第47節

「あら、起きたのね古森君」


 筧先生が、にこやかな表情で、望月さんの隣の椅子へ腰掛ける。


「筧先生! どうしたんですか」

「お見舞いに来たのよ。担任教諭だもの」

「そうですか。ありがとうございます。丁度良かった。僕、筧先生に質問が」


 俺が言い終える前に、筧先生は望月さんに問い掛けた。


「幻銭はどうなったの。お医者さんは、何か言ってたの」


 え。幻銭? 筧先生、今、幻銭って言った?


「レントゲン写真でバレたので、十円玉を誤飲したと伝えました。便と一緒に排泄される場合があるので、今回は特に処置を施さないそうです」

「そう。トイレに流されたら大変だわ。古森君には、注意させる必要があるわね。瀬良木君を呼んで、天眼で毎日チェックさせようかしら」

「侍狼ちゃんに頼らなくても大丈夫です。なぁ古森君。君は、幻銭の精気を自分で探れるか」

「えっ。飲み込む前は感じたけど、胃の中にある状態では、どうだろう。やってみるわ」


 筧先生に関する疑問はさておき、俺はブルムして、幻銭の精気を探った。


「……お。幻銭らしき精気が、あった。自分で感知できるわ。それより、あのー、筧先生」

「どうしたの、古森君。学校のことなら気にしなくていいのよ。あなたたちが、屋上に出入りしたことも、学校側には言わないし。……ん?」


 妙な雰囲気を感じたようで、筧先生の視線が、俺と望月さんへ、交互に数回向けられた。


「古森君。筧先生の件を、今まで隠してきて申し訳ない」

「あら、もしかして、まだ言ってなかったの。やだぁ、ごめんね古森君」


 スーツ姿の女性は、教壇に立つ時と同じ顔で、自己紹介する。


「才育園で研究者として勤務した経験を持ち、現在は万葉高校一年五組の担任教諭を務める、着帯者のヒューマン、筧未咲です。改めてよろしく」


 俺は、口を閉じることも忘れ、まばたきを断続的に繰り返した。


「幻銭を巡る私たち四人の揉め事に、筧先生を巻き込みたくなかった私は、古森君と緩菜さんに、筧先生の正体を伏せていたのだ。昨日までは、侍狼ちゃんにも口止めしてな。先週から始まった一連の騒動は、今日私が、筧先生に伝えたばかりだ」

「筧先生、でいいんですか。幾つか質問があります」

「いいわよ、差し支えない範囲なら、先生が何でも答えてあげる」

「瀬良木から聞いた話ですけど、メビウスは瀬良木に天眼が備わってることを知らないんですよね。着帯者である筧先生が、何で知ってるんですか」

「わたしは天眼の存在に気づいて、メビウスに内緒で、天眼の実態を解明したのよ」

「あぁ、成程。どうやって気づいたんですか」

「瀬良木君はね、街中に出る時は大抵ブルムしてるのよ。天道使は不必要なブルムを禁止されてるから、彼はメビウスから時々注意を受けてたわ。わたしは不思議に思って、瀬良木君に理由を尋ねてみたけれど、口を割らなくてね。彼の代わりに、望月さんから聞き出したわ。女同士の秘密ということで」


 筧先生が望月さんと目配せをする。


「瀬良木君は、全色盲だから、信号機の色を判別しにくいそうなのよ。天眼だとフルカラーで見えるから、ブルムするわけ。その件を契機に、わたしは彼の天眼を調べるに至ったわ」


 ふと俺は、無彩虹の色彩を思い返す。筧先生の話に、深く納得した。


「瀬良木曰く、天眼にも超音波が関わってるそうですね」


 筧先生は肯定し、長い黒髪を掻き上げる。


「古森君は、エコーロケーションという言葉を、知ってるかしら。別名、反響定位。動物が、超音波をはなって、その反響から、周囲の状況を知る能力のことよ。イルカとかコウモリとかが使うわ」

「名称は初耳ですけど、イルカやコウモリがそういう能力を持ってるのは、知ってました」

「そう。瀬良木君の天眼も、エコーロケーションの一種なのよ。エコーロケーションは、位置や形ぐらいしか分からないけれど、天眼は、色艶とかも含めて肉眼と同じように認識できるわ。尤も、彼はエコーロケーションという呼称を気に入らないらしくて、天眼と呼んでるのよ」


