第16話 檻の廃都

 個室はひとりに一室。この環境は素晴らしい。


 帝高の敷地面積は、名目上東京の三分の一を占める。もっとも、実際に今でも人類が使用している面積はたかが知れたものだ。

 それでも現在この広大な都市にある建造物は二つの防衛高校と、ひとつの防衛大学のみだ。土地はあきれるほど余っているのだから、全員に一室ずつ与えられたって不思議じゃない。


 割り当てられた室内を見回す。

 広さこそ大したことはないけど、壁面収納式のベッドやテレビ、衣装ケース、本棚付きのデスクにチェアー、隣室にはダイニングキッチン、ユニットバスや洗濯機、バルコニーにダストシュートまで用意されているときたもんだ。


「全寮制なのに何の荷物も持たずに来いだなんて言ってくるわけだ」


 ビジネスホテルなんかより、よほど使い勝手がよさそうだ。暮らしてゆくには何の不自由もない。


「こりゃもう使えないな」


 ペンキで汚れた制服を脱いでダストシュートに放り込み、念のために衣装ケースを漁る。用意された制服のストックは、ひとりにつき十着。一着でも欠けたら備え付けの注文ボタンで即補充が可能、もちろん無料だ。


 恵まれすぎているけれど、これには理由がある。

 ぼくらにとっての制服は、そのままパイロットスーツとなる。メタルの撒き散らす、死に至る“何か”を防ぐことが可能な特殊繊維製のだ。首筋の超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドに異常が生じた場合には、制服こそが予備の生命線ということになる。


 これらは「メタル側」の技術という噂だけど、真偽は定かじゃない。もしもこの首筋に埋め込まれた金属片がメタルの欠片だとしても、やつらを破壊するためならば、ぼくは迷わずに使うだろう。

 ぼくは、メタルを殲滅するためにここに来たのだから。


 体中が疲労で気怠かったが、ペンキだらけのまま眠ってしまうわけにはいかない。

 そのままシャワーを浴びて、ふと思い出す。


「そういえば温泉を利用した大浴場があるんだっけか。……ま、今日はもういいか」


 身体を拭いてスウェットに着替え、湿気を抜くために窓を開けた。

 空には大きな月と、満天の星空が広がっている。ネオンの消えた都市の空は、不思議と以前よりも明るく感じられた。


 九年前の東京からは考えられない、排気ガスの混ざらない清涼感のある風が室内に流れ込む。

 ここから見える景色は、人の気配が消えた廃墟の都市だけだ。


 アスファルトを割って生えた植物、ツタに巻き付かれたオブジェ、街路樹は天を覆うほどに成長し、大空を舞う鳥たちはもちろん、大地を駆ける野生動物も多く存在する。かつては薄汚れて緑がかっていた河川は透き通る清流へと変化し、様々な生態系を生み出している。


 それらすべてはメタルの撒き散らす“何か”が、人間にしか機能しないことに起因する。おそらくはウィルスに似たナノテクノロジーなのだろうと、科学者たちは言うけれど。


 現在の東京は、九年前のメタルの来襲によって恐怖に取り憑かれた人類が、大慌てで造った巨大な壁で封じられている。もっとも、そんなものメタルにとっては薄い紙のようなものだ。壁の外にいる人類の、根拠のない安心材料にしかならない。

 メタルの使うミサイル三発程度は耐えることができるかもしれないけれど、現状ではそれも、早見先生の言った“生死をわける一秒”と同じく虚しい誤差だ。


 メタルは人類のすべてを破壊する。ぼくはそんなメタルどもを破壊するためにやってきた。

 窓を閉じて、ベッドに身を投げ出す。

 閉ざされた都市、東京。


 ――ぼくらは、ここで出逢った。

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