第3話 黒の機影
唖然とした瞳の少年に、少女が得意気に微笑みながら告げた。
「ロボットって言い方は格好悪いなあ。あれはね、
そのとき少年の瞳は、この日初めて、憎しみ以外の色を映し出していた。
「――
衰弱し、灰色に濁っていた彼の瞳は――。
「らんど……ぐらいど……。キャスケット……。……人が……のっているの……?」
――陽光すら呑み込む暗黒色の機体を視線で追った。
敵機ドレッドノート級のアームを叩き斬り、キャスケットが大剣を深く突き立てる。巨大な金属音がして、ドレッドノート級の数十メートルはあろうかという装甲の一部が、割れたアスファルトへと剥がれ落ちた。
大地が激しく震動する。
「もちろん。あたしの相棒よ。士郎とキャスケットはね、この首都大戦を今日まで生き抜いた、たった三機のうちの一機なんだから。あ~んなポンコツ、朝飯前のコンコンチキよ」
ピピ――。
ドレッドノート級の亀のような背中から、いくつものミサイルが射出された。
キャスケットが背中のバーニアを噴かして距離を取る。しかしミサイルは直線上を進まず、暗黒色のキャスケットを追う。
「あぶない!」
「大丈夫。絶対に当たらない」
キャスケットが弧を描くラインを取りながら大地を滑走し、肩の収納庫からキラキラと輝く銀色の
「言ったでしょ。士郎とキャスケットが、あんなポンコツに後れを取るはずがないのよ」
遅れて行き場を見失ったミサイルが、次々と都市に着弾した。少年は轟音と震動に首をすくめた。
「あつ……っ」
けれども少女は熱風が顔を叩いても、髪やスカートを跳ね上げても、堂々とその場に立つ。キャスケットに搭乗しているパイロットは、よほど信頼の置ける腕なのだろう。
キャスケットは大地を滑走しながら左右に機体を振ってメタルの機関砲をかいくぐり、唯一の武器である大剣を銀色のボディへと叩き付ける。何度も、何度も。
ドレッドノート級の装甲が、次々と引き剥がされ、破壊されてゆく。
「すごい……。こわせるんだ……、あいつらを……」
「とーぜん。あたしの相棒なんだから、最低限あれくらいの腕がないとね」
暗黒色の機体は背中のバーニアを炎の翼のように前後左右に噴かしてメタルを翻弄し、排気ダクトから白煙を排出しながら大剣を振るう。
響く轟音。
追いすがるアームを叩き壊しながら距離を取り、降り注ぐ機関砲をかいくぐって再度接近、装甲を剥がしては鮮やかに離脱。
少年には、キャスケットが負ける姿が想像できない。
「さぁ、行こう。ここに残っていたら、士郎が敵にとどめを刺せないわ。メタルは停止する寸前に大爆発を引き起こすからね」
少女が再び走り出しても、少年は両の腕に抱かれたまま、暗黒色の機体キャスケットから視線をそらせなかった。
幼い胸が高鳴る。笑みすら浮かべて。
まるで大人と子供。いいや、それ以上に大きさが違うのに、キャスケットはメタルを圧倒している。
大剣を突き立て、ミサイルを回避し、アームを打ち返して装甲を破壊する。
なのに、どうしてだろう?
あんなにも……すごいのに……あんなにもつよいのに、どうして……。
「……わ……せ……」
崩れ残っていた建物も、アスファルトの舗装路も、生者の気配のないマンションも、ひび割れたビルも、何度も乗った遊園地の観覧車も、何もかもが崩れて壊れてゆく。
どうしてぼくには……なにものこっていないのだろう……。
喪失感と憎しみばかりが、どうしようもなく溢れ出て。
「……そいつを…………」
かつてスカイツリーと呼ばれたタワーは、すでに半分の高さもない。その下で、楽しげに歩く人たちの姿もない。下町はもう存在しない。学校やオフィスビルもほとんどが倒壊した。旧東京タワーは、傾いたまま辛うじて残ってはいるけれど。
少年は少女の胸で歪んだ笑みを浮かべたまま、黒の機影へと叫ぶ。
「そいつを……こわせッ! こわしてくれ……っ! キャスケットっ!」
都市にはもう、何もない。少年にはもう、何もない。
感情を叫んだ瞬間、幼い瞳から堰を切ったように涙がこぼれ落ちた。
このときになって初めて、少年は少女の胸につかまって泣いた。己の無力さを噛みしめて、泣いた。少女がどこをどう走っているのかさえ、少年にはもうわからなかった。
少女は深く少年を抱き、走りながら静かに囁く。
「ごめんね……」
戦いの音が遠のいても、少年の泣き声はやまなかった。
少女は優しく少年を包み込み、頬を寄せて囁く。
「ごめんね。あなたの家族を、あなたのお友だちを、あなたの街を守ってあげられなくて……本当に、ごめんね……」
――
その日少年は、絶望と同時に希望をも目にした。
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