第45話 戦場分析

 た、助かった……? リサがミサイルを撃ち抜いたのか……? できるのか、そんなことが……。


「はっ……はっ、はっ……」


 鋼鉄の肉体で額の汗を拭おうとして失敗し、ぼくは唾液を飲み下す。感覚をすべてネイキッドに持って行かれているはずなのに、心臓が爆発しそうなくらい跳ね上がっているのがわかる。


「つぁ……」


 目眩がした直後、頭と超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドがヒドく痛んだ。思わず鋼鉄の手で頭部を押さえて、ぼくはビルの壁面へともたれかかる。頭痛はすぐに収まった。


 今、リサがいなかったらぼくはもう死んでいた。

 それでも死の恐怖はない。あの日、九年前のあの日に恐怖は失われたままだ。ただ無力さだけが自分を苛み、強く歯がみする。

 メタルを殲滅するだって? こんなにも無力なのに? クソッタレ、頭を冷やせ!


 深呼吸で冷静さを取り戻す。

 戦場では、味方の装甲人型兵器ランド・グライドが次々と大破させられてゆく。銀色の巨大な化け物は、黒煙と炎の中を堂々とメタル色の肉体でキャタピラを動かし、我が物顔で闊歩していた。


『くっ、ダメね! 全権周波数がロックされていて指揮系統が奪えない! 誰よ、もう!』


 無線圏内に入ったのか、天川月乃の声がネイキッドへと飛び込んできた。


「ツキノさんっ!? どうなってるんですか!」

『――ッ!? イツキ? ……バカッ、帰れって言ったでしょ! 何で来たのッ!?』


 戦列に加わったのだろう。レギンレイヴの姿はすでにない。けれど、その直後にマサトの大声と銃声が無線に響いた。


『そんなこと言ってる場合じゃないでしょうがっ! 状況報告を先にお願いしますよ!』

『マサトまで!? ったく、もう! 今年の新入生は揃いも揃って言うこときかない子ばっかりね! そもそもドレッドノート級が出現してるのに、どうして上級生が来てないのよ! 特進だろうと普通科だろうと、新入生だけでメタルを撃退できるわけがないでしょーが! 指揮権も奪えないし、どうなってんの……!』


 ビルの影から覗き見る。徐々に状況がつかめてきた。

 誰よりも目立つ機体、太陽の光を受けて金色に輝く天川月乃のタランテラは、最前線に立ちながら二振りのブレードでドレッドノート級の装甲を剥がし続けている。カスタマイズされているとはいえ、それを差し引いても凄まじい動きだ。

 戦闘慣れしている。メタルの動きを熟知しているんだ。


 九年前のあの日、早見士郎とその機体キャスケットが曲線の動きでたった一機で成し遂げたドレッドノート級の破壊を、天川月乃とタランテラは、対照的に鋭角に、まるで変則的な高速ダンスタランテラを踊るかのような動きで行おうとしている。


『ロック……ショット。多連装ロケット砲カチューシャ装填リロード開始』


 それを援護しているのが、ドレッドノート級から距離を取り、グライドを止めることなく位置を小まめに変えながら様々な銃器を撃ち続けているリサのベルベットだ。

 声紋認証による弾薬装填リロードを、絶え間なく行っている。

 タランテラを狙ったメタルのミサイルを狙撃銃ドラグノフで確実に撃ち抜き、機体をグライドさせながら次々と赤外線探知ミサイルを放ち、ドレッドノート級の側面装甲を削り続けている。ツキノさんが主に狙っているのは、リサが破壊した装甲部分だ。

 それにしてもリサのやつ、なんて火力だ……!


装填リロード完了。ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック……ショット』


 轟炎と爆発、全高わずか七メートルのベルベットの砲撃に、一六〇メートルもの巨大なメタルが揺らぐ。

 他に目立つ機体といえば、バックグライドで短機関銃イングラムを撃ちながら中距離を保つ、まるで血液のような真っ赤な機体か。特殊クラスにはいなかったやつだ。


「拡大」


 ネイキッドがぼくの視界をズームして真っ赤な機体を映し出し、主要諸元の分析結果を視覚に表示してゆく。


「Dividead……ディヴァイデッド……っ!? 藤堂正宗か……っ」


 食堂でリサに絡み、同じチームの女子生徒を平気で殴りつける、あの凶暴な男――! 凄腕だとは聞いていたけれど、初戦ですでにあの動きとは……!

 ドレッドノート級の機関砲を緩急をつけた動きで回避して、装甲の隙間を狙って短機関銃イングラムを撃ち、炎をかいくぐって近づいてはアックスを叩き付けている。

 だけど――。


「ダメだ……」


 あの山のような大きさのメタル、ドレッドノート級の装甲を削れる装甲人型兵器ランド・グライドはたったの三機。加えて味方の装甲人型兵器ランド・グライドは、秒間ごとに次々と破壊されている。

 たった一機のメタルにだ。


 甘かった。何人殺された? 早見士郎がひとりで倒したドレッドノート級と呼ばれるメタルでさえ、これだ。

 絶望的な状況なのに、頭だけはますます冴え渡ってゆく。恐怖を感じない己の欠落に感謝したくなる。


『イツキィ、まだ死んじゃいねえだろうなっ!?』

「ああ。大丈夫だ、マサト」

『よし。レギンレイヴからチーム内全機に通達。おれは今からある作戦のために戦線を離れる。だからおまえらのサポートはできねえし、おれのサポートも必要もねえ。いいか、みんな。数分でいい。生き残ってくれ。あンのクソメタルヤローに目にもの見せてやる』


 視界にレギンレイヴの姿はない。けれど、言葉の意味を考えるとかマサトを捜すだとか、そんなことに費やしている時間も余裕もなさそうだ。


『タランテラ、了解。何するつもりか知らないけど、ムチャはダメよ、マサト』

『ベルベット、了解』

「ネイキッド、了解した」


 よし! こっちもやれるだけやってやる! こんなところで殺されてたまるか!

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