1.21〈しゃぼんと空〉
突然の爆発、そして自らの周りを囲むようにに湧き出した虹色のしゃぼん玉。
思わずよろめき、そのしゃぼんに「ぽよん」と弾かれた
爆発の瞬間から音の消え去った世界で、その光のラインに少しずつそぎ落とされるように消えてゆくエリックへと手を伸ばし、彼女は自分の叫び声すら聞こえない事に気づいた。
しゃぼんはその弾幕を全て吸収し、彼女のもとには何も届かない。そうしてきっちり30秒後、周囲の壁をほとんど吹き飛ばし、弾幕は始まった時と同様に急に止んだ。
黒い煙と立ち込める土埃の中、自らの伸ばした手の先に居たはずのエリックが消え去り、ほとんど傷すらついていない[レアリティ8]
「…………ぁぁぁああああああああ!!! エリックうううううう!!!」
「芽衣!」
彼女の声に間髪入れずに答えたエリックが、ベリル・スマグナの元に着地する。
着地と同時にシールドを構えた彼は、同時に3方向から撃ち込まれた銃弾を全て弾き返した。
芽衣の無事を確認して、散弾モードにした銃の引き金を引く。
12本の緑色のレーザーが、まるでその一つ一つが意志を持ってでもいるかのように弧を描き、広い範囲を焼き尽くした。
「エリック!」
「芽衣!」
同時に手を伸ばした二人の指先は、間を隔てるしゃぼんの膜に押し返される。
――ぽよん、ふわ。
崩れた壁からしゃぼんは空中に漂い、苔むした城の屋根を伝って移動し始めた。
「ふぇ……ふぇぇ……」
子供のころに遊んだボールプールのように芽衣はしゃぼんの中で転がって行く。角張った城壁の角、尖ったガーゴイルの飾り、さまざまなものにぶつかりながらも彼女に衝撃はなく、ただふわふわコロコロと移動する。
初めは何とかしゃぼんから芽衣を救い出そうとしていたエリックだったが、周囲から次々と撃ち込まれる銃弾に応戦し、その流れ弾が当たってもしゃぼんの中に居る限り芽衣が安全そうだと判断すると、彼女をそこから出すことはあきらめて、反撃しながらしゃぼんとともに移動することに決めたようだった。
ぐにゃぐにゃと形を変えながらゆっくりと漂う虹色のしゃぼんに囚われた少女と、その周囲で雨あられと撃ち込まれる銃弾をかわして応射する巨大な銃を構えた男。
当の本人にとっては笑い事ではないのだが、それは童話と格闘ゲームのコラボレーションのような、居心地の悪い面白さがある風景だった。
「
しゃぼんの進む先、苔むした城壁の内側からコマンドが発声され、重く硬い石の城壁が約10m四方にわたって内側から爆ぜる。
その爆発と同時に空中に吹き飛ばされ、空中で姿勢を制御しマントをはためかせたのはシユウ。
「
額から一筋の血を流しながら空中で呪文を唱えると、彼は周囲の瓦礫とともにその場にとどまった。
崩れた壁の向こう、瀟洒な部屋の中で残心から流れるように剣を構えなおしたのはケンタ。
「あつもりさん、こっちも」
シユウから目を離さず、言葉少なに口を開いたケンタの巨体が、音もなく宙に浮いた。
「やっぱりお前は面白い! 今まで調べたどのボットよりもチートくさいぞ! [創世の9英雄]ケンタ!」
「GFO世界で最強の近接武器[レアリティ9]
そう答えつつもシユウへの間合いを詰めるケンタをシユウもただ待っている訳はない。
同じレビテーションの呪文で空を飛んでいるはずなのに、追いすがるケンタとの距離をぐんっと広げてさらに高度を上げ、空中から次々と攻撃魔法を浴びせかける。
剣で弾き、身をかわし、直撃を避けたケンタだったが、すべてを完全にかわす事は出来ず、その姿はあっという間に細かい傷や焦げ跡でぼろぼろになった。
「戦いを知らないなケンタ! [侍]のクラス特性は[縮地]に代表される速度と間合いの掌握だろ!? すべての移動がレビテーションの魔法移動になる空中戦じゃあ、お前の勝てる確率は4割以下だ!」
「ケンタさん!」
部屋の中、しゃぼんの中から
空中に居るケンタへと駆け寄ろうとした萌花はしゃぼんの内壁にぶつかり、ぽよんと弾き飛ばされた。
その衝撃でしゃぼんはころころと転がり始める。
同じしゃぼんの中に居る早苗も足をすくわれ、しゃぼんの中にころがった。
「きゃっ! 落ち着きなさい萌花! シユウの戦いに私たちが手を出すことは許されないわ」
「なによ! だれが許さないのよ!」
「シユウに決まってるじゃない!」
ぐにゃぐにゃと揺れるしゃぼんの中、履きなれないハイヒールを履いた二人はお互いに手を繋いで体を支えあいながら喧嘩を始める。その間にケンタの傷が一瞬で回復したのも、萌花は気づかなかった。
ケンタはあつもりの支援を受け、シユウへと追いすがる。
GFOの世界にあり、システムを運営が掌握している限り、さすがのシユウもMPが無限と言う事はあり得ない。
それに対してあつもりの[レアリティ9]第三エリクシルは、公式チートであり、ほぼシステム上限までMPを使用することもでき、自然回復も通常より数十%早く行われる。
