第41話 大クラッシュ!
風の壁――!
鋼鉄の肉体が微細な感覚を得る! そうか、わかったぞ! 「リミッター・オフ」は機体の性能を引き出すのではなく、脳と機械の肉体の接続をより強化するってことか! つまり願えば願うほど、速度は機体限界までなら無尽蔵に加速してゆく!
機体に当たる風の感覚が、脳に伝わってくる。前を走るマサトの機体が跳ね上げた小石が胴体部にぶつかると、かすかに痛みが走った。
横転したトラックを避けるために地面を蹴る。数十メートルもの距離を飛び越えてひび割れたアスファルトに着地し、ぼくらは再びグライドする。
何だコレ、気持ちいい!
これまでは車に近い感覚だった視界が、今はまるでバイクのようだ。
二機の
『おっと!』
マサトの叩いた壁面が崩れてきたけれど、ぼくは身をわずかにずらして機体を回転させ、風を切りながらそれらを回避する。
「……!」
二十メートルも崩れていた国道の切れ目を軽く飛び越え、着地と同時に肉体を斜めに倒す! 轟々と風が鳴って、
いつの間にかぼくらの口数はすっかりなくなっていた。
速度はぐんぐん上がってゆく。視界の隅にデジタル表記されている速度計は、すでに一六〇キロを超えている。なのに、一〇〇キロで走り続けていた先ほどよりも、よほど安定している。
――警告。速度、危険域に達しました。
視界の隅に、警告文が赤文字で浮かび上がった。けれどそんなこと、どうだっていい。風を切り、障害物を飛び越え、回避し、ぼくらは凄まじい速度で走る。
一七〇キロ。
――警告。機体クラッシュ時における生存率が著しく低下します。
『見ろ、イツキ! 海だ!』
「東京湾か! レインボーブリッジも見えるよ!」
『速度を弱めてくぜ』
「おう」
『……へへ……、どーやって……?』
レギンレイヴとネイキッドが並走しながら顔を見合わせた。
「……」
またやっちまった! いや、落ち着け、確か早見先生は……。
「せ、先生がバーニアは切るなって言ってた」
早く走ろうとさえ思わなければ、
『そうだ! 前面のダクトから全力で排気するぞ、イツキ!』
「お、おお、それだ!」
バシュ、と派手な音がしたワリに、速度はまるで落ちてこない。そりゃそうだ。冷静に考えりゃ、背中のバーニアの推進力の方が遙かに強いんだから。
うち捨てられた海岸が迫ってくる。そこには太陽を受けて金色に輝くタランテラと、空色のベルベットが並べて置かれていた。
『ヤバくね?』
「う、うん。そ、そうだ、バックグライドだ!」
あれなら進行方向を強引に変えられる!
『もう遅ええぇぇぇぇぇ~……!』
マサトの悲鳴が聞こえた瞬間には、ぼくらは並べて置かれたタランテラとベルベットの横を通り過ぎて砂浜に突進し、海面を奇妙な格好で何度も水を切って跳ね上がりながら、派手に海水の柱を立てていた。
鋼鉄の肉体であることも忘れて、ぼくらはあわてて海の中で藻掻く。けれど目を開けたとき、強化されたぼくらの視界に映った景色は壮観で。
『すっげえ……』
「うん……!」
どこまでも透き通る青、見上げると水面はキラキラと輝き。
群れを成して泳ぐサカナたちが、二機の
あわててダクトから排気を行い、機内に入った海水を排出する。
目的地が海じゃなかったら確実に死んでいたな、これ……。
「いやあ、焦った焦った。ってか、錆びないだろうな」
『全パーツともそういう塗装と金属らしいから大丈夫だって聞くぜ』
そんなことを話しながら、ぼくとマサトが機体をタランテラとベルベットの隣へと歩み寄らせてゆくと――。
『おバカ、何やってんの! ふたりとも、本来なら今ので死んでたよ? グライドおぼえたてでリミッターを切るなんて正気の沙汰じゃない! 最低限バックグライドをおぼえてからにしな!』
天川月乃から、当然のようにお叱りを受けた。
「で、でもツキノさん。リサだって新入生――」
『リカのことはいーの! 口答えするなああぁぁ!』
『……リサ。リサ・アバカロフ』
ぷりぷり怒る天川月乃とは対照的すぎる、リサの落ち着いた抗議の声。
『あたしの中ではあんたはまだリカなの! 黙って返事しなさい!』
『ん。わかった』
いや、おかしい。そこはわかっちゃダメだ。
『ま、いいわ。
コクピットの扉を開けて、天川月乃が姿を現した。そのままタランテラの腕に足をかけ、わずかに曲げた膝に飛び降り、砂浜へと着地する。
朝とは違う軽装。動きやすいミニスカートにサンダル、シャツの上にはパーカーを羽織っている。
「降りてきなよっ」
太陽に目を細めて大きく息を吸い、天川月乃がぼくらに叫んだ。
「はーやーくっ」
それに習ってマサトとぼくが、少し遅れてリサがコクピットの扉を開けて、空色の機体から砂浜に飛び降り……着地直後に砂浜にポテっとこけた。
「あう」
痛くはなかったのか、何事もなくムクっと立ち上がる。
何だかリサの行動を見ていると、
「お……」
リサは、朝方の姿とは違ってシフォンのキュロットに裸足、七分丈のスプリングセーターを着ていた。標準よりもかなり小さな彼女に、まるであつらえたかのように、ぴったりとフィットしている。
「へん?」
「ううん。……ヘンじゃ……ない」
これが精一杯。この先の言葉を出せるほどの勇気はない。正直正視できないほどに照れくさい。
「そ?」
私服を初めて見た。不思議と心が躍ってしまう。
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