第39話 もはや正気じゃないです
キョトンとした表情で、天川月乃がさも当然のように言い放った。
「だってここにいたら見つかっちゃうじゃん。わかってんの? 男子寮は女人禁制でしょうが!」
「いや、え? ちょっと意味わかんないんですが……。規則を今まさに破ってる本人に、規則を説教されても……」
「ああ、壁になってくれた新入生くんたちはもう解散していーよ。ありがとね」
その場にいた全員の目が点になった。仁王立ちの天川月乃、正座をさせられているぼく、取り囲むギャラリーに、一歩退いた位置から半笑いで眺める多岐将人。
全員が言葉を発さず、息さえ止めていたんじゃないかって思えるほどの静寂。
結局、不承不承だろうけれど、ぼくとマサト、そして天川月乃を残してみんな散り散りに歩き去って行った。途中で止まってこっちをまだ見ているやつもいるけれど。未練ありそうな柏木くんとか。
「じゃあ開けて?」
もうダメだ。ぼくにはこの人を止めるだけの力も知恵も気力さえもない。
IDカードをスロットに通して、ドアを開ける。
「よしよし。まぁ入って。汚いところだけ――あら、意外と綺麗じゃない」
なぜか先に入った天川月乃に招かれ、自室に入るぼく。その後から当然のようについてきたマサトの胸に、天川月乃が掌をペタっと当てて止めた。
「あ、キミはだ~め」
マサトがぼくに視線を向けてから天川月乃に戻し、甘いマスクをわずかに近づけて困ったように囁いた。
「なぜです、ツキノさん? おれがいたら困りますか?」
「だってあたし、男子の部屋に来てるのよ? 腕に自信があるっていっても、ふたりがかりで襲われたら撃退できないかもしんないじゃん? たぶん単純な腕力だけなら、ふたりの方が強いでしょ? 片手ずつ押さえられてベッドに押し倒されたら、これまで極めて適当に守ってきた処女を散らすことになっちゃうじゃない。きゃぁ~ん、女の子にそんなこと言わせないでよ~。興奮して鼻血出ちゃうじゃん」
な、何を言ってるんだ、この人は……。というか、アンタそんなこと気にするタイプだったの……? 恐るべし、ノーガード戦法だ……。
あまりの信用の無さに、ぼくは唖然としてうなだれる。
けれどマサトはまるで動じた様子も見せず、にこやかに返した。
「けれど、イツキよりはツキノさんのほうが総合的に強いでしょう? イツキがツキノさんに押し倒されたら抵抗できずに、これまで必死扱いて守ってきた童貞を奪われてしまうかもしれない」
「やんっ、胸熱!」
……おい、どさくさで余計なことを言うな……。……守ってきたんじゃなくて、引き取り手がいなかっただけだ……。
「それはフェアじゃない。けどおれがいたら、もしかしたら良い勝負ができるくらいにはなるかもしれない。あまり腕に自信はありませんけどね」
素晴らしい屁理屈だ。事実なのが情けないけど、確かに華麗なまでの身のこなしで、あの藤堂正宗を締め上げた女子が相手ではそうなるだろう。
「ああ、なるほどね。それもそーね」
「でしょう?」
驚いた。会話が成立している。もしかして異常な会話だけ成り立つのか?
「それに、どーせマサトの部屋にも後で行くつもりだったから、手間が省けていいわ」
マサトの胸から手を下ろした天川月乃は、トコトコと後ろ歩きをして、さも当然のように備え付けの椅子にペタンと腰をおろし、肉感的な長い足を組んだ。
肘置きに載せた手に、悪戯な笑みを重ねる。
マサトはドアを開け放しのままにして、いつものように人なつっこい笑みで悪びれた様子もなく入室した。
意外と紳士だ。
マサトが照れる様子も赤面さえもなく、極めて自然に言葉を吐いた。
「おれの部屋にまで? それは歓迎だなあ。ツキノさんのようなタイプの女性、実は好みなんですよ」
そしてうまい……。言い慣れてるな、こいつ……。
イケメンで、頭も良くて、要領も良くて、金持ちで、チョイ悪ファッションのくせに、性格は良い。
ふざけやがって。パーフェクト超人か、この野郎。
ぼくとリサは孤立したままなのに、マサトだけが特殊クラスの女子生徒と仲を戻しつつある理由がわかった気がする。
「ふーん、そーなんだ。ま、とりあえず座ってよ。ふたりとも。ああ、ドアはちゃんと閉めてね。先生に見つかるとメンドイから」
しかしというべきか、やはりというべきか。天川月乃は優男の好意すらガン無視だ。
さすがのマサトも苦虫を噛み潰したような表情でドアを閉めた。
ぼくはといえば、部屋の主であるぼくを差し置いて、天川月乃が当然のように言い放った言葉に、いちいちつっこむ気力はなかった。
「で、結局何の用事だったんですか? あんな騒ぎまで起こして」
ぼくはベッドに腰を下ろし、マサトは椅子とセットになっているデスクにもたれかかった。怪訝な表情のぼくらとは対照的に、天川月乃がニィっと笑う。
「ねえ、おふたりさん。今日ヒマ? ちょっとだけ危険なピクニックに行かない?」
「……時間はありますけど筋肉痛で身体中が痛くて……さすがにピクニックは――」
全身ビキビキだ。正直なところ、今日はもうゆっくり休みたい。
「うんうん。良かったぁ、ヒマなんだね!」
半ば予想していた台詞だ。少なくとも、ぼくは。
マサトが苦虫を噛みつぶしたような表情をしたのがおかしくて、ぼくは少し笑った。
次の一言が、彼女の口から語られるまでは。
「じゃ、各自装甲人型兵器に搭乗して、北方十キロの位置にあるガススタ跡に集合ね!」
うわあ……。もはやこの人、正気じゃないの……?
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