第31節

 新星さんは、瀬良木が去った後の話に入る。青年は、警察に自首したそうだ。


 最後に美少女と会話できて良かったな、おっさん。


「通報しはったのは、同じマンションに住んでる人らしいわ。交通事故の件も含めて、ウチ事情聴取されてな。魔法についてホンマのこと話すのは危険やと思たから、適当にごまかしたわ。しまいにはマスコミが取材に来るわ、テレビのニュース番組に生出演するわで、ウチもうてんてこ舞いやったわよ」


 その頃トップランカーたちは狂喜乱舞していたのだった、と。


「インタビューの模様を見た限り、新星さんは、やけに嬉しそうだったね」

「だってテレビに出れたんよ。しかも全国ネットの生中継。日本中の人が、今ウチを見てはるんやって思うと、興奮したわぁ」

「だからって、生出演せんでも。顔や名前を出すことに、抵抗は無かったの」

「マスコミの人からは、任意やって言われたわ。ウチな、こないな機会は二度と無いかもって思たんよ。それに、いわゆる、時の人っちゅうやつに、なってみたいなぁって」

「ならねーよ」


 ネット上の一部を除いてな。


「トップニュースではなかったけど、全国のニュースで流れたんだよ。新星さん、そういうのは御免だって、言ってたでしょ」

「魔法のことはバレてへんから、ええのよ。その後地方のニュース番組にも出演する予定やったんやけど、視聴者から苦情が、えらい来はったらしくてな」

「うん。それは知ってる。君としては、出る気満々だったの」

「もちろんよ。残念やったわぁ。余計なことしてくれはったわよ、まったく」


 ……何というか、俺の取り越し苦労だったのかな。新星さん平気な顔してやがる。


「ほんでな、マスコミの取材後は、ウチの家に帰って、魔法使う練習したんよ。家族にバレたらまた一悶着やろうから、自分の部屋でこっそりな。ちっさい球体を出して、動かしたり消したりしてた」

「一度使ったら、以降は自由自在に扱えるのかな」

「いや、今朝からは、球体を出そうとしても出えへんのよ。どないしたら出てきはるんやろうって考えてた。ほんで、ふっとな、初めて魔法つこた時のこと、思い返してみたんよ」

