第40話 限界速度突破
破壊しつくされた都市の乾いた風を切って、四機の
『おい、イツキ。これ、ホントに大丈夫なのか?』
「ぼくに聞かれても……。確かに休み期間中に
常識で考えて一機何十億するかもわからない学校の備品を持ち出して遊ぶってのは、まぁ十中八九アウトだろう。
先頭をグライドするド派手な黄金の
『へーきへーきぃ。戦果上げればだ~れも文句言ってこないって。ん~~~っ、気ン持ちい~~~~っ!』
天川月乃が高速移動をしながらタランテラをぐるりと振り向かせて、バックグライドで機体の両腕を広げた。
背面走行はものすごく高度なテクニックだ。その上、現時点でも時速は一〇〇キロ近く出ている。
「わああ!? ちょ、ちょっと前向いてくださいよ前ェ!」
『はーいはい。大丈夫だよ。ここはあたしの庭みたいなもんなんだから』
入学時期たった一年の差で、こうも違ってくるのかというほど、タランテラはカスタマイズされている。この人、もしかしてぼくらの想像を遙かに凌駕する凄腕のパイロットなんじゃないだろうか。そういえば、二年のエースナンバーだと誰かが言っていたか。
ヒュンと機体を回転させて、天川月乃が前を向いた。速度を落とそうともせず、崩れかけたビルを蹴って曲がってゆく。
そのすぐ後をリサのベルベットが、ずんぐりとした機体であるにもかかわらず、安定したグライドで続く。
軽量化の施されたタランテラに勝るとも劣らない速度の高出力エンジン。四機のうち、あきらかに空色のベルベットだけが異様な爆音を響かせている。
『どあっ!?』
エメラルドの機体、マサトのレギンレイヴがビルに肩口をこすりつけた。
『あっぶねっ!』
ぼくはもちろん、特進に合格したマサトでさえ、もうついて行くだけで精一杯だ。
どうにかこうにか機体のバランスを取り、コーナーで引き離された後に直線でかろうじて追いつくの繰り返し。
ちなみに、直線で前を走る女子ふたりに追いつけるということは、あきらかに彼女らは手を抜いて走ってくれているということだ。
「うわわっ!?」
曲がり損ねたネイキッドが片腕で傾いた信号機を払い、どうにか体勢を立て直す。遙か後方で信号機がメシメシと音を立てながら倒れてゆくのがわかった。
「……あれ、弁償とかしなくていいよな……?」
『誰も使ってねーし、いいんじゃねーのぉぉぉああぁぁぁ!?』
バランスを崩して倒れかけたレギンレイヴが、めくれ上がり、ひび割れたアスファルトに手をついてエアダクトからの排気の勢いを利用し、どうにか体勢を立て直した。
「ぼくら、カッコ悪いね……」
崩れたビルの瓦礫をヒョイっと飛び越えて、どうにか前を走るふたりを捕捉する。
『……あのふたりの腕が異常なんだよ……って思いてえ……』
苦笑するマサトの顔が目に浮かぶようだ。
タランテラがまた振り返り、バックグライドをした。
『聞こえてるよ。なーに言ってんの。士郎ちゃんなんて街中だろうと廃墟だろうと時速二〇〇キロ以上で走るのよ? ね、リカ?』
ベルベットの頭部が並走するタランテラへと向けられた。
『リサ』
『ああ、そーだっけ? まーとにかく、この程度の速度についてこられないんじゃ、ふたりとも三年もたないわね。あ~ん、残念だなあ。いい男になれそうなのに』
タランテラが得意気に人差し指を立てて左右に振った。外国人のようなオーバーアクションを機体でやられると、異様に腹が立つ。
「い、いいからアンタは前を向いて走ってくださいって!!」
『あ~い。りょ~かい』
タランテラが金色の軌跡を残して機体をひねり、前を向く。
あれが上級生の平均だとしたら、早見士郎までの道のりはひたすら遠そうだ。
『ツキノ。時速二〇〇キロなら、わたしも出せる』
『へえ、じゃあ競争しよっか、リカ』
『……ん』
ちょ、ちょっと待って! 冗談だろっ!?
「リサ、危ないって! やったことないだろっ!?」
『ない。ないけど、きっと大丈夫』
大丈夫なわけがない。彼女の
時速二〇〇キロでクラッシュしようものなら、まず助からない。
『おいおい、お姫さん! やめとけって!』
ぼくらの制止の声を塗りつぶして、天川月乃が楽しげに言い放った。
『イツキとマサトはこの道を行き止まりまでまっすぐに来て。この先で待ってるから。じゃーねっ!』
ふたりの女子が同時に呟く。
『……ベルベット、リミッター・オフ』
『タランテラ、リミッター・オ~フ!』
直後、タランテラとベルベットのバーニアが同時に劫火を噴いた。
耳をつんざく爆音が轟いた直後、タランテラとベルベットが金色と空色の軌跡を残して凄まじい風を巻き起こし、崩れた建物や障害物をものともせずアクロバティックな動きをしながら、あっという間にぼくらの視界から消失した。
はあああぁぁぁぁ!?
「何、今の……?」
『知らねーよ……。声紋認証の隠しコマンドってとこか……』
リミッター・オフ?
「やってみる……? ツキノさんはここから目的地までは一本道って言ってたし、よほどのコーナーがなければ二〇〇キロ出しても大丈夫な気がする」
『おれらの腕じゃ、クラッシュイコール即死だけどな。廃墟だからどうやったって障害物はあるだろーしよ』
道路のど真ん中にうち捨てられたトラックを、同時にジャンプで飛び越える。およそ半分しか出ていないこの速度でも、正直ヒヤヒヤものだ。
でもさ、さっきから心臓がバクバク動いてたまらないんだ。まだ春先だってのに、身体中が熱い。風を切って少し冷ましたいくらいだ。
感覚の大半をネイキッドに持って行かれているはずなのに、なぜか額から汗が浮かぶのがわかった。乾いた唇を舌でなめて湿らせる。
『へっへっ』
「ははは」
どうやらマサトも同じらしい。そりゃそうだ。こんなにもおもしろいオモチャが手の中にあるのに、遊ぶのに遠慮なんてしていたくないだろ。
『おまえだけ死んでも恨むなよっ! イツキ!』
「おまえこそ!」
ふぅーっと息を吐く。
『レギンレイヴ、リミッター・オフ!』
一足早くマサトがバーニアを噴かし、緑色の軌跡を残して身を屈めた。
「ネイキッド、リミッター・オフ!」
瞬間、息が詰まった。一八〇度見渡せる視界が、溶けてゆくチョコレートのようにどろどろと歪み始める。
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