第46節

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 古森珠夜の意識が戻り、寝ぼけ眼で初めに確認できたのは、常盤色のブレザー。

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「おぉっ、やだっ。急に起きるなよ古森君」


 ベッドの上で、左手側を向いて寝ている俺。目の前で後ずさりして椅子に座ったのは、望月さんだ。

 俺は、おもむろに寝返りを打ちながら、周囲の様子を視認する。室内は二人きりだ。


「望月さん。ここは、どこ」

「万葉医大だ。個室だから遠慮は要らないぞ」


 万葉大学医学部付属病院――万葉市大黒に位置する、市内で唯一の大学病院である。


「万葉医大ってことは、俺の体、かなり深刻な状態なの。ていうか俺、何で生き延びてんの。今日、何日。今何時」


 壁掛け時計は見当たらない。カーテンは閉まっており、電灯が部屋を照らしている。


「案ずるな。古森君の命に別状は無い。今日は四月十七日の火曜。今は夕方だ。私が気絶していた間の出来事は、侍狼ちゃんから聞いた。ちなみに君は、どこまで覚えているのだ」

「えっと、後頭部に瀬良木の攻撃をくらって、倒れた。その後は、……記憶に無いわ」

「体の具合は、どうだ」


 額を触ると、絆創膏の感触。両腕に湿布。腹と両足にも、貼ってあるようだ。各部が疼く。

 現在の着衣は、長袖Tシャツと下着だけである。昨日から着ていた物だ。万葉高校の制服は、部屋の隅に、畳んで置かれている。制服だけ脱がされたのだろう。


「五体と腹が、結構痛む。望月さんは、幻銭の在りかも、瀬良木から聞いたのかな」

「あぁ。まだ君の胃袋に入っているぞ」

「俺が眠ってる間、瀬良木は、ここに来たの」

「いや。彼は、見舞いに行くのを断った。ちなみに侍狼ちゃんは、古森君の魔道を初めて見た時、どのような反応をしたのだ」

「浮いてることに、あんまり驚いてない様子だった」

「古森君は、普段からクラスの中でも浮いているものな」

「傷付くのは肉体だけで充分だよ望月さん」


 望月さんは、学校の屋上で俺が気を失った後の出来事を、瀬良木から伝え聞いた内容も含め、語っていく。まずは、瀬良木が二棟から一棟に来て座り込んだところまで。淡々とした口調だ。

 次に、俺の生存を望月さんが確信したところまで、言葉に若干詰まりながら、話した。


「俺が生きてることに、あっさりと気づいたんだね」

「む。不満でもあるのか」

「もっと、こう、俺の方へ駆け寄って、涙目で取り乱すとか、しなかったの」

「私に、少年漫画のヒロインじみたことを求めるな」


 俺が生還した理由について、瀬良木が述べた説でもあると補足して、望月さんは仮説を唱えた。


「キャッチするまでに太陽が隠れた、か。どうりで、日没までに消費せんかったのに、生きてるわけだ。真相のほどは、俺自身も分からんよ。まぁいいさ、結果オーライだ」


 続いて話は、俺を運ぶ過程に入る。水泡環によって行われたことを、今知った。


「瀬良木の使える天術って、水系のやつだけなの? そういや望月さんが俺に見せた天術は、どれも氷系のやつだったね。天道使にはそれぞれ、属性みたいなもんがあるの?」

「私は『冬季型とうきがた』の天道使でな。使える天術は、冬季系だけだ」

「瀬良木は何型なの」

雨季型うきがただ。同じく、彼の使える天術は雨季系だけ」


 望月さんは付け加える。


「天道使の類型は、バイオネームとも関連している。ルピナスは、梅雨に咲く花。そしてエリカという花は、冬に咲くからな。といっても開花時期は、一概に断定できないものだ。同一の花でも、地域によって、咲く時期は異なるからな。メビウスは、日本に於ける、一般的且つ平均的な、開花時期に基づいて、バイオネームを選定している」


 俺の最も嫌いな季節は、望月さんの季節でもあるってか。だからって冬の寒さは和らがん。


「雨季型だから水を使えるってのは解せるけど、天眼と超音波ウルトラソニック振動拳バイブレーションは、水と無関係じゃないの」

「使える天術は、と言っただろ。独身術は例外だ。雨季型の天道使によっては、水に限らず、聴覚――即ち音に関する独身術を使える者も居る」

「瀬良木は何で、独身術を二種類使えるの」

「侍狼ちゃんから、性欲が無いことと、全色盲の件は、聞いたのだよな」

「うん。……瀬良木は望月さんに、何か余計なこと言ってなかった?」

「え、何の話だ」

「いやいや、別に。続きをどうぞ」

「プラントされたことで、性欲と、視力の一部を失ったわけだ。埋め合わせとして、第六感が余分に一つ備わり、二種類の独身術が身に付いた――という仮説が、侍狼ちゃんの本人談だ」


 望月さんが瀬良木を見送り、救急車が来たところまで、話し終えた。


「搬送先は、私が万葉医大を指定した。病院にて診断の結果、ケガはどこも軽傷、疲労による熟睡状態、とのことだった。頭部を打っているので、精密検査も受けたが、異常無し。念の為入院、明後日には退院予定だ。私の方は問題無い。昨夜、病院を後にして、今は学校帰りだ」


 改まって言うのも照れ臭いけど、一応ね。


「ありがとう、望月さん。できれば起きたいんだよ俺。でも痛くて起きれんからさ」

「礼には及ばない。古森君が気絶してから現在までの出来事は、以上だ」


 俺の視界に、病室の出入り口がそろりと開く気配。入室する物音。まだ姿は見えない。


 誰だろう。医者かな。それとも看護師か。

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