第33節

 俺は、昨日から現在までのことを、脳内で整理する。やがて望月さんの名を呼んだ。


「どうした、古森君」

「望月さんは何で、俺や新星さんに、事情を次々と打ち明けたの」


 落ち着いて、情景を思い浮かべながら、俺は続ける。


「昨日望月さんは、瀬良木から話を聞いた。新星さんが天道使みたいにブルムしてた点から、例の願いが叶ったことを、望月さんは悟ったんだろう。加えて、新星さんの持ってるギザ十こそが幻銭だってことを、望月さんは知った。オテント様には幻銭が必須だってこともだ」


 昨日の望月さんに続いて、本日についても振り返る。


「今日の夕方、俺と出会ったのは偶然だろう。そして俺をブルムさせ、俺に魔道を使わせようとした。俺が魔道使になったことを、望月さんが確認したかったんだろう。更には、俺や新星さんの、目の前で、天道を使ってみせた。まるで、自分がバイオロイドであり、天道使であることの、信憑性を高める為に実演したみたいだった」


 望月さんと新星さんは、無言で相槌を打っている。望月さんの方が、反応は薄い。


「俺や新星さんへ、組織の極秘情報をバラすことで、望月さんに、どんなメリットがあるんだ。未着帯者に情報漏らしたら、メビウスに始末されるんでしょ。望月さんの目的は、何なの」


 望月さんの視線が、一旦テーブルに落ちる。もはや誰もお菓子に手を付けていない。


「私と共に、侍狼ちゃんを説得してほしいのだ」

「瀬良木を、説得? どういうことなん」

「侍狼ちゃんは、幻銭をさっさと才育園に返却するべきだ、という意向を示している。一方私は、まだ自分たちで所持しておきたいのだ」

「天道使二人の間で、意見が分かれてるんだね」

「正式なオテント様に実効があると確定したからには、私は叶えたい願いがある。だからまだ幻銭を才育園に返却したくないのだ」

「あらぁ、どないな願いなん」

「……この場では言えない。あと、古森君には、まだ一つ、願いがあるだろ」

「不老長寿のことか。確かに、叶えたいよ」

「幻銭をメビウスに返してしもうたら、ウチらは、もう二度と……」

「正式なオテント様をできなくなる、ってことか」

「それどころか、最悪の場合、君たちは始末されるだろう」

「やぁん。ウチまだ死にたくない」


 望月さんは、俺と新星さんを交互に見つめる。


「古森君。緩菜さん。侍狼ちゃんを説得する為、私に、力を貸してくれないか」


 俺は右拳を胸元に掲げて答える。


「いいですとも!」

「ウチも手を貸すわ。魔道使になれたのは、元はといえば、絵利果のおかげやからな」


 新星さんにオテント様のことを伝えたのは、俺。そして俺にオテント様のことを伝えたのは、望月さん。元凶というか発端というか、俺たちを振り回してる張本人は、望月さんかもしれん。


