第6話 時間をこえて

 多岐マサトがわざとらしく肩をすくめた。


「おまえ、見た目によらずグイグイ言ってくるな」

「施設育ちだから大雑把なんだ。そんなことより有益な情報って? 教えてくれるんだろ?」

「ああ。ほら、あいつわかるか? あの肩まである紫がかった髪してるやつ」


 マサトの指さす方向に、ぼくは視線を向けた。そいつはすぐに見つかった。

 ただひとり、その列にあって校長を見ず、しかめっ面で空を見上げている長身の少年がいる。もう春だというのに、未だに長いマフラーを巻いて。


「あの眼鏡の紫頭がどうかしたのか?」

「名前は藤堂正宗。今期の入試実技でトップを取ったやつだが、実戦では絶対にあいつには近づくなよ。ましてやチーム入りなんて論外だ」

「なんで? 実技試験でトップだったってことは操縦うまいんだろ? むしろチームを組む最有力候補じゃないの」


 マサトがあからさまに顔を歪めた。


「あの紫頭はな、試験官からはバレねえように、巧みに味方を盾にして模擬試験を突破しやがったクソヤロウだ。確かに腕はいいが、実戦じゃ組みたかねえ。背中を預ける気にはなれねえからな」

「……さんきゅ。おぼえとくよ」


 なるほど。それが事実であれば、おぼえておいた方が良さそうだ。こういった情報は、ただでさえ壊滅的なこの学校の卒業生存率に大きな影響を及ぼす。


『貴様らは、人類が苦汁を舐めた九年前のあの戦争をおぼえているか?』


 入学試験。帝都防衛高校において、ほとんどの科目に意味はない。あるのはただ一つ、装甲人型兵器ランド・グライド実技模擬試験シミュレートのみ。


『数多の英雄が散っていったあの戦いを、決して忘れるな!』


 なぜ装甲人型兵器ランド・グライドが自衛隊にではなく、学校に配備されるようになったかの理由は、ぼくらの首筋で光る一枚の鱗のような金属、超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドという技術に起因する。

 メタルの汚染を防ぐというこの技術は、実のところ装甲人型兵器ランド・グライドの操縦にも必須らしい。


 そこらへんのことをぼくはまだ詳しく知らないけれど、少なくともこの技術が人体の脳に直結して脳波を外部に送るための、新たな臓器であるということだけは知っている。


『彼らの尊い犠牲のおかげで、我々はこうしてここに存在する!』


 つまりぼくらは、本来自分の肉体になかったはずのものを人工的に埋め込まれたという形になる。肉体や脳がこれに拒絶反応を示すのは、至極当然のことだ。

 けれどある程度の耐性が付き、それでいてまだ肉体の完成前である十代の中盤頃に埋め込めば、拒絶反応は滅多に起こらない。だからここは学校であり、ぼくらは学生なのだ。


 首都大戦最後の生き残りだったぼくの埋め込みは、みんなよりかなり早かったけれど。幸い、目に見える副作用などは起こっていない、と思う。


「それと、気になるやつって言えば、もうひとりいるぜ」

『そして、彼ら英霊と肩を並べて戦うことを誇りに思え!』


 続いて逆方向を指さすマサト。


「あそこの女子だ。目立つ容貌をしてる小っちぇえのがいるだろ。髪の白いやつ。おれの見たところ、あの娘の射撃の腕は、藤堂を遙かに凌駕してる」


 思いの外、有意義な情報をくれたマサトが指さす方向に視線をやった瞬間、ぼくは目を見開いた。心臓が奇妙な形で跳ね上がる。


 時間が、止まった。いや、止まっていた時間が動き出した。


「そ……んな……!」

『ようこそ、帝都防衛高校へ。貴様らの勇気ある入学を、我々は歓迎しよう』


 そこには、あの白髪赤眼の少女がいた。九年前、あの戦いでぼくを救ってくれた頃の姿そのままに。

 春の風が桜の花びらを乗せて、優しく流れてゆく。


「あの女子は近接戦はからっきしだが、どんな距離にいようと射撃の腕は――」


 ばかな! もう九年も前の話だぞ!? 新入生の中になんているもんか!

 長く白い髪を春風に揺らし、あの頃と同じセーラー服を一寸の狂いもなく着こなし、陽光に輝く赤い瞳は、何の感情も示さずに。


 信じられない精度で狙撃銃アサルトライフルを撃ちながら巨大メタルを足止めし、小さなぼくを抱いて逃げてくれた、白い女の人。


「おい、イツキ? どうした?」


 肩を叩かれて我に返り、振り向く。

 落ち着け。いるわけがない。似ているけど別人だ。でも。

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