 名前の響きが、好みじゃなかったんだろう。まぁ瀬良木のことは、もういい。


「筧先生は、健康診断の結果、どうでしたか。確か、行き付けの病院で診てもらうとか」

「あ、それね、才育園のことよ。自分の体を診にいったら、不老長寿になってることが判明したわ。まるでバイオロイドみたいに。古森君のおかげで、わたしは永遠の二十二歳になったの。君が、わたしの夢を叶えてくれたのよ」

「あ、いえ、どう致しまして」


 オテント様で、ヒューマンが不老長寿になれるんだ。確定したな。


「オテント様のことは、以前からご存じだったんですか」

「えぇ。わたしは昔から四ツ葉町の住民だもの。オテント様は、小学生の頃から知ってるわ」

「例によって、望月さんや瀬良木と同じマンションに、住んでるんですか」

「そうよ。古森君、女性の住所を探ろうとするなんて、おませさんね」


 うろたえつつ潔白を主張する俺。艶笑する筧先生から視線を逸らすと、冷え切った顔の望月さんと目が合った。


「着帯者である筧先生が、なぜ高校の教師を務めているか、というとだな」

「はい」

「いいのよ望月さん。わたしから説明するわ。次の機会にね」

「そうですか。では古森君。私はそろそろ帰ることにする。独り暮らしの学生は忙しいのだ」

「わたしも失礼するわね。古森君、大便の際は、お腹の中に幻銭が残ってることを確認してから、流しなさいよ」


 望月さんが、足元に置いていた青いリュックを背負い、腰を上げる。筧先生は、俺に顔を近づけ、人差し指を、自身の口元に立てた。


「この医大はね、着帯者が携わってるの。一般の、職員や患者も居るけれど、着帯者なら融通が利くわけよ。病院側には、先生が話をつけてあるから、今はゆっくり休みなさい。新星さんの件も、学校側と家族側の、双方に旨く説明してあるわ」


 筧先生が姿勢を戻し、席を立つ。俺は、精一杯の自信を持って、伝える。


「……分かりました。僕、一日も早く幻銭を出します。必ず、オテント様をします。新星さんを元の姿に戻せるかは、約束できませんけど」

「オテント様のみぞ知るわけね」


 望月さんの表情が引き締まる。


「そう、古森君が、オテント様をするべきなのだ」

「うん。胃の中にあったもんだし、上下どっちから出てきても、汚いからね」

「幻銭は、洗浄すれば済むことだ。もっと大事な理由がある」


 どうしたの、改まって。


「私は、十代だが、ヒューマンではない」

「わたしは、ヒューマンだけど、十代じゃないものね。じゃあ、またね古森君。お大事に」


 手を振って退室する筧先生に、短く礼を告げた。ドアが閉まる。俺は望月さんを見上げた。


「言われてみるとそうだけど、望月さんもオテント様してたでしょ」

「入学式当日の私は、灯台下暗しだった。昨日の朝、侍狼ちゃんに指摘されてな。ようやく、灯台の足元が照らされたわけだ」

「“十代の人間”に、十代のバイオロイドは含まれないのかな」

「さぁな。とにかく、十代のヒューマンである古森君が儀式を実行すれば、確実だろ。だからこそ昨日私は、幻銭を所持している君に、手紙と共に全てを託したのだ。あの手紙は、私が図書室でやきもきしながら書いた物だ。侍狼ちゃんとの戦闘になる事態を、想定してな」

「……期待には、添えなかったね。結果的に、このザマだ。謝るべきは俺の方だよ。ごめん」

「侍狼ちゃんを相手に、よくやったさ。もはや彼も、私たちの一味だ。では、またな」


 望月さんが病室から去った。と思いきや、再びドアを開け、顔だけ見せた。


「古森君の自転車は、病院の駐輪場に停めてある。鍵はブレザーの中だ。乗って帰れ」



 明後日みょうごにちの午前中、三泊四日の入院生活から復帰した。帰宅後、筧先生から電話があり、大事を取るよう諭されたので、終日自宅で休養。新星さんの衣服類は、畳んで袋に入れた。


 幻銭は、上から出すより、下から出して取る方が楽だよな。汚いけど。出るまで待っとこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます