第48話 空色の閃光

 こ、んな……。


 呼吸が止まる。

 また少し超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドが疼いて、頭痛がした。揺らめく炎と陽炎の中を、さらなる炎を生み出しながらドレッドノート級のメタルが這いずってゆく。

 天川月乃が叫ぶように吐き捨てた。


『だからあたしに指揮を寄こせって言ったのにッ!! 藤堂正宗めッ!』


 天川月乃とタランテラ、リサとベルベットの参戦で徐々に抑え込み始めていたドレッドノート級との戦いは、一瞬にして戦局をひっくり返されてしまった。もはやまともに動いている装甲人型兵器ランド・グライドは、数えるほどしかいない。

 成宮ルルがかすれた声で、震えながら呟いた。


『まだ……動いている機体があります……。た……、助けなきゃ……』


 ドレッドノート級のメタルに、未だに攻撃をしている機体がある。

 だけどもうパイロットはパニック状態だ。グライドすることさえ忘れ、無様に走って逃げ回り、足を止めてハンドガンをデタラメに乱射している。

 あれじゃダメだ。装甲の隙間を狙わないと効果はない。


『行くよっ! みんな、援護をお願い!』


 タランテラとキャンディフロスが同時に飛び出してゆく。


多連装ロケット砲カチューシャ装填リロード。ロック――』


 ベルベットが飛び出した。高速でグライドしながら、ドレッドノート級の装甲の剥がれた部分を狙って、己に注意を惹き付けるためにありったけの火力を放ってゆく。

 次いで飛びだそうとしたぼくに、沈黙を保っていたマサトからの通信が入った。


『くたばってねえだろうなぁ、イツキィ!』

「マサトか! おまえこそ、良く無事で!」

『戦場にゃいねえからな。ぐだぐだ説明してるヒマはねえ。あのクソメタルを御苑北に誘き出せ! 合流地点の座標を渡す! 準備は上々、とびきりの一撃をお見舞いしてやる!』


 成宮ルルが通信に割り込む。


『キャンディフロスより全機! 藤堂正宗が撤退指示を出した模様! いえ、待って――ドレッドノート級メタルに再装填音確認! ……目標、わたしたちじゃありません! 逃走中の装甲人型兵器ランド・グライドのみが全機ロックされていますッ!! こんな、どうしてっ!? こんなの、A.Iなんかにできる判断じゃないでしょうッ!?』


 苛立ちを含んだ、悲鳴のような声。

 目の前で装甲人型兵器ランド・グライドを操っているのは、彼女のクラスメイトたちだ。

 ああ、くそ、また頭が痛い……。超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドが疼く……。


 天川月乃が飛び跳ねてドレッドノート級の背中に乗り、装甲の上からミサイルの射出口へとブレードを突き刺し、飛び退いた。大爆発が起きて、ドレッドノート級がその巨体をわずかに傾ける。


『こっちにやつの注意を惹きつける! あたしは可能な限り砲門を破壊する! ロックされても回避はしないから、リサはあたしの迎撃もお願い!』


 叫び、他の射出口にも同じように突き刺して破壊してゆく。


『ベルベット、了解。ロック、ショット』


 タランテラへと振り抜かれたアームを、ベルベットが正確に撃ち抜く。

 藤堂正宗の真っ赤な機体ディヴァイデッドが、仲間の残骸から奪ったハンドガンでドレッドノート級のカメラアイを破壊した。

 あいつ、無傷で生きてやがったのか――ッ!


「おおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 ネイキッドでドレッドノート級の進行方向を変えようと、何度もタングステンナイフを振るって装甲を破壊する。だけど表面装甲をいくら削っても、内側から見えるのは新たな装甲ばかりだ。

 どれだけ剥がせば核とやらが見えるんだ!?


「くそ、止まれ、止まれ止まれ止まれェーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 キャンディフロスが装甲の割れた部分へと、何度も何度もハンドガンの銃弾を撃ち込む。


『やだやだやだっ、お願い、止まってーーーーーーーーーーーーっ!!』


 けれどドレッドノート級のメタルは、逃げ惑う装甲人型兵器ランド・グライドへと向けてデタラメに機関砲を掃射し、次々とその動きを奪ってゆく。

 悔しいけど、カメラアイを藤堂正宗が壊していなかったら、ミサイル掃射を待たずに全滅していたかもしれない。


『――ッ!? キャンディフロスより全機! だめ、間に合わない! ミサイル二十八基、射出されますッ!!』


 成宮ルルの絶望の声。天川月乃とタランテラの力を持ってしても、すべての射出口を破壊することは不可能だったんだ。

 メタルの背面から、次々とミサイルが撃ち上げられてゆく。


『ロック、ロックロックロックロックロック――』


 リサの声が聞こえる。けれど装甲人型兵器ランド・グライド用の多連装ロケット砲カチューシャは最大でも同時発射は六発。右手の狙撃銃ドラグノフで撃ち抜ける数も知れている。良くて八基撃墜。

 残り二十名は、……救えない。


『――ショット』


 リサの放ったミサイルや弾丸が、中空でメタルの追尾ミサイルを撃墜する。けれど、やはりその数は――、


自動小銃カラシニコフ装填開始。イツキ、成宮ルル。今射出された二基、落として』


 瞬間、ベルベットは手にした狙撃銃ドラグノフを迷うことなく投げ捨て、肩から頭部を覆うように装着されていた多連装ロケット砲カチューシャをもその場に放棄パージした。


『ベルベット、全開』


 背中から巨大な自動小銃カラシニコフを取り出したと思った瞬間、ぼくの視界はベルベットを見失っていた。リミッターをカットしているのはわかっている。けれど、もはやそういう問題ですらない。

 装甲人型兵器ランド・グライドの最高時速が二〇〇キロだなんて誰が決めた?


 まるで碧い閃光のように、重りを棄てたベルベットが撤退中の味方機を追ってグライドする。彼らを狙って空を走るミサイルへと、照準を合わせながら。

 轟音とともに、南の空が真っ赤に染まった。

 リサはいつも、ぼくの想像を超える。いともあっさりと。


『イツキさん! 二時方向上空!』

「あ、ああ!」


 脚部をやられて這いながら撤退しようとしていた味方機へと、メタルの放ったミサイルが迫っている。ネイキッドとキャンディフロスが同時にハンドガンを引き抜き、照準を合わせて何度も銃声を響かせる。


 一発、二発――!

 あ、あたらない!


「くそ、あたれ、あたれあたれあたれ!」

『わあああぁぁぁーーーーーーーーーーっ!』


 どちらが放った弾丸かはわからない。けれどその一発は、着弾まで一秒を切った位置に到達したミサイルの弾頭を、確かに貫いた。

 ゴォっとカメラが炎の色に包まれて、ぼくらはその場を離脱する。炎と煙が収まってから視界を戻すと、這いずっていたグレーの装甲人型兵器ランド・グライドはまだ無事に動いていた。


「もう一基のミサイルは!?」


 視線を回す。真っ赤な機体ディヴァイデッドがグライドすらせず、手にした短機関銃イングラムを空へと向けて立っていた。

 ディヴァイデッドの銃弾に貫かれたミサイルが上空で大爆発を巻き起こし、空を赤く染める。


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