3:

 土日明けの、新学期初日。

 オリエンテーションとして設けられたこの日、直人のクラスでは早速サプライズがあった。

「転入生のブレッソンさんです。フランスから飛び級で来られました」

 担任の男性教諭が、ドミニクのことを簡潔明瞭にそう紹介する。

「ドミニク・葵・ブレッソンでス。よろしくお願いしまス!」

 教卓の隣でクラスメイトらに深々とおじぎをし、ドミニクは笑顔を振りまいた。

「お知り合いがいるということでしたので、うちのクラスに入ることになりました。席は大神さんの隣に設けておきましたので、そこにどうぞ。大神さん、彼女を助けてあげて下さいね」

 淡々と。明白に。そしてさらりと。

 直人は担任からドミニクのサポート役を任じられた。

「あー、寮で見た子だ。やった、同じクラスだー」

「知り合いって、あいつか……。どういうヤツだ?」

「どうでもいいって。おかげで新学期早々からラッキーじゃん」

 そんなクラスメイトの声があちらこちらから聞こえてくる。

 しかしひとまず、二時限目を終えたあたりでそんな浮ついた声は沈静化した。

 ドミニクの明朗快活めいろうかいかつな人当たりもさることながら、元から直人のサポートがいらないくらいに日本語を話すことができるのだ。帰国子女や飛び級という境遇も活かしつつ、日本がいかに好きかを説きながらクラスメイトたちとの距離を縮めていく。

ミヤビな京都もいいけど、アタシはそういう有名所よりも田舎イナカを見て回る方が好きだナ」

「飾らない、そのままの姿を見たいんだよね」

「ソウソウ。騒がしくて人が多いと、せっかくのイイ景色が台無しだモン。だから五歳の時、街中から田舎イナカに引っ越してきたノ」

 その話の流れには直人も巻き込まれた。

 話を繋ぐ『合いの手』役として簡単な相づちを打つことになったのだが、どうやらその呼吸の合い様が、話を盛り上げるのに一役買っていたらしい。

 徐々にドミニクの言葉尻はたかぶっていき、身振り手振りも大仰になっていく。

「何より好きなのは、やっぱりハッキリした四季よネ! 毎月のように変わる景色なんて、そうそう見られないモノ! 自然がイッパイなトコに住んでて良かっタ!」

「山間部は特に移り変わりが早いからね。四季の折々を感じやすいんだよ」

「四季のオリオリ! それが言いたかっタ!」

「じゃあ、好きな季節はどれ? 夏っぽいけど、意外と冬だったり?」

「ダンゼン、食欲の秋サ!」

 気づけば直人は、ドミニクを中心としたクラスの輪に入っていた。

「――ってことは、山の中で三日も野宿か。山菜採りに行っただけでサバイバルかよ」

「他に何か、面白そうなエピソードってある?」

「じゃあ、ちょっと遠出して海に行った時の話でも――」

「――ナオト、流された話は言っちゃダメ! 恥ずかしいカラ!」

「ふむふむ。で、流されたのはなんで?」

「コラ、ソコ! 続きを聞くナ!」

「フジツボが怖くて、足が付けなかったみたいなんだけど――」

「――ナオト!! ダメって言ってるでショ!?」

 ……直人は、普段からあまり積極的とは言えない人種だ。

 誰かと話をする時は大抵、聞き役としての立場でいることが多い。それがいつの間にか、直人の方から話をするようになっていた。

 話題を求められたおかげもあるが、今回のことはひとえに、ドミニクの幼馴染みという境遇があったからこそである。スムーズに話題を提供できたからこそ、ドミニクが作ってくれた場の流れに上手く乗ることができた。

「……ありがとう、ドミニク」

「フフ? 何のことかナ? アタシ、ナオトには何もしてないヨ」

 まるで魔法みたいなドミニクのこの器量は、他のクラスの生徒にも発揮された。

 当人としては、笑顔と些細な挙動でわかりやすく反応を示しているだけなのだろうが、どうやらそれが効果覿面てきめんだったらしい。教室前の廊下は不自然なまでに混雑し、後輩から先輩へと伝わったのだろう、昼休みには上級生の姿も見かけるまでになってしまった。

