第7話 再会?

 ぼくはあわてて取り繕う。


「あ、な、何でもない。……続きを聞かせてよ」

「おう。射撃の腕は並外れて抜群なんだけどよ、なぜかあの娘の順番でシミュレータがバグっちまったんだよ。装甲人型兵器ランド・グライドが動かなくて、最後の一機だった仮想メタルと相打ちで撃墜されて終わりだったとさ」


 九年前のあれ以来、ぼくは彼女に会うことができなかった。軍関連の看護師に尋ねても「そのような人物に心当たりはない」と言われるだけで。本当に存在していたのかさえ疑わしいほどに彼女の痕跡は残っちゃいなかった。

 どこにもだ。言うなればそれは、不自然なほどに。


 視線に気がついたかのように赤い瞳がぼくのほうへ向けられ、数秒後には何事もなかったかのように前方へと戻された。

 すべての音が遠のいていた。胸が高鳴る。どうしても気になってしまう。

 心臓が痛いほどに跳ねて、顔が熱くなった。


「おい、聞いてんのかよ。ホントに大丈夫か?」


 ぼくは誤魔化すため、あわててマサトに視線を戻した。


「あ、ああ、大丈夫。で、なんでぼくにそんなことを教えてくれるんだ? 何の得もないはずだろ? それとも何かあるのか?」

「情報はいつだってギブアンドテイク。おれが知りたいのは、おまえのことだ。高桜一樹」


 突然の展開について行けず、ぼくは顔をしかめた。


「……は?」

「おまえ、何者だ? 入試じゃ射撃は並以下、近接だってせいぜい並ってところだ」


 うぐ……。何も言い返せない。


「で、でっかいお世話だっつーの」

「けど、おれの見たとこ、そいつは演技だ」


 ぼくは真顔になった。

 こいつが何を言っているのか真剣にわからない。

 マサトが得意気に人差し指を立てて、両目を閉じた。


「なぜなら、イツキ。新入生の中でおまえの超伝導量子干渉素子インプラント・スクイド製造番号シリアルナンバーだけが、まるで歴戦の英雄なみに古すぎんだよ」


 マサトがぼくの首筋にある、一枚の鱗のような金属片を指先でこつんと叩いた。

 こいつの役割はメタルの汚染を食い止めるためだけじゃない。装甲人型兵器ランド・グライドの操縦にも必須なんだ。だから帝高生の全員が、埋め込み手術を終えている。


「正直に言ってくれ。おまえ、装甲人型兵器ランド・グライドに乗った経験があるんじゃねーか? 入試じゃ何か理由があって、わざと手ぇ抜いてたんだろ?」


 そういうことか。

 ぼくは首筋に手を当てて、肩をすくめた。


「期待を裏切って悪いけど、試験はあれが精一杯だった。ぼくはただの生き残りなんだよ。九年前の大戦のね。そのときに一度肉体をメタルに汚染されたから、みんなより九年早く埋め込み手術をしただけだ」


 マサトがあからさまに肩を落とした。


「ああ、マジかよ!? 首都大戦最後の生き残りのガキって、ひとりはおまえだったのかよ!」


 ひとりは――?


「ぼくの他にもいたの? 大戦で七日間生き延びたやつ。聞いたことないけど」

「ん? ああ、公式にゃ発表されてねーけどな。もうひとり、おれらと同い年の少年がいたらしいんだが、どうやら汚染を抑え込むことができずにくたばっちまったって噂だ。だから未発表なんじゃねーか? ……ってのが無責任なネットでの定説だ」

「そっか。手術が間に合わなかったのかな……」


 無意識に首筋の金属片を撫でる。

 いっそ、その方が幸せかもしれない。


「てかよぉ~……、おれはおまえのシリアルを見て、てっきり戦闘経験者だとばかり思ってたのに、すっかり予定が狂っちまったぜ。てめぇにゃガッカリだ。チームの質が在学中の生存率を左右するってのによぉ……」


 勝手に期待して失望して、忙しいやつだ。

 けど、すぐに思い直したように笑みを浮かべて、マサトは右手を差し出してきた。


「ま、いっか。どーせ知り合いなんざいねーんだ。おまえとチームを組むことはねーだろーけど、よろしくな。イツキ」

「ああ、こちらこそ。マサト」


 情報通の友人は持っておくに限る。それも生存率を左右する重要な要因だ。

 笑顔の皮肉で右手を握り返した瞬間、ハウリングを伴って校長の声が響いた。


『そこのふたりっ、さっきからうるさいぞっ!!』


 おおう、見つかった……。

 ふたりしてあわてて直立不動の姿勢を取り、視線をそらす。周囲から冷たい視線が注がれる。


『話は以上だ。クラス分けは中庭に張り出されている。各自で確認の上、所定のクラスへ移動しろ。では、解散』


 解散の号令が出た瞬間、ぼくはマサトの呼びかけを無視して歩き出した。

 意図的に無視をしたわけじゃない。それよりも、どうしても先に確かめたいことがあったんだ。


「ごめん、ちょっと通して」


 肩が当たって不快そうな顔をした新入生に片手で謝り、新雪のような色の髪をした少女へと向かう。暗い顔をした少年を避けて、おしゃべりをしながら歩いていた女子ふたりの隙間を通り、自然と早足になって。

 流れに逆らって小走りとなったぼくを、みんなが奇妙な視線で追いかけるのがわかった。だけど、それでも。


「待って」


 ああ、ダメだ。新雪の髪をした少女は振り向かない。あたりまえだ。ぼくは彼女の名前を知らない。誰に声をかけたのかだってわかるはずもない。

 走って、肩に手を置かないと。


「ちょっと待っ――」


 手を持ち上げた瞬間、下ろすよりも早く彼女は長い髪を揺らして振り返った。確信を得たかのような瞳で、あの頃と同じく赤い瞳をぼくに向けて。


 なぜ、振り返った? 彼女が九年前の少女だったとしても、ぼくの姿はもうあの頃のような子供のものじゃない。声だって変わってしまった。なのに彼女は振り返った。

 感情の抜け落ちた面持ちで。


 あなたは、誰だ……?


 わずか一メートルにも満たない距離。赤い瞳の瞳孔が開かれ、ぼくの心臓はわしづかみにされた。

 言葉が出ない。


「……」


 息が詰まる。伸ばした手も、追いかけてきた足も、声までもが完全に止まってしまった。人の流れがぼくらを次々と追い抜いてゆく。

 ぼくはゆっくりと伸ばした手を下ろした。

 あまりにも似すぎている。

 やがて白の少女は、微かに唇を開く。


「……なに?」


 それは、とても静かな声だった。

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