第32節

「私は、魔法使い改め魔道使が、天道使と同じくブルムできるようになった要因として、思い当たることがある」


 お、その件は俺も気になってた。


「私が君たちに組織の情報を漏らしている理由に、関連することだ。事の発端は、先月初旬の、ある日」


 俺は、望月さんの話が、核心に迫っていくことを予感した。


「場所は、メビウスの研究所である、『才育園さいいくえん』」


「サイークエン?」と、俺と新星さんは外国語っぽく発音した。


 望月さんはケータイを操作後、画面を俺たちに見せた。写真ではなく、望月さんが今打ったと思しき“才育園”の三文字が表示されている。無言で、ケータイをポケットに戻した。


「当日メビウスは、普段から才育園に存在する、ある物を、紛失した。その名称は、幻のぜにと書いて、『幻銭げんせん』という」

「どないなもんよ」


 幻の……銭……。


「実物がどのような外見かは、バイオロイドにも、明示されていない。研究者曰く、幻銭は、メビウスの各研究に欠かせないアイテムである、とのことだ。バイオロイド、天道、不老長寿、それら全てが、幻銭の力を元にする、メビウスの科学力によって成し得たものだ。幻銭は、現代の一般的な科学を超越した、神秘なる物質なのだ」

「そんなレアアイテムなら、厳重に管理されてそうなのに、何で無くなったの」

「原因は、バイオロイドに明かされていない。研究者たちも、幹部の者以外は真相を知らないそうだ」

「お偉いさんたちの間で、秘密にしてるのか」

「怪しいなぁ。ワケありなんやろか」

「メビウスは、紛失した幻銭を捜索中だ。詳しい事情は、私も知らない――が」


 望月さんが目で指し示す。


「経緯がどうであれ、現在、幻銭の持ち主は、ここに居る」


 望月さんの視線の先は、怪訝な顔つきとなっている、新星さんだ。


「新星さんが持ってるの?」

「そないなもん、ウチは――」

「持っているのだろ。緩菜さんは、その物体が、幻銭だと知らずにな。今も、財布の中に入れてあるのか」


 望月さんの言葉に、俺が連想したのは、一時期は自分が所持していた、とあるコイン。


 そうなの? そう繋がるのかよ。そこに行き着くのか。


「新星さん。例のギザ十、出してみて。オテント様で使ったやつ」


 新星さんは、おもむろに財布を取り出し、小銭の中から、紙に包まれた物を摘まみ出した。開いた紙は、以前見た通り、レシート。露わになったギザ十を、摘まんで見つめる。


「これが、幻銭なん。只のギザ十ちゃうの」

「緩菜さん。その十円玉に何年と刻印されているか、読んでみろ」

「……昭和三十一年。この年がどうかしたん」

「せっかくだ、古森君にも見せてやってくれ」


 新星さんから手渡された。刻印されている年を確認。俺が様々な角度から睨み続ける中、望月さんは語り始めた。


「日本政府が十円硬貨の製造を開始したのは、昭和二十六年。当時から縁にギザギザが付いており、のちにギザ十と俗称される由来となる。実際に発行され始めたのが、昭和二十八年。刻印自体は昭和二十六年の物から存在する。ギザ十が製造されていた期間は、昭和二十六年から昭和三十三年までだ。昭和三十四年からは、ギザギザの付いていない、現行の物となった」