 おかげで昼休みは苦労した。

 学生食堂で昼食を取ろうした直人とドミニクだったが、順番待ちをしている間にドミニクの周りに人集りができてしまい、順番待ちの列が混乱。

 やむなく出張販売のパン屋でいくつか買い込んで、逃げるようにして教室へ戻るはめに。

 そうしてパンの味を堪能することなく、ものの五分で平らげたのがついさっきのこと。

 この時点で昼休みの半分が過ぎていた。

「よし。そろそろ行こうか」

「ウィ。待たせちゃ悪いモンネ」

 膨れたお腹が落ち着くのを見計らって、直人はドミニクと一緒に体育館へ向かう。

 途中、ドミニクは興味の視線を向ける生徒たちに手を振ったり、笑顔で首をかしげてみたりと、これからの下準備に余念がない。

 学食でできなかった宣伝と愛嬌あいきょうを、これでもかと振りまいていく。

「……ドミニク、疲れない?」

 笑顔を絶やさないドミニクに、ふと思って直人は聞いてみた。

「ゼンゼン。それに、めずらしいモノはすぐに飽きられるかラ」

 なんのこともなし、とドミニクは軽く答える。

「アタシを『使える』と判断したリンさんは間違ってないヨ。目立つのはそんなに嫌いじゃないし、使うなら存分に使ってチョウダイナ」

「……そっか。けど、八方美人はっぽうびじんになりすぎて失敗しないようにね」

「ハッポウビジン? アタシってフランス美人じゃないノ?」

 きょとんとして言い返すドミニクに、直人は思わず笑ってしまった。

 まあ、たしかに。

 幼馴染みとしての贔屓目ひいきめを抜きにしても、ドミニクの容姿はかなりのレベルで整っていると直人は思う。それこそ、ファッションモデルや俳優に匹敵するくらいに。

 今日だけで美人や可愛い、綺麗といった単語を何度耳にしてきたことか。

「その美人じゃないよ。八方美人っていうのは『誰にでもいい顔をする人』って意味のことわざ

「なら、ダイジョウブ。パパとママ以外で、アタシがいい顔をするのはナオトだけだモン」

 ドミニクはそう断言し、頬を赤らめて満面の笑みを直人に見せた。

「そう? でも、僕にだけいい顔してちゃ駄目だよ。特に凜先輩や和泉さんは、これから一緒に活動していく仲間なんだ。ドミニク自身のためにも、早く仲良くなってもらわないと」

「ムぅ……。ナオトがそう言うなら、ゼンショしてみるけどサ……」

 肩すかしを食らったような気落ちした声で、ドミニクは答えた。

 この反応は、なんだろう……。クラスメイトらに明るく接していた時とはまるで違う。

 ……そういえば、直人がドミニクと出会った当初の頃、お菓子の差し入れや七五三で着る着物を選んでくれなど、様々な方法でアプローチを仕掛けられたのを思い出した。

 もしや、知り合って間もない凜や真矢を相手に、どう『いい顔』をしたものかと悩んでいるのだろうか? それを『大切な人にだけ見せる接し方』と捉えるなら、考えられなくもない。

「心配ないよ。引っ込み思案の僕が付き合えるくらい、二人ともいい人だから」

「あ、そのことなら、うン。ナントナ~ク、わかるヨ」

 後押しにと思った補足に、あっさりと同意されてしまった。

 直人のアテが外れたのか、それともただの杞憂きゆうにすぎなかったのか。

「なんだ。じゃあ大丈夫だよ。凜先輩は特に気さくだし――」

「――ん? 私がなんだって?」

 体育館の手前、女子更衣室の扉の前で凜が待っていた。

 セーラー服のリボンは二年生を示す藍色。校則通り、スカートは膝丈に揃えている。手には風呂敷に包んだ荷物を一つと、ビニールで包装されたままの胴着一式を何着か持っていた。

