第33話 及第点

 それでもベルベットは、キャスケットの大剣を弾切れとなった二挺のハンドガンを交差して受け止め、バーニアを全開にして強引に押し返す。

 二機を覆っていた電波欺瞞紙チャフがダクトからの排ガスに吹き飛んで、粉雪のようにキラキラと舞い散った。


『装備換装……!』


 ベルベットが二挺のハンドガンを投げ捨てて、背中に収納されていた遠距離専用装備の狙撃銃ドラグノフを取り出し、バーニアを噴かしながら距離を取ろうと退く。けれどキャスケットは最速グライドで迫り、大剣を低く構えた。

 間に合わない!


「リサ!」


 そう考えた瞬間、ぼくのネイキッドはすでに動いていた。なぜならネイキッドは操縦する機械などではなく、ぼくの肉体だからだ。

 ぼくはとっさに手にしたハンドガンをベルベットに投げ渡し、タングステンナイフでキャスケットの大剣を受け止めていた。

 凄まじい金属音と巨大な火花が、三つの機体の周囲に散る。


「つぁ……っ」


 ネイキッドのリミッターで緩和されているはずの鈍い痛みが、軋む右腕部からぼくの脳に送られてきた。

 けれどそのわずかな間に、ベルベットに距離を取らせることには成功した。

 キャスケットの出力に圧されて、ネイキッドの腕が押し下げられてゆく。

 やば……、武器も機体出力も違いすぎる……!


「マ、マサト!」

『おお……!』


 レギンレイヴがキャスケットへと向けてハンドガンを撃つ。しかしその瞬間にはすでに、キャスケットの姿はない。

 このとき、ぼくとマサトは完全に早見先生のキャスケットを見失っていた。けれど、リサだけは射撃を続けていた。

 右へ、左へ。リサは銃口を向けて撃ち続けるも、当たった気配はない。


 一発必中など、とんでもない! リサはぼくらの予想を遙かに上回っていたけれど、早見士郎はそれにも増して異常だ! あれで同じ人間なのか?

 くそ、どこだ……!?


 広がった視界でも、キャスケットの姿は捉えられない。ぼくらの動作なんて、とっくに読まれている。格が違いすぎる。


『イツキ、後ろっ』


 リサの声で振り向くことはおろか、位置を確かめることさえせずに、ぼくは右腕のタングステンナイフをとっさに振った。

 カシュっとわずかな手応えが走った。


「あ、あたった……?」


 事後に振り返ると、暗黒色の機体はもうぼくらからわずかに距離を取り、ようやくグライドを停止させて大剣を背中に収めたところだった。

 キャスケットからぼくらのチームへと、音声チャンネルが開かれる。


『多岐将人、高桜一樹、リサ・アバカロフ。君達は特殊クラスでの合格第一号のチームだ。本来であるならばチームは四人一組フォーマンセルのところ、三人一組スリーマンセルの構成でよく成し遂げた。頑張ったな』


 キャスケットが自らの胸部を指先でつつき、わずかに掠ったナイフの切り傷をアピールする。

 そう、これは授業だ。装甲人型兵器ランド・グライドに乗り、担任教師の機体に有効打撃を与える科目カリキュラム

 ぼくらが帝高に入学してから、九日間が過ぎた。初期装備であれば、ぼくらはもう、一通り扱える程度にはなっていた。


 けれど、これで合格なんて冗談じゃない。こんな有様で勝ったなんて思えるほど、バカじゃない。それに通常より構成がひとり分足りないチームだけれど、マサトは新入生の中では上位だし、リサという反則的な戦力だって持っていた。

 それでもこの体たらくだ。


『はぁ~……ちっくしょ……まるで歯が立たねえ……っ。おれたち、こんな様で生き残れんのかねぇ……』


 マサトが無念そうに吐き捨てる。

 もしもルールが「相手を破壊するまで」だったとしたら、あるいは、現状でもっとも厄介な敵とされるメタルのランド・グライド級が相手だったとしたら、誰も生き残れなかったに違いない。

 これが実戦だったら、ぼくらは死んでいたってことだ。おそらくこの授業は、それを新入生に知らしめるためのものだったのだろう。

 おまえたちは無力だ、と。


「ふ、ふふふ、あはははは!」


 なのにぼくは、嬉しくて笑ってしまったんだ。

 早見先生が怪訝な声色で、ぼくに尋ねてきた。


『どうした、高桜?』

「いえ、すみません! なんでもありません!」

『そうか。まあいいだろう』


 早見先生はぼくらのチームだけを相手にしているわけじゃない。この戦いで、本日三戦目。数分の休憩の後には燃料ケロシンを補充し、別チームの相手をするタフさだ。

 英雄、早見士郎と肩を並べるまでの道のりは、まだまだ長そうだ。

 だけど、必ず追いついてやる。これ以上何も失わないために。


『よし、では解散だ。気をつけて帰れ』

「はい! ありがとうございました!」

『はい! ありがとうございました!』


 マサトとぼくの声が重なった。

 背中を向けてグライドを始めたキャスケットを見送ってから、ぼくはチーム専用回線に切り替えて、高揚する気分を圧し殺して呟いた。


「なあ、マサト。人間って、あんなにも強くなれるものなんだな」

『……ああ、それでさっき笑ったのか。はは、なるほどな。そういうポジティブな考え方もあるか。そうだよな。おれたちには、まだまだ強くなれる余地があるってことだな』

「うん。メタルよりも早く進化すれば、きっと生き残れる」

『ダーウィンも驚きの早さってか』


 早見士郎までの道のりは、確かに遠い。けれど人類にはそれだけの潜在能力ポテンシャルがある。早見士郎はその可能性を示してくれたんだ。

 苦汁をなめてなお、大きすぎるお釣りだ。

 こうしてぼくらの初めての戦闘は、苦々しい勝利で幕を閉じた。

 けれど、悪い気分じゃない。


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