第24話 黒の英雄

 ネイキッドの速度が上がった。

 なるほど、リサの言う通りエアダクトを使わなくても、転びかけたら体重を調整する感覚で進行方向に体重を乗せると、ネイキッドはちゃんとそれに応えて傾いてくれる。

 勢いをつけて、慣性でスケートを滑らせる感覚に似ている。

 すごい、すごいぞ! ものすごい速度だ!


「って……う、わあああぁぁっ!?」


 と、止まらない!

 あわててバーニアを切ると、両足が大地に墜ちた。慣性に逆らいきれず、無様に脚部を回転させて砂の上を走るも、グラウンドの端――巨大なフェンスがネイキッドに迫る。


『イツキ!』


 マサトの声が響いたが、返事をする余裕などない。

 ヤバ、ぶ、ぶつかる!


『――滑走グライド中はバーニアを切るな。機体の進行方向を自在に操るには必須だ。可及的速やかに停止したいときこそ、バーニアを活用するんだ』


 低く落ち着いた若い男の声。直後、ぼくの視界の端に現れる暗黒色の機体――。


 そいつはすべてのパーツがカスタマイズされ、ぼくらの装甲人型兵器ランド・グライドとはまるで別の機体となっていた。

 リサのベルベットのような多くの装備を積むための無骨な巨大化ではなく、あくまでもシャープに、そしてしなやかに。


『人体にブレーキが存在しないように、装甲人型兵器ランド・グライドにもブレーキはない。だが人体同様、いや、人体以上に自由が利く』


 その背に、たった一振りの大剣を背負って――。


 暗黒色の機体はネイキッドの肩に左腕を回して背中のバーニアを噴かし、二機揃ってフェンスにぶつかる直前で進行方向を変え、凄まじい量の砂煙を巻き上げながら徐々に速度を落とし、ぼくらがもともと立っていた位置にまでゆっくりとネイキッドを運んだ。


『イメージを広げろ、高桜。装甲人型兵器ランド・グライドは必ず君の声に応えてくれる。それでも曲がれなければ、壁を蹴って垂直にグライドしろ。慣性の法則を利用できるようになれば、一般的な認識とされる足を止めて戦う戦法よりも、遙かに有利に戦えるようになる』


 ……そんなバカな……。……あなたが……。

 記憶、呼び覚まされて。

 心音が鋼鉄の肉体から響く。


 ホバリングが終わり、両足に地面の負荷がかかった。

 けれどぼくはそんなことを意識する余裕さえなく、その暗黒色の機体を呆然と見つめていた。なぜならそこにあるのはまさしく、九年前のあの大戦を戦い抜いた、たった三機のうちの一機。

 あの日、散っていった二九七名もの英霊を乗せて帰還したと言われる、“カンオケ”という名を冠する機体。


「――装甲人型兵器ランド・グライド……キャスケット……! ……早見先生が……士郎……?」


 九年前のあの日、たった一機でドレッドノート級のメタルを圧倒した伝説の機体。ぼくが探し求めてきた、命の恩人。


「あなた……が……?」

『そうだ、高桜。教師という立場上、挨拶が遅れてしまった。互いを知って言葉を交わすのは、これが初めてだな。君が無事に生き延びていてくれたことに感謝する。会えて嬉しいよ』


 ぼくはこのときに知ったんだ。マサトの言っていた「早見先生は今世紀最高の英雄」という言葉の意味を。

 英雄、早見士郎。

 会えた……ようやく……。


 感謝の言葉は嵐のように脳内に溢れて渦巻いているというのに、ぼくはどれ一つとして口からうまく吐き出せなかった。

 あんなにも話したいことがあったのに。こんなにも想いに溢れていたのに。

 ただただ、胸が詰まって。


『きっと君を救った彼女も、そう思っているよ。だから、心から礼を言う。そして、彼女の分まで生き延びてくれ』


 早見士郎のその言葉に、ぼくの涙腺はあっさりと決壊した。九年前の感謝はもちろん、返事すらできないほどに。

 ぼくは、無線からみっともない声が漏れないように、ただ静かに涙を流していた。

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