第四話 光の文字が示すもの

 とにかく、こんなことになると、早々に西エゼラルから離れたい。

「“緋の盗賊”エルラットとその一味を捕らえた英雄二人を、ぜひほかの貴族達にも紹介したい」

 払った懸賞金分の虚栄心くらいは満足させようと、必死に引き留めるリルアンザ公を振り切り、ふたりは翌日にはさっさと館を辞していた。

 自分の宝物庫にあったものが『ラグランジュ』に関わるものだった、などとリルアンザ公に勘づかれたら厄介だ。ただで返せとは言われないだろうが、それこそ売ってくれと言われても困る。『ラグランジュ』などどうでもいいが、グランはこの柄を自分で使いたいのだ。

 西エゼラルから山道を越え、少し南西に向かえば、大陸北部を横断する『探索者の街道』とぶつかる。そこにある街は各方面への交易の要として賑わっているから、腕のいい鍛冶屋も見つかるだろうとのことだった。辿り着いてみれば、大きな街の割に治安も悪くない。

 その街で評判だという鍛冶屋に相談してみたら、新しい剣身をしつらえるのに半月はかかるという。その間二人はその街を拠点にして、刃に現れた光の文字を読み解くための資料を集めていた。



 ――このメロア大陸には、女神レマイナを筆頭とする現在の主立った神々が台頭する以前に存在した先住民による、高度な文明の痕跡が、至る所に残されている。

 大陸各地には今もほぼ完全な形で、古代人の都市遺跡が点在していて、建物自体は全く風化せず、そのまま残っている。それでいて、そこに住んでいた人々がどんな風に生活していたのかはつい最近までほとんど判っていなかった。

 古代人は今とは全く違う言語を操り、『古代魔法』と呼ばれる超常的な力をごく普通に利用していたらしい。都市機能を維持していたのは強力な魔法力だったというのも、それまでも漠然とは知られていた。

 しかし、古代人の言語や文献に関しては長い間、王族や一部の貴族、神官でも教会の要職にあるような者にしか習得と研究が許されていなかったのだ。

 古代人の残した知識の中には、高度な魔法術や、現在の文明では知り得ない自然界の情報が多く含まれていて、それを学べるのは貴族達の大きな特権のひとつだった。神官学校や一般の大学でも古代語が履修できるようになったのは、本当に近年であるという。エレムに古代語の素養があったはそのためだ。

 おかげで鍛冶屋に剣を預けて一週間ほどで、あの時二人が見た光の文字は、無事にひとつの文として読めるようになっていた。



 ラグランジュが求める者がこの鍵を手にしたなら、その者は必ず扉に導かれる

 約束が果たされ、見つける者が成功することを望む

 星の天蓋の下に横たわる、面紗ベールに顔を隠した古き太陽が、黄金の玉座の主を待つ



「なんだこりゃ……」

 文を書き付けた顔を顔の前にかざし、グランはうめいた。

「専門の言語学者に確認してもらうのが一番いいんでしょうが、ものがものですしねぇ」

「……『この鍵』ってのは、やっぱりあの剣のことか」

「その『鍵』を持った者だけが、『ラグランジュ』のありかにたどり着けるってことでしょうか」

「普通に読めばそうだよなぁ……」

 二人は紙を置いたテーブルを間に挟み、揃って首をひねった。

「一番意味が判らないのは真ん中の文だよな。なんなんだ『約束』って」

「単純に、『ラグランジュを見つけた者の願いが叶うように』って意味合いの文でしょうか。僕たちはこの部分の単語を『約束』と解釈しましたけど、辞書に載っていないような使われ方がほかにあったのかも知れません」

「そうすると、大事なのは最後の文か……?」

 星の天蓋、古き太陽、黄金の玉座。言葉は意味深ではあるが、具体的なものを想像することがグランには出来ない。

 だが。

「星の天蓋って、確かそういう名前で呼ばれてる古代遺跡の施設が、あったはずですよ」

「え?」

「ほら、古代文字や古代の文献が一般に公開されるようになった一番のきっかけが、天文学の発達だったじゃないですか」

 少し説明に熱が入ってきた様子で、エレムが身を乗り出した。

「数十年ほど前までは存在が知られていなかった星が、高性能の望遠鏡が開発されたことで次々と発見されるようになったんです。そしたら、その発見された星の多くが、既に古代の文献に記録されていたのが判ってきたんですよ。それで、もうこれは古代文献を一般にも公開して、市民にも広く研究してもらった方がいいんじゃないかって流れになったんです」