この消耗戦では、MP消費の激しい派手な呪文を連発するシユウの方が先に限界を迎えるのは自明だった。
「
ケンタは使い慣れた、隙の少ない低レベル中距離攻撃を主体に攻撃を組み立てる。
「
対してシユウは、出し惜しみなく強力な呪文を連発していた。
両者とも完全にかわせるわけではないので少しずつ傷を負ってゆくが、ケンタのそれはある程度のところで一気に完全回復する。
クリティカルヒットを受けた際に一発で勝敗が決してしまう可能性はあるが、はた目にはやはりケンタの有利は動かないように見えた。
「どうしてボットなんかと一緒になって悪いことをしてるの?!」
「悪いことなんかしてないわ! わたしはただ、恋……友達と一緒に居たいだけ!」
「だってあのシユウってプログラムでしょ?! プログラムと友達だなんて早苗おかしいんじゃない?!」
「それ絶対に萌花にだけは言われたくないわ!」
取っ組み合いのような格好でバランスを取りながら口喧嘩をする二人の頭上で、ぽよんと音が聞こえる。
抱き合ったまま思わず視線を向けたその先で、何をしても壊れなかったしゃぼんに小さな穴が開き、それはみるみる広がっていった。
「ふぇぇ……」
その穴から聞き覚えのある声とともに緑色の髪の少女が降ってくる。
開いた穴は、その向こうにもう一つあったしゃぼんとつながると、また一つの大きなしゃぼんにもどった。
「
「ぶぎゅ」
2mほどの高さから床に落ちた芽衣は、しゃぼんの弾力に軽く押し戻されて優しく着地する。
このしゃぼんは、中に入っている人をとにかくすべての衝撃から守るようにできているらしかった。
しゃぼんの外からその芽衣の姿を確認したエリックは、自分に向けて放たれた銃弾をシールドで弾く。
とりあえず今は彼女をここに入れておいた方がいい。ただ、これからどうすれば彼女と以前のように触れ合えるようになるのかの結論はは、彼には全く思いつかなかった。
それはたぶん、あのシユウが教えてくれるだろう。
エリックは上空遥か彼方で激戦を繰り広げるシユウとケンタに視線を向け、[レアリティ8]
「
廿文字斬りの流れからシユウの背後を上手く取り、ケンタは叫びながらその首筋に剣を振り下ろす。
まさに剣がシユウの首を胴体から切り離そうとしたその刹那、ケンタは危険を知らせる信号が、体中から冷や汗を噴出させるのを感じた。
剣を振り下ろす慣性力に合わせて横蹴りを放ち、シユウの体を踏み台にして[縮地]でその場を離れる。
シユウの肋骨が何本か折れる感触を足先で感じるのと、
「ぐぅっ」
「うあっちっ」
吹き飛ばされたシユウのうめき声とケンタの悲鳴が同時に響く。
何とか空中で姿勢を制御して、ケンタはもう一発撃ち込まれたレーザーをギリギリでかわした。
「あつもりさんっ!
『ベリル・スマグナのー、シールドを甘く見てたわー。この距離だとー、私のグラン・ガーランドでもー、あれはー、破れそうもないのー』
『あのシールドは、最初のデータにあるより40%以上防御力が上がってるクマ。信じられないくらいの防御資材をつぎ込んで強化したとしか思えんクマ。……あのボットには、よっぽど強く守りたいものがあるのかも……しれないクマ』
のんびりと聞こえるヘンリエッタの言い訳と、あつもりの解説を聞きながら、ケンタは3回レーザーを避ける。
避けきれなかった光が肌を焼き、焦げた皮膚をあつもりが遠隔で治療した。
「とにかくこんな状況じゃ
『そうねー、彼女たちを運営が確保したらイマース・コネクターから脊髄を破壊するって言ってるしー、ここで負けるわけにはー、いかないわよねー』
『うーん。ところでケンタ、言い忘れたことがあるクマ』
もう一発、レーザーをかわしてケンタは背筋に悪寒を感じる。レーザーをかわすのに集中しすぎて、シユウの位置を見失っていたのだ。
周りを見回すが、シユウの姿は見当たらなかった。
「……あつもりさん! 言い忘れた事ってなんすか?! あと、シユウを見失ったっす!」
『……言い忘れたことは、
ガクン。
「あつもりー!!」
初めて。
ケンタはあつもりを呼び捨てにした。
先ほど飛び出した城壁がグングン近づく。そこにキラリと光る銃口が、こちらを狙っているのがケンタにも見えた。
『それからシユウは……お前の後方に居るクマ』
下からはエリックのベリル・スマグナ、背後からはシユウの呪文。
おまけにレビテーションの呪文も解けて、まっすぐ落ちるしかないという状況。
(これはもう即時復活用課金アイテム復活のロザリオでも使うしかないっすね)
その場で復活しても、HPは7割程度しか回復しないし、エンチャントは一度リセットされてしまう。そんな状況で復活してもこのギリギリの状況では意味はない可能性が高い。
それならば、一度死に戻って準備を整えてから復帰した方が良いと外していた復活のロザリオを、ケンタはアイテムインベントリから素早く取り出した。
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