第21話 搭乗

 翌朝、藤堂正宗に殴られた頬がジンジンと熱を持って腫れた。早見先生はぼくで一瞬視線を止めたけれど、そのことには触れずに格納庫での授業を続ける。


「――いいか? 技術よりも想像力だ。何度も繰り返してきたが、装甲人型兵器ランド・グライドは君達が運転する乗り物や機械ではない。もう一つの肉体だ」


 隣に立つリサはどこ吹く風だ。開口一番に「痛い?」と聞かれたけれど、「平気だよ」と応えると、以降は会話もなく授業が始まってしまった。


 昨日塗装を終えた装甲人型兵器ランド・グライドは、耐火衝撃機能を備えたコーティングにより、塗装直後よりも輝いて見えた。

 並べられた十九機の機体の中でも、やはりぼくのネイキッドは異質だ。格納庫という薄明かりの下でも、一層強い輝きを放っている。

 隣り合って置かれたマサトのレギンレイヴも他には見られない宝石のような煌めきを、それにもう一機。

 昨日の時点では見なかった、深い空の色をした機体がある。


「おい、マサト。あれが早見先生の機体か?」

「おれが聞いていたのとは違うが……けど、新入生であんなモノを持ってるやつは、まずいねーだろうし……」


 マサトに尋ねると、曖昧な返事をされた。

 かなりの異質。色だけの話ではない。ぼくらの装甲人型兵器ランド・グライドとは形状も大きさも、目に見える装備だって別物だ。


「すごいな……。何百体のメタルを破壊すれば、あんなカスタマイズができるんだ……。ほとんどのパーツが最新鋭じゃないか……」


 カスタマイズされていない箇所を見つける方が難しい。

 脚部、両腕部、胴体部は射撃装備収納のためか一回り以上太く、人間でいうところの肩胛骨から頭部にかけて、神仏の光背のように半円型の多連装ロケット砲カチューシャを装着している。戦闘時にはこれが回転し、次々と弾薬が装填リロードされる仕組みだ。


 当然、それだけではない。背中には装甲人型兵器ランド・グライド用の巨大な狙撃銃ドラグノフを、半開きの腰の収納ボックスから見えているのは自動小銃カラシニコフか。背中のバーニアに至っては、噴射口の数がぼくらの機体の三倍だ。


「遠距離タイプだな。それでも近接装備がひとつもねえのは珍しいが」

「うん」


 マサトの呟きに、うなずく。

 ぼくらの機体の左腕には申し訳程度にタングステン・シールドが装備されているけれど、空色の機体にはそれがない。いや、よくよく見れば右腕よりも左腕がわずかに太く、肘から先に向けて何らかの仕掛けギミックが存在するようだ。

 他にも色々あるんだろうけど、ぼくが自力で調べられる程度の知識じゃ、これくらいしかわからない。


「ベルベット」


 隣でリサが静かに呟いた。


「あの子は、ベルベット」


 最初、リサの言葉とぼくが見ていた機体とが、まるで繋がらなかった。数秒が経って、初めて気づく。

 リサがぼくらの疑問に出した答え、それが空色の装甲人型兵器ランド・グライドベルベットだった。


 マサトとふたりして目を見開き、リサとベルベットを交互に見やる。

 信じられない! あれがリサのベルベットだって!? 九年前にぼくを救ってくれたあの人が乗っていたのなら、この度を超えた改造もわからないでもない……が……。

 けど、何だこの違和感……?


 おかしい。そんなはずはない。そんなはずないんだ。だって目の前のベルベットの装備は、現在最新鋭のものだ。九年前の最新じゃない。あの人が九年前に死んだのなら、いったい誰がベルベットをここまでの機体に仕上げたんだ?


 無表情にベルベットを見上げるリサを凝視する。

 リサはあの人じゃない。年齢が低すぎるし、性格だって正反対だ。うなじに埋め込まれた超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドだってシリアルは新しい。


 この謎に応えてくれそうな人は、あの人が相棒と呼んだキャスケットのパイロット、士郎くらいのものか。

 いったい、どこにいるんだろう。


「高桜、聞いているか?」

「あっ!? え? す、すみません!」


 早見先生の声に両肩を跳ね上げて、ぼくは視線を前に戻した。


「異性に見れられるのも生きていればこそだ。生き残りたいと願うならば、私の話をちゃんと聞け」


 うぐ……っ。

 笑ってくれれば多少は気楽なのに、クラスメイトたちの視線はぼくとマサト、そしてリサには極めて冷たい。

 ぼくとマサトがリサを庇って怒鳴りつけたことで、三人揃ってすっかり孤立してしまった。


「申し訳ありません。以後気をつけます」

「そうしろ。君がくだらん死に方をしたら、あの日、君を救った人物も悲しむ」


 笑みすら浮かべて、早見先生は静かにそう言った。

 悲しむ。そうだろうな。あの人なら、そう言ってくれると思う。生身でありながら小さなぼくを抱えて、最後まで見捨てることなくドレッドノート級の追跡から逃げ切ったあの人なら。


「よし。では、そろそろ実地訓練に移る。全員、各自の装甲人型兵器ランド・グライドに乗り込め」


 いよいよだ。

 塗装が必要だった昨日とは違い、装甲人型兵器ランド・グライドは全機片膝をついて右腕を下げ、パイロットの搭乗を待っている。

 ぼくやマサトやクラスメイトたちが緊張した面持ちで片足をかけるのを尻目に、リサだけは小さなカラダでヒョイと装甲人型兵器ランド・グライドベルベットの右手に飛び乗って、堂々と腕を歩き、コクピットの扉を開けてあっという間に乗り込んでしまった。

 まるで長年乗り慣れた機体であるかのように。


「搭乗を終えたら、しばらく待機。起動の仕方を教える。余計な箇所はまだ触るんじゃないぞ」


 それを見たクラスメイトたちが、次々と自らの機体へ乗り込んでゆく。ぼくはネイキッドの右腕で立ち止まった。


「どうかしたのか? まさか今さら怖じ気づいたのではないだろうな」


 早見先生の声が聞こえた。

 違う。全身が震えているけれど、これは怖いからじゃない。そんな感情はもうない。身体中を血潮が駆け巡っている。心臓がバクバク跳ねて、細胞が活性化する。油断をしたら、笑みさえ浮かべてしまいそうになる。


 ゾクゾクする!

 何て美しい機体だ。ああ、そうだ。確かにこいつは機械や乗り物じゃない。人体にも負けない美しさを持つ、もうひとつの肉体だ。


「何でもありません」


 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。そうしてコクピット横のボタンを押す。

 プシュっとエアーの抜ける音がして、鋼鉄のハッチが開かれた。肉体を固定するバケットシートには、いくつものベルトが設けられており、手元には最低限の操縦機器、足下にはアクセルとブレーキが備え付けられている。


 けれど、パイロットは通常これらを使わない。これらを使うのはパイロット以外の人間。つまりは整備士たちだ。パイロット本人はコクピット内上部より露出した射撃管制装置ロックオン・システムと、バケットシートの首筋あたりから伸びている端子のみを使用する。


「よろしくな」


 あらためてネイキッドに語りかける。

 機械生命体であるメタルに抗する唯一の手段。それは、人間自らも機械の肉体を手に入れることだ。つまりぼくら人間が、装甲人型兵器ランド・グライドの頭脳となる。手を動かすのも足を動かすのも、操縦ではなくすべて脳波だ。


 ぼくはネイキッドのコクピットへと入り、バケットシートに腰を埋めた。自動でハッチが閉ざされる。


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