「交通事故の時ね」

「うん。車にはねられる直前、ウチには妙な感覚があったわ。さっきも言うたように、体から不思議な力が解き放たれるような感覚よ」

「その感覚があった直後に、魔法使えたんだもんね」

「イメージ的には、自分が花やとしたら、花びらが開くような感じなんよ」


 新星さんの例えを受けて、俺と望月さんが、視線を交わした。


「あの感じになれば、また魔法使えるんやないかな。あんたらも何かヒントを得てへんかなと思て、ウチは今日が待ち遠しかったんよ」


 暫く閉ざされていた、望月さんの口が、開かれる。


「緩菜さん。古森君から、大ヒントがあるそうだ」

「えっ、俺が言うの。例の、封印の解き方を言えば、いいんだよね」


 俺は、望月さんから教わった方法を、新星さんに伝えた。


「えーと、ウチが、花だとして、咲けばええんやろ」


 新星さんのまぶたが閉じた。実行しているのだろう。程なくして、目を見開いた。


「あぁっ、これよ! この感覚! 魔法をつこた時の感じやわ。……ん。何やろ。ええ香りがする」

「緩菜さんが今感じている、いい香りのようなものは、私の精気だ」

「へぇ。そうなんや。この状態なら、使えるかも」


 新星さんが右掌を天井に向けた。彼女の右手に、俺と望月さんも、視線を注ぐ。

 掌の中心から、赤い光が発生。ピンポン玉程度の大きさの球体となり、浮かび上がった。


「おぉ……」


 俺は、本日既に望月さんの天道という超常現象を目撃したので、さほど驚かなかった。


 本当に、魔法使いになったんだな、この人。


 見入る俺に対し、新星さんはしたり顔。望月さんは平然と、球体を見つめている。


「ウチな、この魔法の名前は、考えておいたんよ」


 新星さんは、自分のペットでも紹介するように、発表。


「『超新星スーパーノヴァ』って名づけたわ」


 俺は、超新星スーパーノヴァを観察しながら、記憶を辿る。


 ――ゲームとかで、よく聞くよな。実在する言葉だ。ネットで調べたこともある。

 別名、超新星ちょうしんせい。短くいうと、星が爆発する現象だ。地球から観測した場合、急に明るい星が出現したように見えるらしい。それとは別に、ノヴァ、つまり新星しんせいっていう現象もあるんだけど、スーパーノヴァの方が、遥かに明るく輝くんだと。だからってスーパーを付けるのは安易な気もするけどさ、命名主の気持ちは理解できる。実際は、星が生まれたんじゃなくて、星が一生を終える時に放つ、最後の輝きらしい。


新星にいぼしさんだけに?」

「偶然やろ。星みたいに重力のある球体が、爆発するんやから、ふさわしいやん」


 今回の願いは、新星さんのイメージを基に叶えられたんだろうから、そんな都合良く自分の名前にちなんだ魔法が使えるようになっても、おかしくないよな。


「さて、出したはええけど、この超新星スーパーノヴァ、どないしようかなぁ」

「安全な所で消してね」


 新星さんは超新星スーパーノヴァを更に上昇させ、手を握った。一瞬の閃光と、風船が破裂するような爆発音。


「新星さんの願いが、叶った。つまりオテント様は実効性のある儀式ってことだよね」

「そのようだな。単なるまじないではなかったことが、証明された」


 はて。望月さんの願いは叶わなかったのに、何で新星さんの願いは叶ったんだろう。


「珠やんは、何で封印の解き方なんて知ってるん」

「今日、望月さんから教わったんだ。俺自身は、まだ魔法の封印を解くまでしかできんけど」

「封印を解く、というのは、例え話だ。正しくは、メビウスの専門用語がある」

「またメビウスの話に戻るんやな」

「緩菜さんがスーパーノヴァを出す前にしたのは、『ブルム』という行為だ。ブルムとは英語のブルームからきており、開花、という意味。なぁ緩菜さん。今度は、蕾んでみてくれ」


 新星さんは、長めのまばたきを一つ。


「あっ。普段の感覚に戻ったわぁ」

「その状態が、『バド』。英語で、蕾という意味だ。バドは、普段の私たちの状態。一方ブルムは、メビウスのバイオロイドだけができる……はずだった」

「例外がここに二人居るのは、何故なにゆえでしょうか」

「オテント様で緩菜さんが叶えた、願いが、原因だろう」

「ウチらがオテント様で魔法使いになったからって、メビウスのバイオロイドと同じようにブルムできるのは、何でなん」

「……その点については、別の話を通じて、分かるだろうさ」


 順序立てて伝えたいんだろう。メビウスの話が始まってから、膨大な情報量だもんな。


「先刻からバイオロイドと呼んでいるが、天道を使える者は、特別な呼び方があるのだ」


 望月さんが、左手の甲を俺に向ける。


「普段はバドで過ごし、組織が認める場合に限り、ブルムして、天道を用いる。私や侍狼ちゃんを含め、そのようなバイオロイドを、メビウスは、こう呼ぶ」


 彼女の左手首から先が、分厚い氷で包まれた。


「天道の使い、と書いて、『天道使てんどうし』――とな」


 氷ごと握りしめた。手袋が、多数の細片と化し、卓上に舞い落ちる。望月さんも視線を下げた。


「すまない。私としたことが、調子に乗って、散らかしてしまったな」

「全くもって構わんよ」

「なぁ。組織が、天道をつこてもええって認めてはるのは、どないな場合なん」

「天道は、身の危険が迫った際に限り、使用が認められる。もちろん、未着帯者にはバレぬよう、こっそりとな」

「さっき模造鍵を使った時は、別に危険じゃなかったよね」

「天道の使用を規則上は制限されているだけであり、使おうと思えば、自由に使えるさ」


 どういうわけか、今日の望月さんは、メビウスのルールを破りまくって、俺たちに情報を伝えてるんだよな。


 望月さんは、昨日の夕方以降に於ける、望月さんの自宅での出来事を、語り始めた。


「侍狼ちゃんが来て、二人で話し込んでいると、私のケータイに電話があった。相手は、私の知人である、着帯者のバイオロイド。社会人の女性で、たぶん君たちの知らない人物だ」

