1.20〈交渉〉
「自分はギルド[もえと不愉快な仲間たち]の戦闘隊長、[創世の9英雄]の一人に数えられる[侍]ケンタと言うものっす! ハーグ城戦時条約に基づいて、
右手に2m四方もある大きな
その声の大きさは、少しボーっとしていた
(まただ。ヘンリエッタさんも早苗たちのことを「囚われたプレイヤー」って言ってた。みんな早苗たちが自分からすすんでシユウボットのところへ行ったことを知ってるのに、どうしてそんな言い方をするんだろう?)
まるで銃声が後を引くように、高く広がった空にケンタの声の余韻が消えてゆくのを聞きながら、二人は返答を待つ。
……30秒、40秒、50秒、1分。
小さなウィンドウに表示していたストップウォッチが1分を過ぎたのを確認して、ケンタはもう一度同じ言葉を発しようと、大きく息を吸い込んだ。
「俺は
ケンタに負けず劣らず大きな声が返ってくる。
その内容に、ケンタは自嘲的な笑みを漏らした。
「……[創世の9英雄]随一の戦闘力っすか。ついこの間その俺を一蹴したあいつがそれを言うとは……バカにされたもんっすね」
萌花にだけ聞こえる大きさでそうつぶやき、ケンタは停戦旗を地面に突き刺す。
空いた手で彼女の手を握ると、ゆっくりと湖の中から競りあがる石の橋へと歩を進めた。
湖を斜めに横切り、石橋は城門の前へと続く。
ゴツゴツとして歩きにくい石畳を手を引かれて進む萌花がふと目を上げる。
城門の前に、湖の水と同じように澄んだ青い長髪を風に揺らして、姿勢よく正装の少女が立っているのが見えた。
「早苗……」
「ようこそ萌花。シユウはあなたたちを歓迎するわ」
軽く腰をかがめ、笑顔すら浮かべた早苗が挨拶をする。
彼女の服装は萌花のドレスに負けず劣らぬ、過剰なレースに飾られたドレスだった。
「……素敵ね、そのドレス」
「あなたもね」
会えたら言おうと思っていた言葉が一つも出てこず、萌花の口から出たのはそんな言葉だった。
早苗も同じ気持ちだったのだろうか、言葉少なくそう答える。
複雑な表情を隠しもせず、ケンタはただ二人を見つめていた。
「……さぁ、シユウが待っているわ」
くるりと向きを変え、ほの暗い城の中へと早苗は迷わず歩を進める。
後を追いかけ始めた萌花は差し出されたケンタの手に掴まろうとしたが、まっすぐに前を見て進んでゆく早苗の背中に視線を向けると、そっと手を引いて小さくかぶりを振った。
躓かないように、無様にならないように、萌花はしっかりと姿勢を正して一歩一歩早苗を追いかける。
萌花に差し出した手と彼女たちの後姿を確認して、ケンタはその掌をぎゅっと握ると、二人の後を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「武器も取り上げないとは、自信満々っすね」
「あぁ、負ける確率は1%未満だな」
停戦や捕虜解放を交渉する場とは思えない、そんな言葉で会談の幕は切って落とされた。
城の大きさには似合わない小さな部屋で、装飾過多の玉座の肘掛けに横柄に頬杖をついたシユウとその隣に立つ青いドレスの早苗から3mほどの距離を置いて、戦闘隊長と言う名前から想像する重装備とは真逆の簡素な軽い鎧に身を包んだケンタと真紅のドレスを纏った萌花が立っている。
隙あらば切り捨てようと考えていたケンタは、実際にこの一太刀の間合いに立ってみて、すぐにその考えを捨てていた。
「……まぁ1%未満とは思えないっすけど、それが5%になってもこっちのが分が悪いのは変わんないっす。やっぱ交渉で片を付けるのがよさそうっすね」
「そうだな、それが賢明だ。で? わざわざ忙しい俺が謁見してやってるんだ、さっさと要求を言えよ」
「大体こういう時は誘拐犯の方から要求を出すもんっすよ」
「誘拐犯ねぇ。俺は人助けと逃げてきた者の庇護しかした覚えはないが、お前らがそう思いたいのならまぁいいだろう」
めんどくさそうにため息をついたシユウは、「早苗」と名を呼び、それきり口を閉ざす。
小さく「はい」と返事をした早苗は一歩前に出ると両手をお腹の前で組んだまま、萌花ではなくケンタの目を見つめながら口を開いた。
「全てのボットのオリジナルである
すべての要求に、それが破られた際の報復行動もセットで宣言されている。子供のころ、学校の裏の空き地に作った秘密基地でみんなで決めた「自分たちの世界のルール」に似てるな、とケンタは思った。
