第40節

「先週金曜の夕方、望月さんちで、どんなやり取りがあったんだ」

「まずオレが望月に教えたのは、新星が幻銭を持ってること。加えて、十円玉の薀蓄と幻銭の関係もだ。幻銭が見つかったからには、才育園に返す方法を考えると、望月に打ち明けるのが手っ取り早いだろ。新星とは親交があるみたいだったからな」

「瀬良木は、幻銭を才育園に返却したいらしいな」

「おう。組織が血眼になって探してる物を、オレたちが発見して取り戻したとなれば、謝礼の一つでもあるんじゃねえか。第一、オマエらが幻銭を所持するのは、危険なんだぜ」

「で、望月さんの反応は」

「猛反対。コイツは、幻銭を用いた正式なオテント様で、叶えたい願いがあるんだとよ」

「それは俺も聞いた。内容は教えてくれんかったけど。ところでお前も、オテント様を知ってるんだな」

「儀式の実効性も、新星の願ったことも、古森の願ったことも、その場で望月に教えられて、初めて知った。古森が不老長寿になりたい件も含めてな。オマエは、自分の願いを叶える為に、あと三年近くも幻銭を所持するってのか」


 お前には渡さんぞ。幻銭も。望月さんも。


 俺は望月さんを見やる。悩ましい太股によって、今回もパンツへの道は封鎖されている。


「瀬良木は中学生の頃までに、オテント様の噂を聞いたことあったの」

「まぁな。オレは只の迷信だと思ってたぜ。尤も、ギザ十である幻銭を、連想したのは確かだ。四ツ葉中でオテント様した生徒が行方不明になったのは、今から二十年前。当時、まだメビウスは存在してなかったんだぜ」

「そうなんだ。メビウスなる組織よりも、オテント様なる儀式の方が、年上か」

「行方不明になった生徒は、肉体だけが消えた。その状況について、今の古森なら、メビウス絡みの何かを連想するんじゃねえか」


 瀬良木は口角を上げた。


「ひょっとして、透獣化、したのかな」

「どうだかな。もしもそうなら、他の生徒も無彩虹で透獣化して、もっと有名な事例になってただろうから、違うかもしれねえ。オレも真相は知らねえが、その行方不明になった生徒が儀式で用いたのは、幻銭だった可能性はある」


 幻銭を、今俺が持ってることは、天眼でバレてるのかね。


「望月さんは、昔から瀬良木にオテント様のこと黙ってたの」


 長く閉ざされていた望月さんの口が、若干開いた。


「危険な儀式だから、侍狼ちゃんには教えたくなかったのだが」


 幼馴染で片想いな、相手の身を案じてですか。仲がよろしいこった。


「緩菜さんの叶えた願いは、侍狼ちゃんにも関わることだから、もはや隠すわけにもいかないと判断した。言わずもがな、AとCは未経験ということになる」

「先週金曜当日は、望月んちで夜中まで話した。途中でコイツのケータイに、他の天道使……だった奴から電話が掛かってきてな。望月からオレも話は聞いた。まったくよ、ふざけた願いを叶えられたもんだぜ。このままじゃ天道使の人数は、減っていく一方だぞ」

「幻銭を、まだ返すわけにはいかない。私と古森君の間で、共通の願いもできたからな」

「何だそりゃ。オレは聞いてねえぞ。どんな願いだ」


 望月さんは、新星さんが透獣化した件を一部、瀬良木に語った。捕獲したことは伝えたが、方法や所在については、明かしていない。


「アイツ、透獣化したのか。それで今日休んでたのか。んでオマエらは、新星を元の姿に戻したいんだな」


 瀬良木は、左足を横棒から下ろし、望月さんの方に体を向けた。


「望月。古森の不老長寿は別として、オマエらの当面の願いが、無事に叶ったとするだろ」


 望月さんは短く返事をした。天道使二名が、鋭い視線を交わす。


「オマエらが幻銭を所持してるってことは、組織に始末される恐れがあるわけだぜ」

「確かにリスクは高い」


 俺は口を挟まず、二人の会話を見守っている。


「新星はオマエらの身近な存在だろ。アイツが元の姿に戻ったら、同じく組織に命を狙われるかもしれねえ。ふざけた願いを叶えた張本人だしな。一枚噛んだ古森にも、責任がある」


