第六章 岐路に立つ天道使

第39節

 四月十六日、月曜の朝。早起きした俺は、一旦玄関から外に出た。二階の踊り場から見渡す上空は、無彩色だ。青い隙間は無い。


 晴れてたらオテント様しようと思ったんだけどな。でも丸一日曇りとは限らんだろう。


 昨日の疲れが残っているので、自宅に戻って寝た。普段の起床時刻を迎える。幻銭を持参して、自転車で万葉高校へ。ブルムせず、単なる未着帯者のヒューマンとして、校舎に入った。

 一年六組の教室前に差し掛かり、開けてあるドアから覗く。新星さんの姿は無い。登校時に出会ってもいない。


 俺が捕獲した透獣は、人違いじゃなさそうだ。


 生徒たちの中に、瀬良木と御手洗さんが居るのは、確認できた。俺は五組の教室に入り、荷物を自分の机に納めた。最前列左隅の席に歩み寄り、机の前でしゃがみ、小声で話し掛ける。


「望月さん。瀬良木の説得は、今日の、いつやるの」

「放課後、例の場所でする予定だ」


 望月さんは左手で、真上を指差した。


「侍狼ちゃんには、私が話をつけておいた。ところで幻銭は、今どこにあるのだ」

「ここに仕舞ってある」


 俺は親指を自分の右胸に突き立てた。腰を上げ、自席へ戻る。

 阿部が、先週金曜の報道で知った新星さんの件を、問い掛けてくる。俺は、真相を伏せ、適当に相槌を打った。やがて筧先生が入室。生徒らが席に着く。

 朝礼が済んだ。筧先生は、俺の前方を素通りして、教室から去っていった。


 俺がしたオテント様の件は、どうなったのかね。今はもう、それどころじゃないか。健康診断の結果については、事態が落ち着いてから、聞いてみよう。




 終礼後、望月さんが俺の傍に寄り、耳打ちしてきた。


「廊下の人通りが減るのを、待つぞ。私は侍狼ちゃんと共に図書室へ行く」

「そう。俺は、どうしようかな。教室に居るわ」


 一緒に本でも読んでたら、気が気じゃないだろう。


「ではのちほど、呼びに来る」



「古森君、起きろ。おい、古森君」


 闇の中、俺に何度も呼び掛ける声。肩を揺すられ、目を開ける。右隣に立ち、俺を覗き込む、望月さんの姿があった。


「ごめん、寝てたわ俺」


 窓越しの景色と、壁掛け時計で確認したところ、時刻は十七時前。教室内に二人きりだ。

 俺に同行を促した望月さんが、教室前方に歩んで身をどけた。すると俺の視界には、開けてあるドア越しの廊下に佇む、瀬良木の姿が。彼はズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。


 相変わらず、睨んでるような目つきだな。元々がその表情なんだろう。


 望月さん、俺の順で、廊下に出て右折した。俺の三歩先を、二名の天道使が横に並んで歩く。

 前方の二人は、互いの方を向くでもなく、無言で進む。俺も今は黙っておくことにした。


 おいおい。やけに殺伐としてるな。会話の一つもありゃせんわ。


 六組から八組までの教室にも、人の気配は無い。階段を上り、屋上へのドア前に立った。

 望月さんが略式詠唱の模造鍵で開錠。左手人差し指に氷を纏ったまま、右手でドアを開けた。彼女が先頭で、瀬良木、俺の順に通り、俺が屋上側からサムターンで施錠。望月さんは氷を砕いて足元に捨てた。沈黙を保つ天道使二名は、貯水タンクの方へ歩く。追尾する俺。


 瀬良木は模造鍵を予め知ってたんだろう。驚く様子は無かったから。天道使だもんな。


 俺たち三人は、貯水タンクの真下に来た。架台の横棒に腰掛けていく。中央に対して、十二時の方向に望月さん、二時の方に瀬良木、三時側に搭屋、六時に俺が位置する形となった。瀬良木は縦棒にもたれ、左足を横棒に掛け、左膝に左腕を乗せている。

 張り詰めた空気の中、口火を切ったのは、瀬良木。


「古森。話は望月から聞いたぜ。メビウス関連の情報は、頭に入ったんだな」

「おう、ひと通りな」

「先週金曜の夕方、オレが新星と会った話は、古森も知ってるだろ」


 冷淡な口調。ろくに会話したことのない相手だが、俺は物怖じしない。


「あぁ。詳しくは新星さん本人から聞いた」

「新星の、天道使にしちゃあ不自然な言動をしてる点や、ブルんでても邪気が残ってる点から、最近プラントされたイレギュラーな作品なんだろう、とオレは解釈した」


 こいつ、“ブルムする”ことを“ブルむ“って動詞みたいに言いやがる。


「だがな、奴の言動は、メビウスのことを知らねえ未着帯者そのものだった。秘密主義のメビウスが、そんな作品を野放しにするなんて、あり得ねえと思った。奴の正体を知りたくなったオレは、何か手掛かりはねえかと、所持品を透視させてもらった。気は進まなかったがな」

「透視! お前そんなことできるのか」


 座ってからの望月さんは、視線を下げたまま、黙り込んでいる。


「ハッタリかましてるって思うんなら、オマエの左胸内側のポケットに入ってる財布を覗いて、所持金を当ててやろうか」

「てことは、もう覗いてんだな。勝手に覗くな。それが、お前の独身術なのか」

「オレはこの独身術を、『天眼てんがん』って呼んでる」

「ん。メビウスが名づけたんじゃないの」

「メビウスは、オレに天眼が備わってることを知らねえんだ。オレ自身が、若干イレギュラーな天道使なもんでよ」

「ふーん。その天眼によって、新星さんが幻銭を持ってることに、お前は気づいたんだな」

「紙に包んであったから余計怪しかったぜ。まさか奴が幻銭を持ってたなんてよ。驚いたオレだったが、その場は透視したと感づかれねえように振る舞って、マンションを後にした。帰宅してから望月んちに行って、問い詰めたら、白状しやがった。一部始終をな」

「そうか。瀬良木、お前に一つ質問がある」

「何個でもいいぜ」

「幻銭の外見は、バイオロイドに明示されてなかったんだろ。昭和三十一年の十円玉が幻銭だってことを、何でお前は知ってたんだ」

「オレが才育園に居る時、天眼で幻銭を見たんだよ。透視だけじゃなくて千里眼としての機能もあるからな。只、実際には、千里も先はズームできねえ。ある程度近くの範囲までだ」

「成る程。幻銭の外見を知ったのは、いつ頃の話だ」

「オレが小学生の頃だ。好奇心旺盛な時期だろ。初めて見た時はそりゃあ意外だったぜ。謎のヴェールに包まれてたアイテムの形態が、十円玉とはな。昭和三十一年っていうやけに古い物だったから、オレは十円玉の歴史に興味が湧いて、ネットで調べた。内容については、望月がオマエに言った通りだ。先週の土曜に、十円玉の薀蓄聞いたんだろ」

「あぁ。昭和三十一年って刻印されてる十円玉は、発行されてないんだろ」

「昔から他の天道使たちも幻銭の実体を知りたがってたわけだが、オレは教えなかった。誰かが着帯者のヒューマンにバラしたら、オレが始末されるだろうからな。何しろ、組織が極秘にしてる情報だぜ。先週金曜の夕方までは、望月にも黙ってた」


 明かさんかった理由としては、幼馴染の身を案じてのこと、なのかね。お優しいこと。

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