第七章 集いの場

第45節

 四月十七日、火曜。放課後、私は病院に赴き、古森君の入院している個室に入った。椅子に座った私は、ベッドで眠っている彼の様子を、見つめる。

 今月初めから今日に至るまでの、自身の体験を、回想しながら。



 四月一日、日曜。ホームセンターで雑貨を購入した際、釣り銭の中にギザ十を発見した。


 やった! ようやく手に入ったぞ。これで侍狼ちゃんを――。



 四月八日、日曜。万葉高校の入学式前日である。

 自宅にて、ひと足早く、指定の制服を纏ってみた。鏡の前で、体の向きを変えながら、自分の姿を映し出す。

 就寝前、ケータイで、天気予報に見入った。太陽のマークに、想いを馳せる。


 明日、晴れますように。頼むぞ、オテント様――。



 四月九日、月曜。朝、マンションの自室を出て、隣に住む侍狼ちゃんの元を訪ねた。玄関のドアが開く。互いに、ブレザーの制服姿を初めて見せた。私だけ笑みがこぼれる。


「何がおかしい」

「ブレザー姿は新鮮だと思ってな。私は、どうだ。似合っているか」

「……急激に歳食って見えるぜ」

「侍狼ちゃん。初日ぐらいは、ネクタイをきちんと締めて、Yシャツの裾を仕舞えよ」

「触るな。自分でやる」


 強めの日差しと、春風を浴びながら、自転車で最寄りの四ツ葉駅へ。高校生活が始まる。



 同日の放課後、一旦下校し、万葉駅で昼食を済ませ、万葉高校へ引き返した。

 到着し、一棟の屋上に立つ。左手で摘まんでいる、ギザ十を、空に向けて放り投げた。


「侍狼ちゃんを性に目覚めさせろーっ!」


 キャッチして、塔屋へ向かった。サムターンで開錠し、ドアを開ける。

 そこで鉢合わせした相手が、古森珠夜という男子だった。ホームルームで互いに自己紹介した際、彼のことは印象に残っていた為、氏名を覚えていた。

 屋上にて、貯水タンクの架台に座って古森君と語り合っている時、何となくブルムしてみた。相手の、微かな精気を探る。彼に不審感を抱かれぬよう、さりげなく。

 古森君は、エゴイストな己を曝け出していた。

 精気を感じることで、別に相手の発言の真偽など分からないが、人間性は仄かに伝わってくる。いかなる性格なのか、いかなる思考の持ち主なのかが、言葉にならない感覚として、心に染み込んでくるのだ。


 これが古森君の精気……。他者との接触を避け、我が道を行く、この雰囲気。侍狼ちゃんの精気に、少し似ている。侍狼ちゃんに比べると、いかにも人間臭い、精気だ。


 彼の言葉を受け止めながら、自分の心身が穏やかになっていくのを感じる。


 なぜだろう。古森君と一緒に居ると、何だか不思議な気持ちになる。

 初対面なのに、どこか懐かしい感じ。昔、出会ったことでもあるのかな。全然記憶に無いが。

 私の何かが、古森君を覚えている……? そのような、儚い感覚だ。

 侍狼ちゃんの傍に居る時とは違う。他の誰とも感じたことがない、独特の解放感がある。

 安らぎと、温もりと、面白味が、湯水の如く溢れ出る空間。源泉のような場所――。



 話が終わり、屋上を後にした。一階に下りて、自販機でギザ十を消費する。

 校門で古森君と別れた。丁字路を直進しながら、ケータイで通話を始める。


「私だ。なぁ侍狼ちゃん。普段と比べて、気分に変化はないか?」

[……敢えていうなら、オマエがなぜそんな意味深な質問をするのか、気になるぜ]

「何というか、その、変な感情が、湧いたりしないか」

[異変が起こってんのはオマエの情緒だ。オレは至って平穏だぞ]

「む、そうか」


 まぁ、オテント様をしたからといって、すぐには効果が無いかもな。


[訳分かんねえよ。ところでオマエ、今どこに居るんだ]

「学校の帰り道だ。万葉駅に向かっている」

[電話してねえで、とっとと帰れ、望月]


 通話終了。ふと、私の足が止まる。バドし忘れていたので、あることに気づいたのだ。

 古森君の精気からして、彼は校門前でとどまっている。

 振り向いて目を凝らすが、彼の姿を視認できる距離ではなかった。


 古森君、どうしたのだろう。あ、動いた。帰ったようだな。



 四月十日、火曜。登校時、万葉駅前の大通りを、侍狼ちゃんと並んで歩いていた。


「侍狼ちゃん。私たち、今回は別々のクラスになっただろ」

「オレが六組で、オマエは五組だったな」

「昼食は、一緒に学食で済まそう。どうせ弁当など作らないのだろ」

「同意してやる」


 一年五組の教室に着く。始業前、古森君から頼み事をされ、承知した。

 放課後、古森君の連れてきた、自称魔法使い志望の女子と、初めて対面した。同性ではあるが、彼女の端麗な容姿には、息を飲んだ。飾らない、気品を感じる美しさだった。



 四月十一日、水曜。体育の授業にて。コート上の私は当初、控えめなプレイにとどめていた。


 あぁ、もう……胸が凄く揺れる。男子たちに注目されてしまう。だが緩菜さんの方が目立っているから、彼らの視線は分散されそうだな。侍狼ちゃんは……そっぽを向いている。

 まてよ。侍狼ちゃんがもしも、緩菜さんで性に目覚めて、彼女のことを好きになったらどうしよう。……負けていられないぞ。私も目立たなければ。


 自陣から私が、相手陣内に居る味方へ、鋭いパスを出そうとした。ところが汗で手が滑ってしまい、ボールは明後日の方向へ飛んでいく。檀上に座っている古森君の、顔面に命中した。



