第50話 戦地離脱

 ――警告、ロックオンされています。

 視界の隅で赤文字が点滅する。


『言うことを聞きなさいッ!! そんなことにはならないッ!!』

「違う、違う違う違うッ! ホントは壁なんてどうだっていい! 気に入らないんだ、何もかもが! ぼくからすべてを奪ったメタルが! 同じ人間をスケープゴートにした藤堂正宗が! 何よりも、こいつらを止める力のない自分自身がッ!!」


 憎い……。

 ミサイルが迫る。正確にぼくらを追って。けれどもぼくの目には、ヒドくゆっくりと。


 生死をわける一秒の始まりだ。

 迫るミサイルが、徐々に速度を落としてゆく。いや、少なくともぼくにはそう見える。超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドが疼いているうちは。

 おそらくは幼少期の埋め込みによる副作用か。


「――逃げたくないッ!! ぼくは逃げないッ!! 藤堂のように味方を見捨てて逃げたりはしない! ここにはまだ動けずに倒れている装甲人型兵器ランド・グライドだっていっぱいあるんだッ!」


 九年前は、逃げることしかできなかった。誰も助けることができなかった。この街で、多くの人を見殺しにするしかなかった。

 だけど――!


「ぼくは鉄屑じゃないッ! 人間だッ! 見捨ててたまるかッ!!」

『イツキッ!』


 天川月乃が叫ぶ。

 振り切ることをあきらめてミサイルの進行方向と機体の正面を向き合わせ、直線上で誘い込む。ぼくには死の恐怖がないから、このくらいのことなら可能だ。


「ルル、借りるよ」


 バックグライドをしながらキャンディフロスのハンドガンを奪って乱射し、ミサイルを撃ち抜く。こちらに向かって直線で進み来るものなら、多少のブレはあっても命中させられる。

 炎を上げて鉄の塊が爆ぜた。爆風に煽られてぼくはキャンディフロスを抱えながら大地に足を付けた。


「撤退命令は聞けない! 味方は置いていかない! これ以上誰も死なせるつもりはないッ!」

『そんなのわかってるわよっ! だからあたしがここに残って――ああ、もういい! 高桜一樹、アンタ、そこまで言ったんだから死んだらぶっ殺すからねッ!』


 ツキノさんには見せられないけれど、憎悪ではない笑みがこぼれた。感覚はなかったが、口元が弛んだのだと思う。


「了解!」

『……ッ……、生きて還ってモンブラン奢れ、バカ!』

「ミックスタルトと紅茶もお付けします!」


 タランテラがメタルのアームを薙ぎ払う。バギン、と音がして、メタルのアームとタランテラのブレードが砕けて落ちた。

 タランテラが苛立たしげに片方のブレード放棄パージする。


『どっちもホールでだ! ――このッ!』

「太っても知りませんよ!」

『バカ!』

「はいッ!!」


 タングステンナイフを奪い取ってキャンディフロスをその場に残し、ぼくは、ぼくらを轢き潰そうと動き始めたドレッドノート級に正面からグライドする。

 キャンディフロスを抱えたままじゃ、最高速度でもドレッドノート級からは逃げ切れない。


「うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーッ!!」


 アームの破壊された箇所を狙って分厚い装甲にナイフを突き立て、バーニアを最大限まで噴かして進行方向をねじ曲げようと力を込める。押し返す必要はない。ほんの少しでも進行方向を曲げさせることができれば、ルルは助けられる。

 しかしパワーの差は歴然。ネイキッドの足は瓦礫を押し上げて徐々に下がり始めている。その先にはキャンディフロス。意識のない彼女は動けない。抱えたまま逃げ切るのも、不可能だ。


 くっそ、ネイキッド、もっと出力を上げろぉぉぉっ!!

