第六話 漆黒の傭兵と伝説の秘宝
浅い夢から現実に引き戻されたような、急速な覚醒感。グランはまぶたの前に手をかざしたまま薄目を開けた。周囲は光に満ちていたが、それはさっきの青白い光とは違う、昼のように柔らかな白い光だった。
さっきまで光を放っていた床は、薄板をはめ込まれただけのただの床になっていた。
青白い光とともに浮き上がった『古き太陽』も、今は見えない。それにこの光の源は、床ではないようだ。視線を巡らすと、光に照らされた壁も床も、まるで建物が造られたばかりのようになめらかで美しい。
エレムもあっけにとられた顔つきで、周囲を見回している。部屋の形も、大きさも、さっきまでいた『星の天蓋』の広間と変わらないようだが、別の部屋に移動させられたのははっきりと判った。
半球形の天井は、今は真夏の昼空のように真っ白い。しかし屋内なのに、光源がどこにあるのかはよく判らなかった。部屋を移動させられたのもそうだが、どういう仕掛けかさっぱり判らない。
「さっきの部屋が夜なら、こっちは昼ってことか……」
床には、さっきの部屋と同じ十字の溝があり、その交差する場所には、床のくぼみにはめ込んだ月長石がそのまま納まっている。その石を挟んで、さっきの部屋にはなかった模様が床に描かれていた。
『古き太陽』が、ふたつ。
左の太陽は金で、右の太陽は白銀だった。小柄な大人が一人、横になれるかどうかというくらいの大きさだ。
グランは、光の文字の内容を改めて思い出した。
星の天蓋の下に横たわる、
「これが『黄金の玉座』……?」
最初の驚きから回復してきたのか、二つの太陽を見比べてエレムが口を開いた。
星の天蓋、顔を隠した古き太陽。言葉の順番どおりに現れるのなら、これは最後の『黄金の玉座』と考えてよさそうだ。しかし、一緒にある白銀の太陽はなんなのか。
よく見ると、二つの太陽の間には、古代文字と思われる字が彫り付けられた板がはめこまれてあった。素材は石ではなく、グランの剣の柄のそれと同じもののようだ。
「……やっぱり読めねぇや」
しばらくその文字を眺めていたグランは、すぐにあきらめて首を振った。代わりにエレムが板の正面にかがみ込み、指で文字を追いかける。追いかけながら、なぜか首をかしげた。
「単語は読めるんですが、……なんだか意図的に、使う言葉を少なくしてるみたいです。『望む者、……鍵、ふたつの扉、増える力、至る願い、……黄金の扉、ふさわしい労……』」
「もうちょっと、きちんとした文にできないか?」
「これ以上の意味の言葉がないんです。どの単語とどの単語が関わり合っているのかも、これじゃよく判らないです。ええと……『ふさわしい労、ふさわしき実り、輝ける星、ラグランジュ』……」
「増える力、ねぇ……」
「『白銀の扉、艶やかなる花、種なき果実、流れゆく星、……ラステイア』……?」
「……『ラステイア』?」
それは、この一ヶ月近く散々古代文字の解説書や文献を読みあさっていた二人も、初めて聞く言葉だった。
「なんだろう? 『ラグランジュ』に対応してる単語みたいですけど……」
言いながら、エレムはごそごそと荷物袋から、古代文字の解説書を引っ張り出した。拠点にしていた宿を出るとき、集めた本は町のレマイナ教会に寄贈してきたのだが、かさばらずに役に立ちそうなものはいくらか持ってきていたのだ。
「……やっぱり、こんな単語載ってないなぁ」
剣に現れた光の文字が指し示す『黄金の玉座』は、確かに目の前のこの太陽のことだろう。ただ、実際目の前にあるのは、金と白銀のものが一つずつ。
「……もうひとつ、どこかにあるんじゃねぇか?」
「え?」
「この太陽のどっちかが、『ラグランジュ』のためのものだとして、だ。二つあるってことは、『ラグランジュ』とは別に、同じような存在のなにかがあるんじゃないのか? で、そいつの名前が『ラステイア』」
「聞いたことないですけど……」
「性質が似てて、『ラグランジュ』と混同されて、名前が知られてないだけかも知れないな。だいたい、『ラグランジュ』がいったいなんなのかも、いまだによく判ってないんだから」
「うーん……」
なんとも言いようのない顔で頷きながらも、エレムは持っていた黒鉛筆で解説書の余白に文字を書き付け始めた。
望む者、鍵、ふたつの扉、開く者、増える力、至る願い
黄金の扉、ふさわしい労、ふさわしき実り、輝ける星、ラグランジュ
白銀の扉、艶やかなる花、種なき果実、流れゆく星、ラステイア
黄金。白銀。この部屋でこれに対応してるのは床の二つの太陽だけだから、『扉』とは床の太陽それぞれだと解釈してよさそうだった。
剣に現れた光の文字も、古き太陽は『黄金の玉座の主』を待っていると示していた。『ラグランジュ』と黄金の何かは、やはり関連づけられているのだと考えて差し支えなさそうだ。
では、この『黄金の扉』を開く鍵となると……
「どっちにしろ、この剣が鍵、ってことなのか?」
グランは、布にくるんで背中に背負ってきた、もとの剣身をおろし、布をはぎ取った。
白い鞘に収まった、錆の浮いた剣身。今は外した柄の代わりに、鍛冶屋が作ってくれた木製の柄がつけられている。
今でも、あの夜浮き上がった光の文字は、脳裏から薄れることがない。
ふたりをここまで連れてきたのは、あの日手に入れた剣であり、その剣身に浮き上がった光の文字だ。鍵と言われたら、これしか思いつかなかった。
グランの意図を悟ったらしく、エレムが真面目な顔で頷いた。
グランは白い鞘に収まったままの剣身を、白金の太陽の上に横たえた。
その直後。
青みがかった乳白色の輝きが、置かれた剣身を包み始めた。
包むというよりも、それは剣身の内側から湧き出すような光だった。動きそのものは光と言うより、粘りけのある液体に近い。
光は剣身を芯にして、なにかの形を取るようにゆっくりとふくれあがった。ガラス細工の職人が、炉に入れて熱したガラスに、筒から息を吹き込んでふくらませていくように、いびつに形を変えながら大きくなっていくのだ。
あまりのことに身動きできないでいる二人の前で、光は剣身を内側に包んだまま、ゆっくりと浮き上がり始めた。
一抱えの丸太ほどに大きくなった光の固まりが、である。
まるで見えない腕が、グランに向かって光の固まりを差し出しているかのようだった。思わず手をさしのべたグランの目の前で、それは突然強烈な金色の光を放った。
光の固まりを持ち上げていたちからが、唐突に消失したのを感じ、グランは眩しさに目を細めながらも反射的に両腕でそれを抱え込んだ。光のかたまりだったそれは、意外なほどの質量と、弾力のある柔らかさをもって、グランの腕の中に落ちてきた。
抱き留めたグランの腕の中で、それが、
「はじめまして、グランバッシュさま!」
――喋った。
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