「先輩がいい人って話です」

「それ、お世辞? これからやることを思えばむしろ、私はあくどい方の人間でしょ」 

「それも含めて、立派な戦略ですよ」

「ソウソウ。さ、早く着付けないと間に合わないヨ」

 凜の持つ荷物が示す通り、ここへはドミニクの着付けのためにやってきたのだ。

 学食での一悶着があったせいで、あと十分少々しか昼休みが残っていない。

 ドミニクは更衣室のドアを開け、早く早くと凜を手招きする。

「じゃあ、男の僕は大人しく控えてますね」

「うん、放課後になったらよろしく」

「ナオト、ちゃんとアタシのこと見ててネ!」

 そう言い残し、凜とドミニクは更衣室へ入っていった。



 昼休み終了後。

 午後の授業時間を使って、体育館では新入生を集めての部活紹介が行われた。

 各部の部長、副部長らが順番にステージへ登壇。再現した練習風景を背後に、昨年度の実績や女子部員の活躍を主にして、思い思いの勧誘メッセージを読み上げていく。

 しかしながら、どの部も登壇するのは男子ばかりだ。女子部員の影は薄い。

 そんな中、運動部最後の部活として弓道部が登場する。

「アタシと一緒に弓道部に入りませんカ!」

 練習風景も何もない、広告塔のドミニクが注目される形になった。

 女子が創設し、女子の広告塔を持つ弓道部は、新入生たちの目には一際異彩に映ったことだろう。部員が極端に少ないという欠点はあったが、元男子校というイメージが強く残っている他の部に比べ、弓道部だけは見事にそのイメージを壊すことに成功していた。

 壇上のドミニクの、一目でわかる日本人離れしたその容姿。

 それがを前面に押し出したはかま姿となっている、そのギャップがまず強烈だ。

 本来なら色合いにとぼしい白黒の胴着姿を、持ち前の金の髪と碧の瞳、そしてわずかに紅潮こうちょうした肌とで、色鮮やかなよそおいとして昇華させている。

「健全な色香で誘うならコレでショ」と、結わえたポニーテールはさわやかな印象を。

「お爺さまの前に立つみたいニ」と、染みついた条件反射はスラリとした姿勢の良さに。

 見る者を惹き付けるその魅力、そして日本語に不自由しないその知性は、ただのではないことを第一声から証明して見せた。

 ……映える絵とは、まさにこういうことを言うのだろう。

 同じはかま姿の凜が後ろに控え立つことで、ドミニクという存在がより強く引き立っている。

 他の部にはない「女性」という武器を最大限にアピール・活用することで、他の部との差別化を図る……これが、凜の考案した策だった。

『コウコクトウ?』

『そうよ。明後日の部活紹介、私は脇役に徹する。下準備は全部やっておくわ。だからブレッソンさん――いえ、ドミニク。あなたには、全力で明るく振る舞ってもらうわよ』

 そう言っていた通り、ドミニクを目立たせる凜のその周到さには抜かりがない。

 一目でわかる違いとして、二人が着ている上衣じょういのサイズが挙げられる。凜は肘が隠れるほど袖丈が長く、逆にドミニクは二の腕が露出するほど短い。つまりは凜の上衣じょういは一回り以上大きく、ドミニクのは一回り以上小さいサイズであることがわかる。

 姿勢を正したドミニクの、胸部の膨らみと腰回りの細さが一際浮き出ているのはそのためだ。凜は猫背となってそれをさらに抑制し、色香にも明確な優劣をつけている。

 二人の顔色にさり気ない明暗の差を感じるのも、おそらくは化粧の効果だろう。

 主役の頬と唇にはうっすらとあかを差し、笑顔の明るさを強めていた。引き立て役は無関心のふりをした能面のような表情で、淡々と部活紹介を進めている。

 読み上げる原稿、その発する声の高低差と台詞の抑揚にまで気を配っているとは……ここまでやればもう演説の領域である。きっと、詳細に記した脚本があるのだろう。

 ここまで入念な演出を施した部活紹介は、未だかつて見たことがない。

 凜のこの手腕には恐れ入った。感服かんぷくである。

(でも、ちょっとやり過ぎな気もするなぁ……)