「だからどうしたっての」

「昭和三十一年だけは例外であり、その年、十円硬貨は、一枚も発行されていないのだ」

「……へぇ。何でだろうね」

「金を作る為にも、金が必要。私の推測だが、コストの問題か、需要と供給の関係だろうな」

「ほな、そのギザ十は、何なん」

「常識的に考えれば、偽造硬貨、或いはエラーコインという線が妥当だろう。しかし、確かな事実の数々は、この幻銭に関わった古森君や緩菜さんが、良く理解しているはずだ」

「存在しないはずの十円玉だから、幻の銭、故に幻銭、ってことか」

「結局のところ、只のギザ十を用いたオテント様では、効果が無いのだろうな」

「実際、そのギザ十をつこたオテント様で、ウチの願いは叶ったんやしなぁ」


 望月さんが痩せんかったことも、また事実だ。只のギザ十では叶わんかったんだ。


「ほな、オテント様のやり方って、正式には、幻銭を使うわけやんな」

「その解釈で正解だろう。幻銭の力で生まれ変わった天道使と、幻銭の力で目覚めた魔道使。双方の特徴が酷似している点も、大きな判断材料といえる」

「だけどさ、発行されてない十円玉だからって、これが幻銭だとは、限らんじゃないの」

「幻銭の詳細な外見を知っている者が、以前から私の身近に、少なくとも一人居るぞ」

「誰なん」

「侍狼ちゃん」

「……何で瀬良木は知ってんの。バイオロイドには、明かされてないんでしょ」

「理由については後日、本人から聞いてみればいい。緩菜さんが所持していることを、彼が知った理由も、含めてな」

「絵利果は、幻銭の詳しい見た目を、いつ知ったん」

「昨日の夕方、侍狼ちゃんから聞かされた際に、初めて知ったさ。今古森君が持っているギザ十は、幻銭に間違いない。まさか、ここまで身近なところにあるとはな。とんだ茶番だ」

「新星さんは、このギザ十もとい幻銭を、どうやって入手したの」

「そやから知れへんって言うてるやん。財布の中に入ってたんよ。ウチが買い物した時にお釣りで手に入れたんやろうよ」

「じゃあ元を辿れば、誰かが幻銭を、才育園の外に持ち出したってことかな」

「その説は有力だろう」

「誰が、何の為にやろか」

「才育園って、未着帯者も出入りできるの」

「許可があれば出入りは可能だが、幻銭を持ち出すことなど不可能だ」

「つまり、着帯者の仕業か。ヒューマンとバイオロイドのどっちなのかは知らんけど。どんな目的だろう」

「オテント様をする為、かもしれないぞ」

「だとすると、その人物は、オテント様の正式なやり方を知ってたんだろうね」

「そやかて幻銭は、何でウチの手に渡ったんやろう」

「オテント様は、ギザ十を“消費”する必要がある。才育園から幻銭を持ち去った者が、儀式後、何らかの理由で手放したとしよう。幻銭が社会に紛れ込んだら、どうなると思う?」

「一般人は、幻銭を見ても、只の十円玉としか思わんだろう。ギザ十だってことには気づいても、刻印されてる年については、不審に思うこともないだろうね」

「ギザ十の薀蓄なんて、専門家やギザ十コレクターしか、知らんやろな」

「未着帯者の一般人が、幻銭を単なる十円玉だと認識して受け取り、十円硬貨として消費。そのまま直接、或いは第三者に消費されていき、偶然緩菜さんが手にした、と推測できる」


 そして入学式当日の朝、自販機に偽金扱いされ、俺が所持するに至ったわけか。

 全ては、幻銭に繋がるのか。

 俺と新星さんの出会いも。オテント様も。メビウスも。


「才育園から幻銭を持ち去った人は、どないな願いがあったんやろなぁ」


 俺は、幻銭の紛失について、先程から気になる点があった。


「ねぇ望月さん。その持ち去った人って、もしや」


 思い浮かんだのは、謎だらけの人物。


「御手洗さんなの?」

「えっ、菫? あいつが関係あるん」


 俺はひとまず新星さんに、本日御手洗さんと遭遇した件を伝えた。望月さんの返答を待つ。


「私が彼女から聞いたのは、ギザ十を無くしたから探すのを手伝ってくれ、ということだけ。無くしたのが幻銭だとは言われなかったし、才育園の話などされなかったぞ」

「そう……。ていうか御手洗さんも、やっぱり」

「あぁ。菫さんもバイオロイドであり、天道使だ」

「そうなんや。あいつもかぁ」

「菫さんが才育園から幻銭を持ち出せた、とは思えないが。いずれにせよ、真相は闇の中だ」


 長く続いた会話が、ようやく途切れた。俺が幻銭を、テーブル上に置く。新星さんが手に取り、元通りに財布へ収めた。

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