「へぇ?」

「それで、……どこの遺跡だったかな、天井が半球形に造られた施設があるって聞きました。その天井には古代の星空が描かれてるそうなんですが、それが実に精巧で、通常肉眼では見えないような星まで描かれてるという話なんです。古代遺跡って、どこに行っても都市の作りは大体同じだそうなんですが、星空の描かれた天井がある施設は、そこにしかないんだそうです」

「それが、『星の天蓋』なのか」

「まぁ、それは最近になってつけられた呼び名なので、実際に古代人がどう呼んでいたかは判らないですけどね。でも、候補としては有力じゃないでしょうか」

「古代人ってすげぇな……」

 感心した様子で、グランは思わず天井を仰いだ。燭台の炎が影を揺らす天井の、その向こうにある星空を見上げるような仕草に、エレムは笑みを漏らした。

「じゃあ『古き太陽』ってのも、なにかあるのか?」

「それはたぶん、古代遺跡の象徴的な存在でもある、太陽の壁画が関係してるんじゃないでしょうか」

「壁画?」

 質問するグランの声に、いつにない熱心さが混じってきたのに気付いたらしい。エレムは姿勢を正した。

「古代都市の遺跡って、大陸中に点在してるんですけど、どこに行ってもだいたい同じ作りなんです。大きな通りが東西南北に十字を作っていて、その通りが交差する中央の広場には、正方形の建物が必ず建っていて……。そういえば、確かこの前手に入れた本に……」

 なにを思い出したのか、部屋の隅に築いた書物の山から、大判の本を引っ張り出す。開くと、それは古代都市そのものを解説した書物のようだった。

「ほら、これです。この広場に必ず、正方形の小さな建物があるんです」

 テーブルの上に本を広げ、描かれた古代都市の平面図を示す。グランは残り少なくなっていた麦酒を飲みほし、カップを脇に置いてその絵をのぞき込んだ。

「この建物は、北側に小さな入り口があるだけで、中はからっぽだそうです。代わりに、北側以外の三方に、はめ込んだ薄板(タイル)で描かれた太陽の壁画があるそうなんですよ」

「へぇ……」

「どの遺跡にも必ずあるので、その壁画の描かれた建物は『神殿』って呼ばれてますけど、実際に信仰の対象だったかは未だに判ってません。でも、古代遺跡で『太陽』といえば、そこしかないみたいです」

 エレムがページをめくると、『太陽の壁画』の説明図があった。何種類かの色のついた正方形の薄板を使って、太陽の絵が描かれているというのが、容易に見て取れた。

「……でも壁画って、壁に書いてあるから『壁画』だよな」

「まぁ、そうですね」

「壁に書かれてるのに、『横たわった』ってのはおかしくねぇか?」

「ああ……そう言われれば」

 エレムが目を瞬かせる。

「それに、さっきの『星の天蓋』と、その壁画の場所って、別なんだろ? でもこの文だと、星の天蓋の下に太陽があるような書き方だよな」

「なんなんでしょうね。『星の天蓋』のある施設の床に、太陽を思わせる何かがあるってことなのかな」

 グランはぱらぱらと、その本の先の頁もめくってみたが、ほかに手がかりになるような図解は特にないようだ。

「それに、『黄金の玉座』がなにを示してるのかも、僕には思いつきません」

「『星の天蓋』の場所に行ってみた方が早そうだなぁ」

「そうですね、明日また、図書館で場所を調べてきましょう」

 いつになく真剣な表情のグランに頷き返すと、エレムはおかしそうに口元を緩めた。

「どうしたんですかグランさん、『ラグランジュ』には興味がなかったはずなのに」

「え? あ、ああ……」

 グランは虚を突かれた様子で言い淀み、すぐにごまかすように頭をかいた。

「確かに『ラグランジュ』はどうでもいいんだが、なんか、こうまで意味ありげな単語を並べられたら、やっぱり気になるじゃねぇか」

 グランは基本的に面倒くさがりだが、自分が興味を持ったことに対してはとても積極的に行動する。『ラグランジュ』そのものに関心はなく、光の文字を『解読』する作業はあまり乗り気ではかったのに、いざちゃんとした文章になったと思ったら、今度は謎解きそのものに興味が湧いてきたのだ。

「とにかくここまでやったんだ。『星の天蓋』がどういうもんか、見てきてやろう」

「それは僕も異存はないですけど、それで『ラグランジュ』を見つけてしまったら、どうするんですか?」

「また、同じ所に隠して帰ってくればいいんじゃねぇ?」

 グランは当然のように言い放った。

 すっかり手段が目的にすり替わっている。エレムは吹き出した。

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