第10話 諍いと孤立

 前の席の女子が振り返って話しかけても、リサは上の空だった。

 かと思えば、まるっきり別の方向を見ながら唇を動かしている。どうやらちゃんと応えているらしいが、ひどくテンポがずれている。

 彼女に話しかけた前の席の女子は、からかわれたとでも思ったのか、リサを横目でチラチラ見ながら渋い表情で別の女子に話しかけはじめた。


 そしてふたり一緒にリサを見てクスクスと笑う。自分の髪と瞳を指さして、バカにしたように。

 それでもリサは取り繕おうともせず、上の空。


 凄腕のパイロットなのに何もないところで転び、話し方というか考え方は堅く、表情はほとんど表さない。

 彼女をただ眺めていたはずのぼくは、気がつけば自らの席を立ち、リサの腕をつかんでいた。


「……?」


 やはり無表情に、ボンヤリとぼくを見上げるリサ。


「こっちにおいでよ、リサ。隣の席が空いてるんだ」

「え……?」


 戸惑うリサを右手でムリヤリ立ち上がらせて、左手で彼女の鞄を持つ。


「イツキ……?」


 そのままぼくの席の右隣に陣取ったマサトの横を通り過ぎて、まだ空いていた左隣の席にリサの鞄を置いた。


「イツキ、この席は入口から遠い。非合理的」

「でも窓際だ。それに、ぼくからは近い」


 リサがなぜか目を見開いて、首を傾げた。


「それは、合理的?」


 クラス中がぼくらの様子を――いや、リサを見てクスクスと笑っていた。「あの子は頭が足りない、姿や仕草もちょっと……」そんな声すら聞こえる。

 確かにリサとの会話は妙だ。まるで感情など感じられず、損得のみでしか言葉を発していないように思える。

 だけど彼女の姉の死を知ったとき、さっきグラウンドで見せた彼女の表情は、そんなじゃなかった。


 だから――。

 ぼくは手近にあった無人の机に、おもいっきり拳を叩き付けていた。とたんに静まりかえる教室。


「笑うなよっ!!」


 彼女を笑う全員を睨み付けて怒鳴りつける。

 最初にリサの容姿を笑った女子ふたりが、あわててぼくから視線を逸らしてうつむくのが見えた。

 それでもまだクスクスと笑い声が聞こえている。


 物珍しげな瞳で見られる苦痛は、首都大戦での最後の生き残りとなった自分が一番よくわかっている。心ないやつに「家族や友人を皆殺しにされたのに、よくヘラヘラ笑えるな」などと言われたこともある。

 だけど、そんなことで道を踏み外したりはしなかった。


 それはリサの姉が、ぼくの命だけではなく心まで救ってくれたからだ! 彼女と士郎と一緒にメタルに復讐するために、ぼくはこの地に戻ってきたんだ!


「リサを笑うなッ!!」


 教室が完全に静まりかえった。

 リサはなんの感情を示さず、新たな席に腰をストンと下ろす。そのまま不思議そうな瞳で、ぼくを見上げてきた。

 急に照れくさくなって、ぼくは視線をそらした。面影なんてもんじゃない。九年前のあの人そのもの。完全に生き写しだ。

 リサを笑った女の隣にいた男子生徒が、半笑いでぼくを茶化すように言った。


「おいおい、悪かったって。そんなマジになんなよ。くだらねえ冗談を真に受けてクラス全員を敵にする気か? こいつらだって本気で笑ったわけじゃねえって。悪気はなかったんだ。ほら、ここじゃ、みんなで協力しねえと三年間生き残れねえだろ? ケンカはやめようぜ。チームワークは大切だ。――なあ、みんなっ? そうだろっ?」


 演説でもするかのように、男子生徒は立ち上がって教室中を見回した。


 チームワークは大切? そう言えばクラスのやつらは誰も反論しないだろうさ! この卑怯者め!


 拳を固めて歩きだそうとした瞬間、机に腰を下ろしたまま様子を見守っていたマサトが、ぼくとリサの肩を同時に強く抱いた。


「どっちかっつーと、おれもこっちだわ。どーせ三年もたずにくたばる特殊一同様なんかと、最初はなっから馴れ合う気はサラッサラねーし。それに協力だって? 特殊クラスお山リーダー大将気取ってるボス猿と? ハッ、笑わせんなよ、オチコボレ。足手まといはいらねーよ」


 何人かの男子生徒がマサトを睨み付けて立ち上がる。


「――あぁ!?」


 マサトがアメリカ人のように両腕を広げて、わざとらしく肩をすくめた。


「お~いおい、熱くなんなよ? ただの冗談じゃねーか。チームワークは大切なんだろ?」

「黙れよ! 誰がオチコボレだってッ!? もう一回言ってみろッ!!」


 顔を真っ赤に染めた男子生徒が、椅子を蹴って凄む。一方のマサトは飄々とした表情のままに――。


「もう一回? おまえ、耳が悪ィのか頭が悪ィのか、どっちだ? もう一度言えば理解できるのか? それとも説明が必要か? わかりやすく言ってやる」


 マサトが大きく息を吸って、突然ぼくとリサの耳元で大声を張り上げた。


「ひとりだけ仲間ハズレ作ってヘラヘラ笑ってるよーなクラスは、三年どころか一年ともたずに全滅するって言ってんだよッ、このマヌケどもッ!! 現状を正確に把握しろッ!! ここは最前線地区の戦場だッ!! だが、少なくともおれは、てめーらに背中を預ける気にはなれねーし、預かってやりたくもないねッ! いつ、そのひとりにされるかもしんねえからなッ!! そんな疑心暗鬼を抱えた状態のクラスで、誰が生き残れるよッ!?」


 とたんに教室内が殺気立つ。しかしそんなことにはお構いなしに、マサトが眉根を寄せて男子生徒を指さし、吐き捨てた。


「おまえみたいなやつがチームワークなんて綺麗事語んなよ。少なくともおれは、おまえの背中は守らねえ。せいぜい気をつけな、大将」

「てめ――」


 男子生徒が顔を真っ赤にしてマサトに歩み寄ろうとした、まさにその瞬間だった。


「いい加減にしろ。校則のゆるい学校とはいえ、目に余るようなら担任の権限で罰則を与えるぞ」


 いつに間にそこにいたのか、開けっ放しだった教室の前のドアにはひとりの青年が立っていた。

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