 俺は、振り回されてたのか、自ら首を突っ込んだのか。どっちだろう。


「今後三年近くも幻銭を所持されたら、オマエらだけの問題じゃねえんだぞ。身近な存在であり接触した天道使でもある、オレも例外じゃねえだろ。とばっちりを受けるのは、御免だぜ」


 俺、新星さん、望月さん、瀬良木。関係者は四人か。


「幻銭の所持や、新星の叶えた願い諸々が、もしもメビウスにバレたら、どうする気だ」

「そうなれば、たとえ幻銭を返却したとしても、私たちは始末されるだろう。殺されたくはないから、私も抵抗するさ。つまり、他の天道使と戦うことになる」

「もしやオレを、オマエら側の頭数に入れてんのか」

「侍狼ちゃんがメビウス側に付くというなら、私たち二人は敵同士となる」

「オレはともかく、他の天道使たち大勢を相手に、勝てると思ってんのか」

「幻銭を所持しているのは、私たちだ。こちらには、オテント様という手段がある」

「どんな願いでも叶うわけじゃねえんだろ。たとえ生き残ったとしても、組織からは生活費とかの供給を断たれるだろうぜ。やがては不老長寿となる身で、どうやって生き続けるんだ」

「もう一度言うぞ。こちらには、オテント様という手段がある」

「オマエらの都合良く願いが叶うとは限らねえだろ」

「AやCの経験が無い十代後半の日本人が魔法使いになるという、非現実的で複雑な願いが叶ったのだぞ。物欲に関する願いは無効だが、限りなく万能に近い儀式だ」


 そうか。たとえ組織に頼らなくても、オテント様を駆使すれば、衣食住を維持できるかもな。


「願いを叶える前に、幻銭を奪われたらどうするんだ」

「そのような事態を防ぐ為にも、私は古森君と緩菜さんに、事情を打ち明けることにしたのだ。先週の土曜に古森君と出会ったのは、偶然だったがな」


《是が非でも、不老長寿になりたいか》


 あの時俺に話した内容は、幻銭がメビウスに奪われた際を、考慮してのことだったんだろう。


「古森君の自宅前で緩菜さんとも出会ったのは、願ってもいない好都合な状況だった。古森君の自宅で、夜遅くまで二人に付き合ってもらったさ」


 長い夜だったな。極秘会議の後も含めて、実に、長かった――。


「事情を知った今の古森君は、幻銭をメビウスに返したいか? イエスかノーで答えろ」

「ノウ!」


 瀬良木は、うな垂れて溜息をついた。


「オマエらは、考えが甘すぎる。古森はともかく、望月はメビウスの恐ろしさを知ってるだろ。他の天道使らの総力もな」

「だからこそ、私としては、侍狼ちゃんも力になってほしいのだ」

「その話には乗れねえな。現代の日本は、長い物に巻かれてる方が楽な社会だ。生活の面倒はメビウスが見てくれるんだしよ。まして不老長寿ならメビウスの世話になった方がいい。戒めに反するのは、自殺行為だぜ」


 殺されたくなければ、戒めに従え、か。


「新星が透獣化した今、残ってるのはオマエら二人だけだ。なぁ望月。オマエは、古森が居るから、まだ平気な顔してられるんだろ。事情を知ってて、信用できて、幻銭の受け渡しをできる相手が居るから、まだ欲が出るんだろ」

「古森君は、口が堅いからな」


 瀬良木が両膝に手を当て、のっそりと腰を上げる。


「……おしゃべりは、ここまでだ」


 彼は俺の方に歩き、正面で立ち止まった。


「おい、侍狼ちゃん。何を」


 瀬良木は左手を上げ、人差し指を、俺の額に向けた。


「雨季の三刻さんこく――」

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