「その人も天道使なの」

「厳密に言えば、天道使だった、バイオロイドだ。普段の平日は、メビウスの研究所に勤めていた。職務内容は、新人のバイオロイドに対する、天道使としての教育。要するに、天道の先生といったところだ。何人か居るうちの一人な。彼女の名を、ここでは仮名として、つぼみさん、と呼んでおく」


 内容は、こうだ。と前置きして、望月さんは電話で聞いた蕾さんの話を伝える。


「今朝から急に、ブルムできなくなった」

「ちょい待って絵利果。その今朝っちゅうのは、昨日、つまり金曜の朝やんな」


 肯定した望月さんは、金曜当日に於ける蕾さんの話を続ける。


「彼女曰く、早朝の自身に異常は無く、午前七時二十分頃、ウォームアップの為にブルムして天道を使っていた。ところが七時半を過ぎた頃、自分が突然バド状態になり、全くブルムできなくなった」


 その日時といえば、何があったのか。俺は、新星さんの願い事を、連想した。

 俺と新星さんが視線を交わす。互いに黙って、望月さんの方を向いた。


「同僚の天道使たちや、新人のバイオロイドたちに尋ねてみると、同じく今朝からブルムできない者が、数名居た。研究者にも相談したが、今回の事態は前代未聞であり、原因不明とのこと。現在、メビウスは調査している。あなたは大丈夫だろうかと思い、電話した次第だ」


 そう言われた、と望月さんが話を区切る。


「……昨日の朝は、オテント様したよね、新星さん」

「珠やん、いけずなこと言わんといて。そやかて魔法使いと天道使は、別物やろ」

「私な、念の為、蕾さんに聞いてみたのだ。あなたは、Aの経験がありますか、とな。相手に怪しまれぬよう、さりげなくだぞ。だからCのことなど聞けたものではない。返答によると、蕾さんは、ファーストキスを済ませていた」

「……天道使にも、新星さんの願いが、適用された、ってことか」

「オテント様が、天道使も魔法使いに含まれる、と見なさはったんやろな」


 魔法使いって、漠然とした表現だよな。異能力者の類全般、って解釈することもできる。天道使を含めることだって可能だろう。オテントのさじ加減一つで。


「望月さんは、真相について、蕾さんにどう話したの」

「言えるわけないだろ。伏せておいたさ。電話が済んだ後、侍狼ちゃんには打ち明けたがな。只でさえ揉めていたから、余計に話が長引いた」

「なぁ。蕾さんって、成人なん」

「天道使は全員、肉体年齢が未成年だ。二十歳以上の被験者をプラントして、たとえ成功しても、そのバイオロイドはブルムできないのだ。ひいては天道も使用不可能。十代の天道使が二十歳になった場合も、例外ではない。だからこそ、肉体年齢の上限は基本的に十九歳と設定されている。天道を使える者だけが、天道使と呼ばれるのだ」


 ふと、新星さんが俺に耳打ちしてきた。彼女はもじもじする。


「魔法っちゅう呼び方、……ダサいことあらへんかなぁ」

「えぇっ、今更ぁ? 君が言いだしたことでしょ、まほーまほーって」

「今日び、魔法って。古臭い言葉やん。なぁ。思うやろ。魔法って」

「まぁ正直、幼稚な感じはするよ」

「えらい陳腐やんな。オリジナリティーに乏しいやんな」

「じゃあどう呼ぶのさ」

「天道に対抗して、『魔道まどう』! ほんでウチと珠やんは、魔道の使いと書いて、『魔道使まどうし』よ!」

「独創性には、欠けるのではないか」

「ええやん、温故知新っちゅうやろ!」

「魔法や魔法使いよりは、俺も賛成だ」


 新星さんがお菓子を頬張り、咀嚼する音が室内に響く。俺と望月さんは飲料を口にした。

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