 機体の全身が軋んで、脳が悲鳴を上げた。ドレッドノート級の侵攻は止まらない。


『……んっ!』


 直後、ドレッドノート級の装甲を伝って強い衝撃が走り抜けた。

 いつの間に戻ってきていたのか、いや、この瞬間に戻ってきた空色の機体ベルベットがメタルの装甲に貼り付いて、カスタマイズされたバーニアを巨大な翼のように最大限まで噴かしていた。

 メタルの侵攻速度がわずかに鈍った。徐々に左舷へと進行方向をずれ込ませてゆく。


「リサ!」

『……弾薬、尽きた……っ』


 メタルが生命体であるのならば、おそらくはこいつも必死なはずだ。タランテラの活躍によってほとんどのミサイル射出口を奪われ、無数のアームを振り回すことしかできていない。

 それも次々とタランテラに破壊されてはいるけれど、ぼくらにももう、こいつの装甲を破壊するだけの装備は残されちゃいない。

 どうすりゃいい……? いや、待て……。


「ツキノさん、北方面にドレッドノート級を誘導する!」


 メタルの背中で暴れていたタランテラが、半分に折れたブレードでアームを叩き割って、地面へと飛び降りた。そのままグライドに移行し、機関砲の集中砲火を逃れる。

 御苑の地面が次々と爆ぜ、タランテラを追うように穴が空いてゆく。


『っとにもう! どうするつもりなの!?』

「説明してるヒマはありません。マサトの作戦を実行します」

『そんな具体策も示されてないものを! アンタいい加減にしないとホントに死ぬわよ!? あたしがメタルを惹き付けるから、イツキはありったけのハンドガンをかき集めて――』


 無視無視。いつもの復讐だ。

 どのみちハンドガンなんかでは、装甲の隙間を狙ったところで効果は知れている。


「――リサ、三秒後に離れて。ぼくは一瞬遅れで行く。キミは成宮ルルを拾って御苑北方面を経由後、メタルの索敵範囲外に出たら全力で帝高に撤退だ。ベルベットの出力なら、キャンディフロスを抱えていてもメタルに追いつかれることはないはず。それに、一刻も早くルルをキャンディフロスから引き剥がさないと、彼女の脳が保たない」


 鋼鉄の肉体は、脳を介して肉の身体にリンクしている。外傷がなくとも足が壊死したり半身不随になってしまうことも考えられる。


『……ん。わかった。ルルを置いたら、すぐ戻る。――イツキ、死なない?』

「とーぜん、生きてる」

『ん。了解。カウント開始』


 三……二……一……!

 きっかり三秒後、リサがメタルから手を放して離脱、動かなくなったキャンディフロスをかっ攫うように肩にかついで御苑を北方向へとグライドする。


「……っぐ、ううぅ……!」


 とたんにネイキッドへと増す圧力。ギシギシと両腕が軋む。早くしないと、ぼくが腕ごとやられてしまいそうだ。

 踏ん張れってくれよ、ネイキッドッ!!

 背中のバーニアが赤い翼のように、炎を噴出する。

 限界が近いのはわかっている。ネイキッドには、リサのベルベットほどの出力はない。だけど、せめてベルベットが、御苑を出るまでくらいは耐えなければならない。

 数秒後、ベルベットの機影が視界から消失する。


「よし、頼むぞ、ネイキッド……っ」


 メタルの装甲を蹴ってバックグライドに切り替えた瞬間、猛烈な勢いでメタルがネイキッドに迫った。

 ……っ、ダメだ! 回避できない……!

 衝撃を受ける覚悟を決めたとき、横から飛び込んできたタランテラがネイキッドを押しながらバーニアを噴かした。

 一瞬遅れでドレッドノート級が、暴走列車のようにぼくらの真横を通過する。


「た、助かりました」

『いーえー、どーいたしましてっ。言うこと聞かない新入生くんっ』


 呼び方が初期状態に戻されている。痛烈な皮肉だ。あとで雷が落ちるに違いない。


『でも、どうやら運がよかったようね。さっきの六基でメタルのミサイルは打ち止めだったみたいよ』


 メタルが回頭するより早く、ぼくらは高速グライドを始める。

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