第46話 薄桃色の分析支援機

 ぼくはビルの隙間でネイキッドのコクピットを開けて、未だ呆然と立ち尽くしたままの、薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドへと向かって肉声で叫ぶ。


「おい、パイロット! 生きてるか!」


 数秒後、ハッチのエアーが抜ける音がして薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドのコクピットが開かれた。


「は、はい……」


 女子だ。それも見たことのある顔だ。

 パイロットの愛らしい瞳が、大きく見開かれた。


「あ……、食堂ではお世話に……」

「藤堂に殴られてたツキノさんの後輩か」

「はい。そ、その節は……い、いえ、今も危ないところを助けていただき――」


 側頭部で縛った髪を左の肩に乗せて、少女が頭を下げた。


「挨拶はいい! あの程度のことなら何度だってやってやる! それよりも、まだその機体は動けるか?」


 その女子が一度すうっと息を吸い込んで、表情をやわらげた。血の気の引いていた顔色に、ゆっくりと赤みが戻ってくる。


「あ……う……、は、はいっ! 特進クラス一年! 成宮ルル及び、装甲人型兵器ランド・グライドキャンディフロス、問題なく作動します」


 成宮ルルにキャンディフロス。よし、おぼえたぞ。


「はは、キャンディフロスワタアメか。機体名といい、機体色といい、呑気だな」

「す、すみません」

「ぼくらのチームには天川月乃がいるんだけど、本作戦からはわけあって独立していて、指揮系統に入れないんだ。今の指揮は誰が執ってんの?」

「……藤堂正宗くんです」


 成宮ルルがわずかに言いづらそうに呟いた。


「……けれど、あれではダメ。みんな死んでしまいます……。彼は強いし頭もいいけれど、自分の機体を生かすための指示しか出さないから……。犠牲なんて関係なくて……」


 あのクソ野郎! どこまで自分勝手なんだ! てめぇのせいで何人殺されたと思ってやがる! 凄腕が聞いてあきれる!


「指揮権を二年の天川月乃に渡せって伝えられるか?」

「……ご、ごめんなさい。彼の作戦について何度も戦闘中に忠告したせいで、わたしは彼に通信から切り離されてしまって誰とも連絡が……。……今は一方的に指示を聞くことしかできません……」


 食堂での様子を思い出し、ぼくは頭を掻き毟った。

 だから成宮ルルは棒立ちになっていたのか。


「了解した。成宮さんは指揮回線を切って藤堂のチームを離れろ。ぼくのチームの通信周波数を渡すから動きを合わせてくれ。指揮は天川月乃だ。支援分析はできる?」

「はいっ、本懐です。それと、呼び方はルルで結構です」

「わかった」


 ぼくらは同時に機体のコクピットを閉ざした。


「ルル、聞こえる?」

『問題ありません、えと……』

「イツキだ。機体名はネイキッド」

『問題ありません、イツキさん』


 同時に機体をグライドさせ、ぼくらは戦場へと飛び出した。

 さっきよりも黒煙がヒドい。戦場となった街も、味方も、もうボロボロだ。


「もうひとりの男がマサト、機体名レギンレイヴ。ツキノさんの機体はタランテラで、リサって女の子のはベルベット。それぞれ対面での自己紹介は後回しだ」

『おぼえました。行きましょう、イツキ』


 無線からツキノさんの素っ頓狂な声が聞こえてきた。


『ルル? その声は成宮ルルよね?』

『はい、ツキノ先輩。実戦はこれが初めてですが、精一杯サポートします』

『助かる! アンタの分析力があれば周囲への警戒を気にせず全力でやれるわ! てっとり早く頼んだわよ!』


 前方でタランテラがブレードを振るい、巨大な装甲を叩き割った。瞬間、メタルの上部から吐き出された熱源感知ミサイルが、ゆっくりと空に舞い上がる。

 どこを狙っているんだ?


『キャンディフロスよりチーム内全機。敵ミサイルは軌道を変更後、七秒で弾頭分裂、上空よりタランテラ付近に着弾。爆破範囲は半径三十メートル』


 ミサイルが発射された瞬間、成宮ルルが口早に告げた。


『……ベルベット了解。分裂前に迎撃する。ロック、ショット』


 リサが静かに囁いて、遙か上空へと狙撃銃ドラグノフを放った。空が真っ赤に染まった直後、炎と衝撃波が大地に降り注いだ。

 こいつはすごい! ツキノさんのお気に入りの後輩だけあって、めちゃくちゃ有能じゃないか!


 自機をロックオンされた場合は警告文が出るけれど、味方機のロックオンは分析支援型の後衛がいなきゃわからない。さらに今のようにロックオン前のものまで報せてくれるなら、生存率は飛躍的に跳ね上がる。

 それに、メタルがタランテラだけを狙って攻撃をしたってことは、それだけ天川月乃を脅威だと判断したってことだ。つまり、タランテラならばドレッドノート級を沈めることが可能かもしれない。


 ぼくはネイキッドを猛スピードでグライドさせる。頼りないタングステンナイフを構えて、ハンドガンの弾数を頭で思い出しながら。


「ツキノさん、援護します!」

『了解。止めても無駄だと思うから実戦で基本を教える。ゆっくり学ぶ時間はない。戦いながらおぼえなさい』


 ぼくの前方を走っていた新入生の機体が、ドレッドノート級のアームに弾かれてビルに打ち付けられ、部品をばらまきながらアスファルトに転がった。

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