第13話 装甲人型兵器

 誰かが感嘆の息をもらした。あるいはこの場の全員か。


 ぼくらの目の前にあるものは、生まれたての鋼鉄の巨人。全高七メートル、まだその心臓部に熱を入れられることなく、静かに壁面に並べられ、様々なチューブやコードで繋がれている。色は一片の曇りもない白、装備は何もない。


 ――装甲人型兵器ランド・グライド


「現時点では見た目はもちろん、すべての機体性能は横並びだ。君達の超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドと接続して初めて、個性というものが生まれる」


 早見先生が後ろ手を組んで靴音を格納庫に響かせた。その間も、ぼくらは呆けたように口を開けて装甲人型兵器ランド・グライドを見上げているだけだ。


「一概には言えんが、システムに生体認証を行う際、気性の荒いものにはスピードとパワーを、慎重を期すものには精密さを、近接戦を主に行う前衛思考のものには関節部の可動域を、遠距離戦を好む後衛タイプには装備積載量、複数火器使用、射撃管制装置ロックオン・システムを重視したオペレーティングシステムが割り当てられる」


 機体がぼくらの超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドからそれぞれの性向を判断して、最適なシステムを使用するようになるってことか。まさに脳と肉体の関係だ。


「だがこれはあくまでもソフトウェア的なもので、機体の限界性能を超えるものではない。それ以上の性能を望むのであれば、メタルを倒して戦果を上げろ。入った報奨金で新たなパーツを買うといい。科学が進歩し続ける限り、機体性能に限界はない」


 無意識に首筋の超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドを撫でる。これはリサの姉と、その相棒である士郎なる人物が九年前にぼくを救ってくれたという証だ。これのおかげで、ぼくはふたりに対する感謝を忘れずに生きてこられた。

 誇りに思う。


「生体認証は明日の授業で執り行う。今日は君達の機体に名称をつけるのと、一目でどれが誰の機体かわかるよう、それぞれにカラーリングをしてもらう。ま、美術の授業といったところだ。ロゴや家紋、好きなキャラクターや人物像を描き込もうが自由だ。何時間でも費やして、納得いくまで楽しんでやれ」


 早見先生が靴を鳴らして歩き、ぼくらの後方を指さした。


「ペンキはそこに用意した。耐火性能や衝撃に優れるペイントだから、全員必ず施すように。おそらくいないとは思うが、ホワイトの機体を欲するものでも白のペイントを施すことだ」


 マサトが手を挙げて尋ねた。


「先生、どうして白はマズいんです?」

「いい質問だ、多岐。白や黒、それに原色系のものは市街地では目立ちすぎる。推奨されるカラーは、ビル群に紛れるグレーだ」


 さっきの吊り目の女子、中条が再び手を挙げた。


「迷彩色はどうなんですか?」

「悪くはない。だが、人が消えて九年、緑地が増えたといっても東京は東京。まだまだグリーンも実戦的とは言えない。だが、メタルは視覚だけを頼りに我々を狙うわけではない。熱源、音、震動。ゆえに、せいぜいが飛んでくる誘導弾の発射が一秒遅れる程度のメリットだと考えろ」


 どよめきが起こった。


「もっとも、その一秒でミサイルの挙動を狂わせる電波欺瞞紙チャフをまくなり距離を取るなりは可能だ。わかるか? 生死をわける一秒だ」


 士郎と彼の機体キャスケットは完全な暗黒色、黒だ。夜ならばその性能も発揮されるかもしれないが、ぼくを救ってくれたときは真昼だった。

 にもかかわらず、キャスケットは追尾してくるミサイルを狂わせ、機関砲を華麗に躱し、全長一六〇メートルものドレッドノート級のメタルを、全高七メートルしかない装甲人型兵器ランド・グライド単騎で撃破した。

 だからぼくは、最初から自分の機体色をすでに決めていたんだ。


「では、始めろ。今日はこれだけだ。終わったものから寮に帰って休め」


 クラスメイトたちが一斉に散って、ペンキの缶を運びはじめる。手の早い男子は早速女子のペンキ缶を運んであげたりして、キッカケ作りに励んでいる。

 自然とこの場に取り残されたのは、クラスで浮いてしまったぼくとマサト、それにリサだけとなってしまった。と、早見先生もか。


「どーした、イツキ。おれたちも行こうぜ」

「あ、うん。リサ、行こう?」

「…………」


 返事はなかったが、リサはわずかにうなずいてくれた。

 けれど、リサがセーラー服のスカートを揺らして歩きだそうとした瞬間、彼女の右の膝がまたしても力を失ったかのように、カクっと折れた。

 あわてて手を伸ばそうとしたぼくよりも早く、早見先生が片手でリサの小さな身体を支えた。

 優しそうな瞳で静かに囁く。


「大丈夫か、アバカロフ?」

「……まだ馴染んでいない……」


 リサがぼんやりとした表情で、早見先生の顔を見上げた。長い新雪の髪が、さらさらと背中に流れる。

 表情のない赤い瞳と、穏やかな黒い瞳が見つめ合う。まるで旧知の仲のように、ふたりの間には何かがあるような、そんな雰囲気だ。

 胸がわずかに焦れた。そんな自分が少しイヤだ。

 数瞬の後、早見先生はリサの体勢を元通りに押し上げた。


「言い忘れていた。リサ・アバカロフ。君の機体だけは、すでにカラーリングを済ませてある」

「わたしの機体……ベルベット……?」


 ベルベット……どこかで聞いた名前だ……。どこだ……?

 マサトがぽかんと口を開けて、早見先生とリサの会話を見守っている。情報通を自称するこいつでも、今のふたりの会話はわからないらしい。

 そう、だってあれじゃあまるで、リサだけが最初から自分の機体を所有していたみたいじゃないか。


 ……ベルベット……そうか、思い出した!

 九年前、ぼくを救ってくれたリサの姉は士郎との通話で、確かにベルベットという言葉を使っていた。ベルベットの駆動系を破壊された、と。

 それはつまり、彼女はいなくなったけれどベルベットと呼ばれる彼女の機体は無事で、リサはそれに乗ることになっているということだ。

 早見先生がうなずき、言葉を継いだ。


「そうだ。装甲人型兵器ランド・グライドベルベットだ。だから君は今日の授業に出なくてもかまわん。体調不良ならば、先に女子寮に戻って休んでいろ」

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