第2話 白の少女

 少女は少年を抱えたまま疾風のように走り、セーラー服のスカートをヒラヒラと踊らせて器用に瓦礫を飛び越える。確実な足場を選び、走り、走り、走る。灰色の雲と排煙と、炎色の空の下を。


 きっかり二十秒後。大地を鳴動させながら、メタルが再び動き出す。少女が狙撃銃アサルトライフルで砕いたはずのカメラアイは、すでに修復されていた。

 徒歩での逃走で稼げた距離など、せいぜい一〇〇メートルだ。


「おってきてるよ、おねえさん!」

「おっけー」


 舌打ちをした少女が、再度、走りながら狙撃銃アサルトライフルの銃口を後方へと向けた。振り返りもせず、まるで先ほどの正確な位置を寸分違わず記憶しているかのように。


 揺れる銃口などものともせず、白の指先が引き金トリガーを絞る。

 銃声と硝煙が飛び散った。


 絶技。

 モノ知らぬ少年ですら、肌でそれを感じ取る。

 目標を振り返ることさえせずにフルオートで放たれた幾つもの銃弾は、風を切ってメタルのカメラアイへと全弾正確に襲い掛かったのだ。

 しかし。

 弾かれる。火花と、甲高い命中音だけを響かせて。


「なんで!? あたったのに壊れてない!」


 少女が真っ白な髪を振って背後を振り返り、苦々しく顔をしかめた。


「うわっ、サイアク。進化しやがった」


 修復されたカメラアイを、強化ガラスの膜が覆い隠していた。もう鉛玉は通さない。やつらはそういうだ。


「となると、もうコレ重いしいらないか」


 少女は迷わずに狙撃銃アサルトライフルを投げ捨てて、少年を両腕で抱き直して走り続ける。とてもではないが、逃げ切れるはずもない。そんなことは少年にだって理解できる。


 だから、歯がみする。

 生きたい。明日から戦うために。やつらを破壊し尽くすために。


「よっ、ほっ、っとぉ! わっ、たたたた……!」


 呑気にかけ声を上げながら瓦礫を飛び越えて、よろめきながらもセーラー服の少女は一向にあきらめる素振りを見せず、ただひたすらに走り続ける。

 けれど速度が違いすぎる。メタルは瓦礫どころかビルすら避けずに直線距離を突き進み、一方の少女は少年という重りを抱えたまま、人の足で瓦礫を乗り越えながらの逃走だ。

 少年と少女が、巨大な影に呑まれた。


「きゃあああっ!」


 迫るメタルをわずかに振り返って、少女が瓦礫から高く飛んだ。メタルのアームが、ふたりの下方で暴風を起こして通り過ぎてから、トン、と足音を響かせて着地する。


「セッ、セーフッ! し、死んだかと思ったわ!」


 ピピ――。

 カメラアイがふたりに向けられ、通り過ぎたアームが再び持ち上げられる。少年は反射的にギュっと瞳を閉じた。


 だが、少女は閉じない。それどころか走ることを止めて、堂々とその場で振り返り、薄い胸を張った。

 さらにルビーのような赤い瞳を大きく見開き、中指を天高く突き上げて笑みすら浮かべたのだ。


「ザ・ン・ネ・ンだったねぇ、このクソメタル! ――もう手遅れよッ!」


 持ち上げられたメタルのアームが、長さ二十メートルもの鋼鉄の鞭となってふたりに迫る。

 少女が少年の顔を、薄い胸にかき抱いた。けれども余裕綽々で赤の瞳を細め、迫り来るメタルのアームへと人差し指を銃口に、唇を曲げる。


「ばーんっ!」


 瞬間、耳を覆いたくなるほどの金属音が、音波となってふたりの全身を貫く!

 だが、衝撃はいつまで待ってもこなかった。

 むろん少女の指先やふざけた言語が、高威力の銃となって巨大なメタルのアームを弾き返したというわけではない。


 新たなる排煙と陽炎。周囲一帯の温度を大きく引き上げて、景色がヒドく歪んだ。


 少年の瞳が、恐る恐る見開かれてゆく。

 影に溶け込む暗黒色の機体。黒く輝く巨大な一刀の柄を両の腕でつかみ、圧倒的な威圧感でメタルの前へと立ちふさがった、ヒト型の巨大な影。

 メタルのアームを弾いたのは、あの大剣か。


 ――これこそが、人類の叡智が最後に生み出した最終兵器リーサル・ウェポン


 全長およそ七メートル。無骨な鎧武者を思わせる、黒のフォルム。だがメタルとは違い、そこに生命の持つ輝きは存在しない。

 あるのはただ、獰猛なる鋼鉄の息吹のみ。


「まったく。遅いのよ」


 少女が誰にともなく呟いた瞬間。

 まるで轟雷のようなエンジン音を響かせて、暗黒色の機体が大剣を高く持ち上げる。それに呼応するかのように、メタルがアームを鞭のように放った。

 黒色の大剣と銀のアームがぶつかり合う――!

 飛び散る火花が大地を照らし出した瞬間、鋼鉄の弾ける凄まじい轟音が音波となって少年と少女を貫いた。


 数瞬の後、破壊されたメタルのアームが、大地を上下に揺らして落ちた。

 しかしメタルは怯むことなく、その巨体から新たなアームを次々と持ち上げる。その数、二十本以上。

 しかしその光景を見てなお、少女は戯けるように肩をすくめて軽口を叩く。


「うへえ。ま~趣味の悪いこと。まるでイソギンチャクだわ」


 呑気な少女の軽口を皮切りに、暗黒色の機体が一層大きなエンジン音を轟かせた。

 バシュ、バシュ、と排気ダクトから白煙を放出しながら、自らの数十倍はあろうかというメタルのアームを叩き壊し、わずかに後退したメタルへと、己の身の丈以上の大剣を振り下ろす。

 甲高い音響が大量の火花とともに降り注ぎ、空気がビリビリと震動した。

 アームの数など、ものともせず。


「ロ、ロボット……? ロボットだ……」

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