第二章 Hello World
第5話 馴れ馴れしい同級生
帝都防衛高校、入学式。
九年前まで住んでいた都市に、無限の荒れ地広がる空虚な廃都に、ぼくは戻ってきた。
日本で最も危険とされる最前線。北端と南東、南西に位置する3つの学校敷地内以外には棲まう者なきゴーストタウン。分厚く巨大な壁に囲われた都市東京。
ここにかつての営みはない。
『貴様らにはこれから三年間、
先ほど壇上で学園長を名乗った若い女性が、生気に満ちあふれた鋭い目つきでグラウンドに並ぶ、ぼくら新入生を見回した。
マイクに唇を近づけて、女性校長は言葉を続けた。
『この地、東京が人類の最終防衛ラインであることを自覚しろ』
一方の新入生たちは対照的に、皆一様に重苦しく不安げな表情で押し黙っている。やむを得ない。ぼくらは学生というより、戦場に赴く兵士なのだから。
春の日差しは柔らかく、廃墟に取って付けたかのようにグラウンドの周回に植えられた桜が、ひらひらとピンク色の花びらを散らしていた。
清涼な、良い風だ。
かつてここに住んでいた頃は、排気ガスでもっと濁った風が流れていた。
胸一杯に暖かな風を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。とても心地良い。
ようやくここまで来た。
あのときの白い女の人や、黒の機体の士郎と一緒に戦うために。すべてを奪っていったメタルを根絶やしにするために、ぼくは戻ってきた。
他の新入生たちがこの最前線東京をどう考えているかは知らない。だけど、ぼくにとっては望んだ地だ。
『貴様らは命にかえても、東京の外にメタルを出してはならない』
新入生はおよそ一〇〇名。そのうち半数が女子。装甲人型兵器(ランド・グライド)を操縦するのに適した性別はない。あれは車のように手足で動かすものではないからだ。
軍隊式の退屈な演説に場違いな大あくびをした瞬間、ぼくの脇腹に何かが触れた。
「わっ……と……」
思わず飛び退きそうになって、あわてて口を閉ざす。数名の新入生がぼくの方を振り向いたけれど、幸い教師連中は気づかなかったようだ。
『九年前の首都大戦の惨劇は、決して繰り返してはならない』
隣を見ると、何だかニヤケたツラの少年がこっちを見ていた。他の新入生と比べ、死地にあっても悲壮感というものがまるで漂っていない。
「よっ」
「……やあ」
第一印象はチャラい。初日の入学式だというのに制服のシャツの胸元を大きくはだけさせて銀色のロザリオを吊るし、やや長めの明るい髪を片手で額から掻き上げて、人懐っこい笑みを浮かべていた。
「多岐将人だ。マサトでいいぜ。おまえは?」
自分をちょいちょいと指さして、次にぼくを指さした。釣られてぼくは自分を指さし、名前を呟く。
「高桜一樹」
『メタルは日々、自己進化を重ねる強敵だ。しかしながら我々は、多大なる犠牲を払いながらも、この九年間、やつらの侵攻を食い止めてきた。人類は決して負けてなどいない』
多岐将人は隣の列からヒョイっとぼくの後ろに移動して、並んでいた後ろのやつを背中で押した。
「ワリィワリィ、ちょっと入れてくれよ」
なんだ、こいつ。
この列は適当なものだ。そもそもがクラス順に並べだとか、出席番号順だとか、その他諸々のありとあらゆる列を作る要素というものを、ぼくらはまだ教えられていない。だから誰も文句は言わないだろうけれど。
そもそもぼくらは、「並べ」とさえ言われていない。ただ誰からともなく整列をしていただけだ。最前線地区となった東京とそれ以外の地域では、世間に蔓延る暗黙のルールにさえ、これほどの差がある。
そしてそれこそが、この学校の特徴。決められた制服以外の校風は、すべて自由。一般科目であるならば、授業にだって出なくてもいい。たったの一行で済む校則といえば。
『メタルの排除に、命を捧げろ!』
これだ。ぼくらは戦うためだけに、ここへ来た。その他は授業も含めてすべて、学校という体を成すための建前に過ぎない。ぼくらは学生である前に、兵士だ。
「なぁイツキ、知ってるか?」
もう呼び捨てか。馴れ馴れしいな。
『高校の三年間を生き残ればこの国の英雄として、貴様らには十億の報奨金が支払われる。その後の人生は自由に生きて構わん』
「何をだよ? 多岐くん」
距離を取るために、わざと敬称を付ける。
「敬称なんてつけるなよ、水くせえな。同い年だ。気楽に行こうぜ」
ぼくはあからさまに顔をしかめて見せた。
「うははっ、そんな迷惑そうな顔すんなって。こっちは、おまえさんに有益な情報をあげようと思ってんだ。ここで三年間生き残るためにゃ不可欠なやつをさ」
『しかしこの学校を卒業するまでは、戦地より逃げ出すことは許さん!』
「迷惑かそうじゃないかはぼくが決めるよ、多岐」
「マサトでいいって。おれだけおまえを名前で呼ぶのは、一方通行の愛情みたいで寂しいだろうが」
「……最初に言っとくけど、ぼくにそっちのケはないからな」
「安心しろ。おれにだってねーから。おれぁボインボインのネエちゃんがタイプだ。たとえば、そうだな~。ああいうのも悪くねえよな。ちょっとキツいけど」
『
マサトが顎で、壇上の学園長を指した。
おそらく二十代後半といったところか。赤を基調としたスーツに長い黒髪、意志の強さが見て取れる顔立ちの、紛う事なき美人だ。素晴らしいプロポーションをしている。
『勇気あるものには大いなる富と永遠の名誉を約束しよう。だが、臆病者には等しく死が襲い掛かるだろう』
が、直後に彼女から吐かれた苛烈な言葉に、ぼくらは思わず苦笑いで顔を見合わせた。
「あ~……やっぱさっきのナシにしとくわ。ありゃ性格的に範囲外だ」
「ぼくもだ。そんなことより早く話を進めろよ。見つかったら面倒だ。初日から立たされんのなんてヤだからな」
ぼくは口もとの笑みを消しきれないまま、マサトを睨む。
どうにも憎めないやつだ。
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