第六章 Combat Start

第44話 焦土

 黒煙――。

 新宿区に近づくほどに、建物の崩壊がヒドくなってゆく。


『イツキ、見ろ!』


 レギンレイヴがバーニアを弛めてバックグライドで道路に弧を描き、大地に両足をつけた。それに習ってぼくもネイキッドの両足を大地につけ、勢い止まらずに数歩よろめく。

 見様見真似に想像力を働かせて、どうにかバックグライドを応用しながら止まることはできるようになった。

 マサトのやつはさすがだ。やり方さえわかれば、後は自力でメキメキと成長してゆく。バックグライドすら使わず、下半身を慣性に任せて振り上げ、バーニアを前方に噴射させることで、うまく勢いを殺すこともある。


装甲人型兵器ランド・グライドだ』


 レギンレイヴの指さす先には、黒煙を上げて機能停止したグレーの装甲人型兵器ランド・グライドがビルに突っ込み、鉄塊と化していた。

 頭部はバラバラに粉砕され、背中にあるべきバーニアは少し離れた道路に転がっている。


 帝高の装甲人型兵器ランド・グライド。それもカスタマイズされていない新入生機だ。なぜ新入生の機体がこんなところに? 出撃させられたのか? 何がどうなっているんだ……。


「頑丈なはずの装甲人型兵器ランド・グライドが、ここまで砕かれるのか」

『大丈夫だ。コクピットが開いてるってこたぁ、パイロットは無事なはずだ』

「……そうだね」


 マサトはああ言ったけれど、おそらくパイロットも無傷というわけにはいかないだろう。コクピットは中まで焦げていて、バケットシートに至っては一部が溶けてしまっている。

 おそらく、言ったマサト自身も気がついているだろう。


『……ま、ここで考えててもしょうがねえ。要救助者もいねえし、行くぜ』

「ああ」


 ぼくらは同時にバーニアを噴かせてグライドする。

 心音が聞こえるのは、鋼鉄の肉体が肉の身体とリンクしているからだろうか。

 増えてゆく装甲人型兵器ランド・グライドの残骸とチラつく炎、黒煙。瓦解した赤坂区を走り抜け、炎の壁を突き破った瞬間、ぼくらは目にする。


 あいつを――!

 新宿御苑を炎に沈め、太陽を遮るほどの大きさの巨体を引きずり、自らの周囲を取り囲んでハンドガンを撃ち続ける装甲人型兵器ランド・グライドを無数のアームで薙ぎ払い、亀の甲羅のような背中から大量のミサイルを撒き散らす。

 ネイキッドの視界の端に、メタルの分析結果が書き出されてゆく。


 ――全長一六〇メートル、砲門六十四、アーム三十二、自己再生機能有、ドレッドノート級メタルに該当。


 ドレッドノート級! 九年前と同じ!

 視界の端で、再び赤文字が明滅する。


 ――戦闘開始コンバット・スタート


『避けろイツキ!』

「……ッ!?」


 巨大な音と震動が火花を伴って走り、グレーの装甲人型兵器ランド・グライドが走り続けるネイキッドとレギンレイヴの隙間へと……降ってきた……。

 すれ違い様にアスファルトを砕いてバウンドし、鋼鉄の肉体を粉々に打ち砕かれ、一瞬の後に遙か後方で大爆発を起こす。


『ちっ、マジかよ……! あれじゃ助からねえ……!』


 死んだ――。

 今、目の前で大破したやつのチームメイトだろうか、ただ呆然と立ち尽くしている薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドへと、ドレッドノート級のアームが伸ばされてゆく。

 背筋が凍った。なのに、心は灼熱のような怒りに支配されていた。


「見つ……けた……」


 感覚のない顎で歯を食い縛る。そうしなければ、ぼくはあまりの幸運に嗤ってしまう。

 最初に戦うメタルが、九年前にぼくからすべてを奪ったものと同型――!


 気がついたとき、憎しみに駆られたぼくはもうバーニアを全開にして、数百メートルもの距離を高速グライドしていた。腰部からタングステンナイフを引き抜き、ただ怒りと憎悪に鋼鉄の全身を委ねて。

 よくも、よくもよくも殺したな! ぶっ壊してやるッ!!


『バカ野郎、戻れイツキ!』

「うおおおおぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 マサトの声を背中で受けても、ぼくにはその言葉の意味を理解する余裕はなかった。心の灼熱が鋼鉄の肉体を支配して、最高速度のまま突進してゆく。

 この鉄屑の化け物がッ!! 装甲人型兵器ランド・グライドには――ッ!!


「人が乗っているんだぞーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ドレッドノート級のアームが薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドへと振り下ろされた直後、ぼくは叫びながら全力でタングステンナイフを振るい、アームを叩き返していた。


 両腕が痺れるほどの衝撃と火花――!


 立ち尽くすばかりだった薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドからわずかに逸れたアームが、アスファルトを突き破って大地を震わせた。

 それでも、薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドは動かない。

 何をしてるんだッ! さっさと逃げろッ! クソッ!


 ぼくはネイキッドの手で薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドの腕をつかみ、引きずるようにグライドをしながらその場から離脱する。

 追いすがるメタルのアームが何かに弾かれて、大きく跳ね上がった。

 マサトだ。レギンレイヴのハンドガンが硝煙を上げている。


『急げッ、イツキッ!』

「このまま一時離脱する――!」


 ネイキッドの視界の隅に、赤の警告文が点滅した。


 ――警告。ロックオンされています。


「……ちくしょ……!」


 振り返るまでもなく、熱源を探知しながらミサイルが追って来ているのがわかった。

 逃げ切れない!

 一瞬、ほんの一瞬、この薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドの手を放せば、……などと考えて、ぼくはさらに強く鋼鉄の手に力を込めた。

 冗談じゃない! できるかっ、そんなこと!


 死の音が迫る。

 振り返ったぼくの視界に、不思議な現象が起こった。迫るミサイルが遅い。

 違う。

 ネイキッドの最高速度も含め、戦場の何もかもが遅くなっている。マサトの叫びまで、まるでスローモーションのように間延びしている。


 なんだこれ……気持ち悪い……。死の間際だからか……?

 ミサイルを回避できないことはわかっている。速くなったのはぼくの意識のみであって、ネイキッドの機体性能じゃない。己に迫るミサイルがこんなにもハッキリ見えているのに、避けられないのがわかってしまう。


 これが、生死をわける一秒か――。

 けれど、この薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドの盾になってやる暇くらいならありそうだ。腕一本、最小限の犠牲でなら、あるいは生き残れる可能性もある。

 ネイキッドの左腕を後方へと向けた瞬間だった。


『ロック、ショット』


 リサの声が聞こえた直後、背後に迫ったミサイルが大爆発を起こした。

 爆風に煽られてネイキッドと薄桃色の装甲人型兵器ランド・グライドが同時に吹っ飛び、ビルの陰へと叩き込まれる。


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