今の宣言は、ケンタのセキュア・イマース・コネクターを通じてヘンリエッタやあつもりにもリアルタイム中継されているはずなので、彼はその言葉を吟味している風を装って、チームからの連絡が来るのを待つ。
しかし、なかなか返信は来ず、イラついたシユウはケンタをせかした。
「……なかなか事が
めんどくさそうに舌打ちすると、シユウは背中で玉座をずるずるとすべり、首まで椅子に埋まったような格好で「なんだよ」と先を促す。
ケンタは腰に手を当てて、シユウたちから見えないようにあつもりたちに催促の信号を送ると、半分時間稼ぎのためだけに質問を口にした。
「一つ目は分かるとして、二つ目の条件のウィルスってなんすか? それと感染者3名ってのがだれなのかも教えてほしいっす。あと、三つ目。管理者権限を取得して、あんたは何をするつもりっすか?」
「ウィルスって言ったらウィルスだよ。人とボットを繋ぐインタフェースだ。感染者は早苗と芽衣と萌花。管理者権限は今でも持ってるけど、
「……え? 私?」
突然、シユウの口から自分の名前が出たことに驚いて、萌花は間の抜けた声を上げた。
早苗と芽衣は分かる。萌花の知らぬ間に、それぞれボットと仲良くなってそれを彼女に知らせずにいたのだ。どれだけの時間一緒にいたのかは知らないが、ウィルスに感染するようなこともあるだろう。
しかし、萌花は違う。
確かにボットを助けたことはあったが、あれ以来全く接触していないのだ。
ここに来たのだって早苗や芽衣を説得しに来たのであって、ボットへの特別な感情などない。自分が人とボットを繋ぐインタフェースウィルスへの感染者だなどと言うのは、青天の霹靂でしかなかった。
「早苗ちゃんも芽衣ちゃんも、もちろん萌花ちゃんも、GFOの基本ルールに従っている限りアカウントの継続保証は可能っす。パッチについてっすけど、あんたの作るパッチは危険っすから、もしOKが出るにしても事前にパッチをうちの技術チームに提出してもらって、正規のチェックを受けてからの適用になるっす」
ショックを受けている萌花の表情をうかがいつつ、やっとイマース・コネクターを通じてあつもりから返信のあった内容をケンタは間違えないように慎重に自分の言葉で読み上げる。
その内容は、思ったより歩み寄りが見える返答のように早苗には思えた。
「話になんないな」
玉座から立ち上がったシユウは、つまらない授業が終わった時のように伸びをする。
そのままスタスタと窓際まで歩き、目を細めてまぶしい外の景色を眺めた。
「感染者のアカウントを保障しろってのは、俺の自由にさせろってことだ。お前らの言うGFOのルールに従っている限りの保障ってのは、つまりボットなどの不正プログラムと関係を持たない限りって事だろ? それじゃあ拒絶とおんなじだ。それから、俺のパッチをお前らが検査するってのも論外だ。俺の深遠な考えをお前らごとき凡百のSEが判断できるとでも思ってるのか? それに何より、一つ目の要求への返事がない。それはつまり、俺たちボットの討伐はやめないって事だろ?」
『そのとおりだクマ』
突然、部屋の中央にタータンチェックの模様のクマの着ぐるみが浮かび上がる。
あつもりは[レアリティ9]第三エリクシルの独自メニューからマクロを呼び出し、ケンタの強化、早苗と萌花の隔離、周囲に張られた防壁の解除を一瞬で行う。
この瞬間のために城の周囲へ展開していた術師部隊が、例のボット用特殊防壁を張ったのもほぼ同時だった。
「なかなかいい連携だ」
ボット用防壁で力を弱められながらも、シユウは指先の一振りで空中のあつもりを霧散させる。
同時に城の尖塔から爆発音が聞こえた。
「あれは……芽衣の部屋だわ! シユウ!」
早苗がしゃぼんの泡のような膜に両手をつき、シユウに助けを求める。しかしその膜は、見た目とは裏腹に強固な防壁となって彼女と萌花をしっかりと隔離していた。
早苗たちとシユウの間を遮るように、さまざまな色の光に包まれたケンタが、ゆっくりと[レアリティ9]
その姿はまるで
「今回は準備万端フルエンチャントっすよ。この状況なら7割俺が勝てるっす」
「自信家だな。俺の演算ではお前の勝機は4割だ」
『いや、ボクの演算でもアホケンタの勝率は76.5%だクマ。ケンタ、思いっきりやるクマ!』
ケンタとシユウの会話に、霧散させられたはずのあつもりの言葉が割り込む。その言葉に裂帛の気合で答えたケンタは、周囲に4つの残像を残してシユウに斬りつけた。
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