第11話 その教師
二十代後半から三十代前半といったところか。
小綺麗に整えられた髪に穏やかな瞳。入学式当日にもかかわらず、他の教師連中とは違ってカジュアルな長袖シャツにジャケットを羽織り、下半身には細身のスラックスを穿いている。
スマートでありながらも、服の上からでも鍛え上げられた無駄のない肉体がわかる。
「全員、席に着け」
青年は長い足で革靴を打ち鳴らし、教壇へとつく。
とたんに教室内のざわめきが遠のき、女子生徒たちが熱い視線をその教師に注いだ。
長い前髪からわずかに覗く瞳は青みがかった黒。優男のように見えて、どこか精悍な眼差しに、雑多な雰囲気が一瞬にして清涼なものへと変化した。
「今年、特殊の担任となった早見だ。よろしく頼む」
意識的にか、厳しい表情を崩して早見先生が教壇から軽い会釈をした。教室内の空気がまた入れ替わった。
奇妙な言い方だけど、一瞬にして支配される感覚だ。
「多岐将人と申します! 前衛、中衛、後衛、支援、ポジションはどれでも可能です! よろしくお願いします!」
そう大声で返したのは、意外にも挨拶などとは最も縁遠いと思われていたマサトだ。さっきまでだらしなく机の上に座っていたのに、いつの間にかもう椅子に着席している。
「多岐? ほう、君が多岐か。なぜ特進に合格しておきながら、卒業までの死亡率が最も高い特殊に来た?」
驚いた。マサトのやつ、普通科合格じゃなかったのか。そういえば、なんか理由があって
表情を引き締めたマサトが、朗々とした声でこたえた。
「早見先生の元で
そんなにすごいのか、この早見って教師は。けれど、ぼくの中での
現在より遙かに劣る九年前の技術で、それもたった一機でドレッドノート級のメタルを圧倒したあの機体と、士郎と呼ばれていたパイロット。いつか礼を言いたいと思いながらも、戦線から離れられない彼と会うことは終ぞ叶わなかった。
士郎はマスコミにも顔を見せず、今もこの東京で戦い続けていると聞く。
ぼくは聞きたい。どうしたら、あなたのようになれるのかと。
「それは買いかぶりだ、多岐。だが、君達の生存のため、私の持つノウハウは残らず教えることを誓う。私は、このクラスの誰も死なせたくはない。もっとも、そのようなことはおそらく不可能ではあるがね。それでも最大限の努力はさせてもらう」
そういって早見先生は教室中を見回し、一点でその視線を止めた。
ぼく……ではない。ぼくの左隣。リサだ。
横目でリサを盗み見ると、リサはやはり何の感情も浮かべぬままに早見先生を見ていた。
ぼくが早見先生に視線を戻したときには、もう先生の視線はリサにはない。
見つめ合っていたように思えたのは、気のせいだろうか。
「では、自己紹介からお願いしようか。自分の名と得意なポジションを言え。その後はチーム分けだ。バランスよく
ああ、そりゃもう決定だな。
そんなことを考えてしまった。だってリサと組みたいなんてやつは、ぼくとマサトを除いて誰もいないだろうから。ぼくだってさっきクラスメイト全員に怒鳴ってしまったし、マサトも堂々と敵対宣言をしてしまった。
右隣に視線をやると、マサトがこっちを向いて苦笑いを浮かべていた。
「ま、なんだ。成り行きってやつだな。簡単にくたばるんじゃねーぞ、イツキ」
「そのつもりだよ」
こちらとしても、こいつとは組むつもりはなかったんだけど、仕方がない。きっとマサトもそう思っている。それがおかしくて、ぼくらは同時に破顔した。
嫌われ者の三人組。組む理由はそれで十分。
ちなみに
ぼくらには分析支援がいない。それだけの話だ。マサトには悪いけれど、生存率はかなり下がると思う。でも、そんなの別にかまわない。
九年前のあの日以来、ぼくの中から恐怖という感情は消えてしまっていたのだから。
首都大戦の恐怖は、何にも増して大きすぎたんだ。あの頃、小さな身体で廃都と化した東京を彷徨った七日間に比べれば、
早見先生が出席簿を見ながら呟く。
「多岐の自己紹介はもう必要ないな」
「恐縮です」
マサトが満足げに、早見先生の言葉に返事をした。
よほど早見先生を尊敬しているのだろう。チンピラみたいなナリをして、規律正しく頭を下げている。
まわってきた自己紹介のため、ぼくは立ち上がる。
「高桜一樹です。射撃には自信がないので、近接を希望します。よろしくお願いします」
淡々と応えて頭を下げる。
それまで黙って聞いていただけだった早見先生が、ほうっと呟いた。
「高桜一樹。なるほど、君が首都大戦最後の生存者のひとりか。いやはや、これはまた感慨深い」
イヤになる。他人はぼくを、その肩書きでしか見ない。
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