 新入生たちと共に壇上のドミニクを眺めながら、直人は心の中でそう呟いた。



 オリエンテーションが終わった、その日の放課後。

 生徒玄関前で繰り広げられた部活動の勧誘合戦は、直人が懸念した通り、弓道部の一人勝ちという結果になった。

「弓道部はココだヨー!」

 さすが元男子校、である。

 どの部活か決めかねていた新入生はもちろん、部活紹介で心を揺り動かされた者や、野次馬気分で見に来た大半の男子らが、その声に惹かれてドミニクの周りに集まってきていた。

 だが、彼女のそばには易々とは近づけないでいる。

 されど元男子校、である。

 学費の安さに惹かれてか、あるいは他の理由でか。数少ない女子の新入生たちは、大なり小なり複雑な心境で入学してきたことだろう。

 そこで見つけた唯一の花園に、女子たちが集まらないわけがなかった。

「アナタも入部希望? 歓迎するワ!」

 そしてドミニクの誠意あふれる対応――つまりは熱烈な抱擁ハグによって、彼女らの心をがっちりと掴むことに成功していた。ドミニクの周囲はさながら、憧れの先輩に色めき立つ、一昔前のお嬢様学校のような空間と化している。

(なんだかもう……とにかく異様だ)

 その光景に苦笑いつつ、直人は市営弓道場までの地図が書かれた勧誘チラシを、凜と共に新入部員候補たちに手渡していく。

 勧誘期間の一週間分として刷ったはずのチラシが、この日だけですべてなくなった。

「じゃあ、練習場所まで移動するからー! 部長の私から、はぐれないで付いてきてー!」

 一旦、各自の自転車を取りに行ってもらい、校門脇でまた集合する。

 さすがに大人数でまとまって移動すると交通の妨げになるので、集合が早かったおよそ半数の第一陣を凜が先導し、一足先に道場へ向かった。

「では大神くん、殿しんがりはよろしくお願いします」

 凜の次に、真矢が先導となって残りの第二陣が出発する。

 入部希望者の数はチラシを配った際に数えておいた。直人はしっかりと人数を確認して、二つの長蛇を見送る。周囲を見渡し、遅れてきた者がいないかを確認するのも忘れない。

 生徒玄関ではまだ勧誘合戦が続けられている。すがり付くような粘り強さで、勧誘員が新入生を引き止めにかかっていた。さすがに今日はもう入部希望者が増えることはないだろう。

 勧誘期間は明日以降も続くのだ。これ以上は他の部からにらまれたくはない。

 そそくさと、直人は自らの足で凜たちを追うことにした。

(……そういえば、ドミニクは?)

 脳裏に一抹いちまつの不安がよぎり、直人は進めかけた足を止める。

「ナオトー! 待ってヨー!」

 そんな声に振り返ってみれば、ドミニクが真新しいオレンジ色の自転車ママチャリいでいた。

 しかし着慣れない格好では思うようにいかないらしく、漕ぐ度にはかまの裾が爪先やペダルに引っかかっていた。片手で懸命に直してはいるのだが、カゴに入れた荷物の重みで車体も左右に振られており、いつ転倒してもおかしくない。ヘルメットをしているとはいえ危険だ。

