第18話 僕の命

三度目に倒れ救急車で大きな病院に運ばれた時には、「疲労」とは言われなかった。

十数年前に精密検査をしていれば、ここまでひどくならなかったはずだ、と主治医が言った。

僕は心臓を患っていて、大至急手術が必要だった。成功の確率は一割と告げられた。手術室に入って、生きて出てこられないのが十回に九回、手術前に僕はそういわれて、かおるの宿題にまだ手を付けていないことを真っ先に考えていた。このまま約束を果たせないで、僕の人生が終わってしまうかもしれない。そうなったら天国にいるはずの、かおるはどんな顔をするだろう。きっと「しかたないわね!」と許してくれるさ。僕は答える相手がいないのをいいことに、自分勝手にそう結論付けていた。

あの暗い海岸で、僕はあの時死ぬことを考えていた。そして今、これでかおるに会えるかもしれないと思っていた。

手術の日麻酔でもうろうとしていた頭の中で、僕はかおるたちに会った。

意識を取り戻す寸前、夢の中にかおるがいた。あの時のかおるは、「昔」のように楽しそうに何かを話していた。何を話しているか聞き取れない僕は、かおるに何か言おうとした。すると、かおるは僕のほうを向いてくすっと笑うと、こういった。

「和くんにしかできないことがあるのだよ」

続いて、可愛い声がした。

「パパ、頑張ってね」

僕とかおるの子供だった、男の子、女の子、分からないが、間違いなくあの時、かおるのお腹にいた僕の子供だった。

人に話すと幻覚だろうといわれ、きっとそうだと答えるようにしていたけれど、違う。

僕は久しぶりにかおると、そして初めて自分の子供と会ったのだ。

どうやら彼女は宿題を放り出すことを許してくれないようだ。僕らの子供は可愛かったし、かおるは相変わらず綺麗だった。

二人とも、お父さん頑張るからね。

それから、十三時間に及ぶ手術を経て、僕は助かった。定期的に検査をして気を付けていれば、二十年は大丈夫だそうだ。

あと二十年・・・・・そう思った僕は今度こそ「かおるの宿題」を完成させようと思った。

あの日、平和について考えるようになってから、ずいぶん時が流れていた。もしかしたらなくしていたかもしれない僕の命だが、僕は今生きている!

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