていらっしゃる。
黄金色のタランテラが、ローリングをしながら額に手を当てた。
『ふふ、ふふふ……ふう……』
「すみません!」
『ハ、やっぱりねっ! だと思ったっ、おーもーいーまーしーたーっ! 無策! いいね! このパープリンコンビ! …………………………アンタら、あとでおぼえてなさいよ!? あたしがダダこねて泣いたら手がつけられないんだからね!』
「……ご勘弁を」
すでに涙声になっていらっしゃった。
引き離しすぎてもダメだ。マサトの元へと、付かず離れず誘導しなければならない。調節は極めて困難だ。
ゴミゴミとした街並みが、ドレッドノート級の巨体によって押し潰されてゆく。
『イツキ、遅えぞ!』
「ごめん、マサト! 手間取った!」
『次の角をツキノさんは左、イツキは右だ!』
この一角はまだあまり崩れちゃいない。
『ああ、もう! 何しようとしてんだかサッパリわかんないけど、了解よ!』
タランテラと並んで、鉛弾で爆ぜてゆくアスファルトの道路をグライドする。やがて十字路を越えた遙か先にハンドガンを構えて立つ、マサトの機体、エメラルドグリーンのレギンレイヴが見えた。
十字路には四つの高層ビル、そしてその直下には半壊した無人の
あのバカ、足を止めて何やってんだ!? 標的にされるぞ!
「マサト、ハンドガンなんかじゃ――ッ!」
『黙ってろ……おもしれぇもん見せてやんよ……』
疑問には思ったけれど、ぼくは十字路に突入してネイキッドを右へと曲げた。少し遅れてツキノさんは左に。
「――ッ!」
曲がる瞬間にレギンレイヴが、ハンドガンから四発の銃弾を放った。
街を破壊しながらぼくらを追ってきたメタルが十字路にさしかかる直前、さらに銃声が数発響いた。
マサトが叫ぶ。
『ハッ、こっちだっ! てめーの相手はおれだぜ、鉄屑野郎!』
バッカヤロ、本気で死ぬ気かよっ!?
ぼくはとっさにバックグライドに切り替えて十字路へと引き返し、レギンレイヴの立つ北方面へと進路を変えた。
「マサト、バーニア噴かせッ!!」
機関砲の嵐がぼくらの周囲で吹き荒れる。ネイキッドの両腕を伸ばしてレギンレイヴの胴体部を抱え、レギンレイヴを押し込むようにして鉛弾の雨を回避する。
『バカッ、何戻ってきてんだよ! 機銃くれー真正面に立ってりゃ、タングステンシールドでも動かずに防げるっつーのッ! 授業で習っただろ!』
体勢を崩しながらも、レギンレイヴはハンドガンをデタラメにぶっ放し続けている。けれどマサトの銃弾は、ドレッドノート級の遙か手前、十字路のビルの直下に転がった
「どこを狙って――」
ドレッドノート級が猛スピードで迫る。
ダメだ、直線で速度が乗りすぎている! もう避けられない!
ふいに、ビルの根本に並べられていた壊れた
「うお!?」
炎と衝撃は不自然に積まれた他の機体を次々と誘爆させてゆく。
あまりの閃光に、ぼくは一瞬目を閉じた。
『ハッ、五機合わせて百億円超えの大花火だ!』
ゴゴ……ッ!
直後、恐ろしいほどの地響きがして、巨大な高層ビルが交差点へと向かって傾いた。
『っしゃ! 次だ!』
マサトの声を待っていたかのように、ドレッドノート級の突進を阻むために、数十万トンもの鉄筋とコンクリートが、軋む音を立てながら交差点へと倒れ始めた。
大地が揺れてぼくらはたたらを踏み、どうにか堪える。
「……なるほど、そういうことか……!」
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