 すぐに直人はドミニクのそばに駆け寄った。

 車体を支え、ゆっくりと止まらせる。

「無理しないで、ドミニク。歩いて押した方がいいよ」

「でも、それだとみんなから遅れるモン。アタシも早く練習を再開したいノ!」

「……しょうがない。なら、僕が漕ぐよ。ドミニクは後ろに乗って」

 言うや否や、直人は背負っていたリュックを胸の前に担ぎ直した。

 ドミニクを荷台に腰掛けさせ、サドルにまたがった自身の腰に両腕を回させる。ほどよく締め付けてくるのを確認すると、直人は力強くペダルを漕ぎ始めた。

 速度が乗って車体が安定すると、今度は慎重にその速度を維持していく。

 凜たちが先導するわかりやすいルートではなく、遠回りだが車通りの少ないルートを選ぶ。

 このルートは昨日、直人がランニングがてら付近の散策をした際に見つけた経路だ。下調べはすでに済んでおり、公道を通らずに市営弓道場まで行くことができる。

 学校の裏手にある緑地公園の中を、安全かつ軽快に進んでいく。

「本場のハイカラサンがお通りダー!」

 噴水前に群がっていた鳩を散らし、緑地公園を抜けて郊外の方へ。

 泥の固まりが点々と続く農道を走り、神社の脇の林道を通って、本来のルートに程近い田園風景のある場所に出る。車一台分の幅しかない小道を進み、ほどなくして道場に到着。

 すでに他の生徒たちは全員到着しているようだ。道場の前にはたくさんの自転車が乱雑に停まっていた。中からはざわざわと雑談に興じる声も聞こえてきている。

 直人はドミニクの自転車を桜の木の下に停め、カゴの荷物をドミニクに手渡した。

「……なんだか、ナオトのお爺さまの道場と似てる気がすル……」

 今日初めて市営弓道場を訪れたドミニクが、そんな感想を呟く。

 脱いだヘルメットを胸の前で抱えながら、辺りを見回して二回ほど深呼吸。そうして懐かしむように「ソウソウ。こんな空気だっタ」と頷いた。

「この落ち着く感ジ……いいトコだネ」

「うん、僕もそう思うよ」

 先入観を与えないようにと市営弓道場の印象のことは黙っていたが、直人と同じ感想を抱いたということは、やはりドミニクにとっても祖父の武道場は特別な場所だったようだ。

「……でも、もう少し木とか川とかあっても良かったナ……」

 その祖父の死去と武道場が取り壊されたことは、もうドミニクには伝えてある。

 伝えた時は急にしんみりと無言になってしまい、慌てて話題を逸らし変えたが、やはり似た場所に来たことで素直な感想がこぼれ出た。

「あそこはもっと自然で一杯だったもんね。山の中だったし」

「ホント、夜は虫が寄ってきて大変だったよネ。あと、トイレは外だシ、電気は暗いシ、内観はボロいシ、床は抜けるシ、冬の雪は多いシ、それから――」

 今は無き道場に対して、悪態のような不満が今さら噴出する。

 しかしこれも、ドミニクなりのとむらいなのだと思う。

 在りし日の姿を覚えていなければ、こんなにポンポンと悪口は出てこない。悪口を言う度、昔の記憶を思い起こしているだろう。

 直人はそれを嬉しさ半分、可笑おかしさ半分で聞いていた。

「さあさあ。悪口はそれまでにして、部活だよ」

 一通りの悪口が出揃ったのを見計らい、直人はドミニクの背を押して、歩を進ませる。

「――オゥ。それもそうネ。早く練習しなきゃだモン」

 そう言ってドミニクは、小走りで先に玄関戸口へ。

 戸を開こうと手を掛けて――ふいに止める。

「? ドミニク、どうしたの?」

 ドミニクはその場から一歩後ろに下がり、はにかんだ調子で直人を手招いた。

 招かれるがまま、直人は玄関を背にドミニクの前に立つ。

 そして、


「ただいま」


 五年前の約束が、ここに果たされた。

「アタシ、帰ってきたヨ」

 そう言うドミニクを見て、直人は湧き上がる嬉しさをかみしめる。

 ああ。昔に戻ったんだな、と。

「うん。おかえり」

 直人が自然と差し出した手を、ドミニクは握り返してくれた。

 手の暖かさとは違う互いのぬくもりが、たまらなく懐かしくて、そして、とても心地好かった。

 二人で一緒に玄関戸を開けて、敷居をまたぐ。

「「こんにちわー」」

 習い始めの頃の挨拶癖が、自然と二人の口を動かしていた。


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