「ありがとな、二人共。実は来週の月曜、侍狼ちゃんを交えて、学校で話し合う予定だ」


 俺は時刻が気になり、目覚まし時計で確認する。


「あのー、望月さん。もう夜だよ。時間は大丈夫なの」


 今夜は俺んちに泊まってってもいいんだよ。明日休みだし。


「ではそろそろ、おいとましようか。最後に、一つ言っておく。着帯者を戒める、言葉をな」

「それって、昨日瀬良木が去り際に言うてた、“戒め”っちゅうやつなん」


 頷いた望月さんは、今日一番の、神妙な面持ちになる。


「法律や人道に背く活動。秘密主義。断ち切れない関係。組織に背けば死。生きている限り、束縛は永久に続く。それらの戒めを総称して、着帯者は、こう呼んでいる」


 望月さんは言い放つ。


「『禁断のメビウス』――とな」



 望月先生の特別授業、やっとこさ終わりか。ゲームの分厚い攻略本を一夜で読破した気分だ。


 俺たちは腰を上げた。玄関へ向かう。俺は見送ることを告げた。二名の客が、先に靴を履く。


「なぁ絵利果。菫には、協力してもらわへんの」

「そうだよね。天道使といえど、御手洗さんなら、俺たち側に付いてくれるかもしれん」

「菫さんには、今まで通りに接してくれ。迷惑を掛けたくないのだ。古森君と、緩菜さんと、私と、侍狼ちゃん。私たち四人の問題だ」


 玄関を出て俺が施錠。階段を下って駐輪場へ。俺は、自分の自転車の、鍵を差し出す。


「望月さん。俺のチャリ、貸そうか。万葉駅に置いて、月曜、学校に乗ってくればいいよ」

「お。すまないな。では、お言葉に甘えるとしよう。古森君のは、これだよな」


 遠慮なく鍵を受け取った望月さんは、俺の自転車を出して、跨る。一方新星さんは、真新しい、紫の自転車に乗っている。


「新星さん、大変だったね。色々と」

「今週な、ウチもう、しんどいわ。明日はゆっくり休む」


 俺も疲れたな。何かで癒されたい気分だ。


 俺は目を閉じて、こっそりブルムしてみた。望月さんの精気を感じようとしたのだ。


「あれ。望月さん、今はバドしてるの」

「本来、不必要なブルムは禁止だ。長時間のブルムは疲れるしな。君たちも程々にしておけよ。ちなみに、睡眠や気絶等で意識を失った際も、自動的にバド状態となるぞ」


 別れを告げる三者。学生寮を出て、望月さんは東に左折、新星さんは西に右折していった。

 俺は、彼女たちの姿が、闇に消えゆく様を見届けた。道路上で佇む。


 瀬良木を説得っていっても、果たして、話し合いで解決するんだろうか。

 もしも幻銭を巡って、瀬良木を相手に戦うことになったら、今のままじゃ俺は役に立てないだろう。新星さんと違って、俺は、まだ魔道を使えてないんだから。

 昼間に外で練習するのは、人目が気になるよな。誰も居ないから、今ここでやってみるか。


 ブルムしている俺は、魔道の練習を始めた。あまり声は出さず、様々な構えをして試す。技っぽくない仕草も交えて、思い付く限りの動作をした。辺りに、人や車の通行は無い。

 暫く続けていると、不意に俺は顔を歪めた。


 ……ん。何か変な匂いがする。臭っ。すげー臭いぞ。


 突如感じだした、異臭。鼻を塞いでみたが、心身に染み込んでくるかのような感覚だ。その点は精気と似ているが、今回のものは、不快感や嫌悪感を伴う。


 鼻塞いでも感じるってどういうことだ。……まてよ。これ、匂いか?


 俺は手を放し、バドしてみる。途端、全く感じなくなった。

 再びブルム。また異臭じみたものを感じる。


 ブルムしてる時だけ匂うってことは、精気みたいに、第六感で認識してるもんなのかな。


 周囲の様子を探る。どうやら、新星さんの進んでいった西の方向から、漂ってくる。


 もしや、新星さんの身に、何かあったんだろうか。

 望月さんはバドしてたから、この異変に気づいてないだろう。

 どうする。俺が行くべきなのか。こんな夜中に。


 二〇一号室の窓を眺めた。消灯せずに出た為、明かりが灯っている。

 一瞬の、葛藤。

 俺は西へ駆け出した。危機感が増していく。走らずにはいられなかった。閑静な住宅街に、足音を鳴らす。


 もーう、生憎チャリは望月さんに貸してるんだもんなぁ。


 顔に、ぽつりぽつりと、水滴が当たり始める感触。


 うわ、雨降ってきた。踏んだり蹴ったりかよ。


 上空は黒い雲に覆われており、月も星も見えない。暗闇の中、雨脚は強まっていった。



 あのまま家に戻って、零ちゃんでも見てたら、後悔するような気がしたんだ。

 僕は今、自分の選んだ行動に、最善を尽くしたい。

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