第17話 翼

かおると生まれてくるはずの子供その他、大切なものを失ってから、僕に季節はなかった。けれども、十二、三年たった夏、僕は久しぶりに季節を感じていた。偶然にも友人たちが、かおるが指輪を捨てた海岸に連れて行ってくれたからだ。そうだ、この夏に行動を起こそう。「かおるのもの」にはもう少し頑張ってもらおうと、僕は思った。

かおるとの想い出のものはマフラーや写真その他・・・・・かおるが、一番いい笑顔で笑っていて僕の横にいる油絵と、あの二つで五百円の指輪以外はすべて燃やして、大分の交通安全の神様の地蔵尊に、納めていた。さよならするわけではなく、まして彼女を忘れるためなんかじゃない、忘れないためにも、いつでも行けるところにと。

そしてみんなを守ってもらうためにと願いを込めて。

実家に帰り、部屋をかたずけている途中、疲れた僕は、寝ころがって窓の外を眺めていた。すると、軒先にかけた巣の周りを飛び回るツバメをぼんやりと眺めていた。

鳥に翼があるのは当たり前だ、鳥だってそう思っているに違いない。いや、そもそも当然のものを持っている鳥がそんなことを思うはずはないのかもしれない。人が手を使うことに普段それほど関心をしるさないように。

じゃあ、当たり前すぎて持っている翼に気付かないこともあるはずじゃないかな?

ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。僕にも本当はツバメみたいに空を飛ぶ翼があって、いつでも使えるのに、でも気付いていないから使っていない。そんなこともあるはずじゃないかな・・・・・。

「和光っていい名前だよ、嫌いとか言わないで、平和のために働いてね」

かおるが言ったあの言葉が、はっきりと蘇ってきた。

「平和の光を放ちながら、平和のために働く男」

暗い海の波の中で浮かんできたと同時に「かおるが残した宿題」を、僕はまだほったらかしにしていることに気がついた。けれども、自分に何ができて何をすればそれを達成することになるかは依然わからなかった。

わかるまで待っていれば夏は終わってしまう。夏休みはとうの昔に卒業していたが僕はそう感じた。そんななか自分にあるはずの翼・・・・・「かおるの宿題」を完成させるための翼を探そうと思った。でも、本当にそんな翼をもっているのだろうか。いや、持っていないと思ってしまったら絶対に見つからない。必ずあると確信しているからこそ見つけられるに違いない。

そう思って僕は立ち上がって、路上で買った二つで五百円の指輪をそっと外した。

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