 四月十二日、木曜。始業前の教室にて、ケータイを取り出し、天気予報を見る。


 明日の朝、儀式を決行か。古森君は楽しみにしているようだが、結果はどうなることやら。

 依然として侍狼ちゃんに変化は無い。私の願いは、残念ながら、叶わなかったようだ。

 全ての条件を、満たしていたはずなのに――。



 四月十三日、金曜。

 下校時、遠方から何者かの精気を感じた。隣に居た侍狼ちゃんが、現場へと走っていく。

 程なくして、菫さんが駆け寄ってきた。彼女から、頼み事をされる。

 無くしたギザ十を、翌日一緒に探してほしい、とのこと。

 菫さんの話を受けて、才育園から紛失したという幻銭を、否応なく連想した。しかしながら幻銭との関連性は、敢えて尋ねなかった。気になったので、彼女の頼みを聞き入れる。

 菫さんと共に、万葉駅から電車に乗り込んだ。座席に、隣り合わせで腰掛ける。

 電車に揺られていると、私のケータイが振動した。侍狼ちゃんからの電話だった。大事な話があるので、帰ったら自宅に居ろ、とのこと。


 大事な話とは、先程侍狼ちゃんが会ってきた相手のことだろうか……。


 自宅にて夕食時、テレビの報道番組に生出演する緩菜さんを見て、思わず手を止めた。予期せぬ彼女の登場にいささか動揺したが、受け答えする様子に、不自然な印象を持った。

 食事が済んだ頃、自宅を訪ねてきたのは、私服姿の侍狼ちゃん。招き入れて、彼の話を聞いた。

 侍狼ちゃんは語る。強い精気をはなっていた人物が、緩菜さんだったこと。彼女の持っているギザ十こそが、幻銭であること。幻銭の外観と、ギザ十の歴史について。

 私は語る。オテント様、及び二十年前の件を。更には、緩菜さんや古森君の願いを。

 そして、話の焦点となったのは、今後自分たちの行う、幻銭の処理についてだった。

 侍狼ちゃんと揉めていると、私のケータイが着信した。知人の天道使の番号だ。電話に出る。

 今朝からブルムできなくなったという相談。彼女と共に、原因を模索してみる。

 私は推測できたが、相手には伝えず、通話を終えた。

 緩菜さんがテレビ出演した件について、オテント様との関連性を疑う気持ちが、より強まった。

 私は、緩菜さんの願いが叶った模様であることを、侍狼ちゃんに伝える。彼は怪訝な面持ちだった。

 夜遅くまで話し合うに至ったが、互いの意見は平行線を辿った。



 四月十四日、土曜。朝、私の自宅を菫さんが訪ねてきた。共に電車で大黒に赴き、万葉駅前の大通りから万葉高校へ続く道を、長時間歩き回った。ギザ十は、見つからない。

 私は、前日の出来事が気掛かりで、幻銭を取り巻く幾つかの疑惑が募っていく。

 そんな状況下で、古森君に遭遇した。

 菫さんが岐路に就く。街中で、私は古森君と話し込んだ。不老長寿について、容赦無く追及する。結果、古森君の固い決意を、彼の言動から感じた。腕時計の件は、実に意外な提案だった。

 初対面から六日間――。古森君とのやり取りに、時には楽しさが芽生え、時には勇気が湧いた。

 自分たち四人で、或いは菫さんを加えた五人で徒党を組めば、活路をひらける気がした。

 私は、戒めに背くことを決心する。古森君と共に、万葉高校の学生寮へ向かった。

 二〇一号室の玄関前に辿り着く。紫ずくめの少女が、眠っている状態でドアを塞いでいた。

 古森君の自宅に入り、三人で夕食をとる。二人のヒューマンに、全てを打ち明けた。



 学生寮前で解散した後、万葉駅へ古森君の自転車を走らせていると、雨が降ってきた。通り掛かった書店に入り、暫く立ち読みをすることに。

 店から外に出た時、雨は小降りとなっていた。帰りの電車内にて、独りで腰掛ける。四ツ葉駅に着くまで、睡魔と戦った末、辛うじて勝利した。



 四月十五日、日曜。朝、自宅にて。私は物思いにふけっていた。


 オテント様は、幻銭を用いることで初めて効果を発揮する。肝心の幻銭は、緩菜さんが持っていた。私たちの手元にあるのだ。しかし、何だろう、この不安は。

 いざ願いを叶えても、侍狼ちゃんが私を好きになるとは限らない。彼が性に目覚めたら、変に意識してしまい、今の私たちの関係が崩れるのではないかという懸念も、ある。

 だが、もう後には引けないだろ。弱気になってどうするのだ。



 四月十六日、月曜。登校時、四ツ葉駅のホームに立つ。傍らに居る侍狼ちゃんへ、告げる。


「先週の土曜、古森君と緩菜さんに、組織関連のことを伝えた」

「あぁ? オマエ、どういうつもりだ。殺されるぞ」


 離れた位置に、菫さんの姿。彼女には届きそうにない声量で、侍狼ちゃんに詳細を語った。



 回想を終えた現在。私はしゃがんで、ベッドに両腕を置いていた。古森君の寝息が聞こえる。


 ……私は今まで、不毛な努力をしてきたわけか。他人に迷惑を掛けてまで――。

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