第30節

 望月さんは、買い物袋からお菓子を取り出して、開封する。


「何だか、すまなかったな。辛気臭い話とかもしてしまって。これ、二人共食べるか」


 俺と新星さんが礼を言って、手を伸ばした。お菓子を食べながら話す。新星さんは、昨日テレビの報道番組に出演した件を、語りだした。


「あんたらも見たん。その話をする為にも、ウチわざわざ来て、帰りを待ってたんよぉ」


 下校時に俺と別れた後、ナンパをされ、信号無視をしたところまで話した。


「無茶するなって言ったのにぃ」

「だってしつこかったんやもん。カラオケボックスに連れ込まれたら、何されるか分かったもんやあらへんわ。それに、もしAかCを経験したら、魔法使えへんようになってしまうもん」

「そうだよね。男はみんな、性欲の塊だと思った方がいいよ」

「ほう。即ち古森君は、……性欲の塊なのだな」

「……ノーコメントです。話の続きを頼む」


 交通事故の後、球体に乗って現場から飛び去ったところまで、意気揚々と喋った。


「何が翌日の日の出からだよ。儀式した当日に、魔法使えたがな」

「ノーヒントなんやから、ウチにも分かるわけないやろ」

「それにしても、ピンチの時に、都合良く魔法が使えたのは、何補正なのかねぇ」

「そらぁ、まぁ、けがれのあらへん、美少女、補正、ちゃうかなぁ」

「どうせ言うならもっと堂々と言え」


 望月さんは黙って話を聞いている。続ける新星さん。

 球体が爆発し、自転車が砕け散ったところまで、臨場感たっぷりに語った。


 望月さんの予想通り、爆発させたの本人かよ。インタビューで言ってたことは作り話か。


 轢き逃げ犯とのやり取りを、眉間に皺を寄せて伝えていく。


 おっさんは、こんな美少女に詰め寄られて、さぞや動揺しただろう。


 瀬良木が来てからの出来事に、話が移る。口調は興奮ぎみだ。


 昨日の下校時、瀬良木は望月さんと一緒に帰ったんじゃないのか。何で新星さんちの方に。しかも瀬良木だけで。


 新星さんの体験談が続く。まずはセイキというものについて、瀬良木と会話したところまで。


「ウチは結局、セイキっちゅうのが未だに分かれへんのよ」

「もしかして、メビウス関連の言葉なのかな。どうなの、望月さん」


 望月さんは、凛々しい声で答える。


「『精気せいき』とは、万物を生成する根源の気。あらゆる、生物も、物質も、精気を持っているのだ」

「そないなこと、理科で習ったかなぁ」

「学校で教わるようなことではない。そもそも未着帯者は、精気が実在することを、誰も知らない。だがな、日本語として存在している言葉だ。辞書に載っている」

「え、そうなの。ちょっと待ってて。俺、調べてみるわ」


 俺は棚から国語辞典を取り出した。望月さんに精気の漢字を尋ね、辞書を引く。


「あ、ほんとだ。意味も同じだわ」


 ん、でもこれって……。


「この精気ってさ、言葉としては存在するけど、科学的には、実在することが証明されてないもの、だよね。例えば、幽霊の霊気とか、妖怪の妖気とか、そういう類の言葉でしょ」

「世間一般の常識ではな。しかしメビウスは、精気が実在することを科学的に発見したのだ。だからそのまま、精気と呼んでいる」

「発見したのかよ。さすがだなメビウス」

「古森君。今日、魔法の封印を解いている時、私の方から、いい香りのようなものを感じただろ。あれが私の精気だ」

「そうなんだ」


 望月さんの精気、とってもいい香りがしたよ。


「なぁ、魔法の封印って何なん」

「緩菜さんには、後で教えてやる」

「……精気がええ香りするっちゅうことは、昨日ウチが感じたのは、瀬良木の精気なんやな」

「ねぇ望月さん。精気の認識には、嗅覚が関わってるの」

「匂いのように感じるのは、錯覚だ。実際に認識している感覚は、いわゆる第六感だ」


「第六感!」と、ヒューマン二名の声が調和した。


 新星さんが話を続ける。今度は、時間が停止したような状態になったところまで。身振り手振りを交えて伝えられた。俺にとって、思わず聞き入る内容だった。


「あの状態を、何て呼ぶん。案の定、絵利果は知ってるんやろ」

「時空を走る、と書いて、『時空走じくうそう』だ。せっかくだから、古森君にも体験してもらおう」


 望月さんは俺に、片手を差し出すように促した。俺が右手を伸ばすと、望月さんに左手で甲を握られた。


「緩菜さんは、少しばかり待っていてくれ。すぐに終わるから」

「何や、あんたらだけするん。瀬良木にもされたけど、それってな、手ぇ掴まなあかんの」

「時空走を、天道使一人ではできないのだ。少なくとも相手が一人必要だ。相手とは、肉体同士で直接触れ合っている必要がある。衣服の上から触っても効果は無い。尚、れる体の部位は問わない」

「はよしいよ」

「この室内で、私たち以外に動いている分かりやすい物といったら、時計ぐらいか。古森君、目覚まし時計の秒針を、よく見ていろ」


 俺が凝視する。突如、秒針が静止を保った。望月さんが手を放す。


「これが時空走だ」

「確かに、時間が止まったみたいに見えるけど、地味で実感が湧かんなぁ」


 望月さんが右手を俺の方に伸ばし、袖を若干捲る。手首には、例の腕時計が。


「あぁっ! ……止まってる。太陽電池で動く時計なのに」


 日頃から室内の明かりによる充電だけでも、電池が切れたところは見た覚えがない。たかが腕時計ではあるが、俺にとっては衝撃的な光景だった。


 あ。俺の腕時計を望月さんが付けてると――


《その腕時計は、世界で珠やんだけが装備することを許されるんよ》


 新星さんから文句言われそうだな。


 新星さんを見やると、不機嫌な面持ちで全身が固まっていた。まばたきもせず、視線がテーブルの一点に定まっている。


「新星さんの、っていうか世界の時間は、今止まってるの」

「私たちからは、世界が停止したように見えるだけだ。実際には時間が進んでいる。世界は止まってなどいない。私たちが速くなったのだ」

「俺たちが、速くなった?」

「時空走中の者は、時空を超えた存在となるのだ」

「意味が分かりそうで、分からんよ」

「君が、原理を理解する必要は無い。私たちは今、僅か先の未来に居る、と思えばいい」

「ここは現在の世界じゃないの」

「世界は現在だ。私たちの肉体だけが未来に来ているのだ」


 成る程、分からん。


「じゃあこの新星さんには、俺たちの声が届かんの」

「そういうことだ。動かすことはできるがな」


 望月さんは、新星さんの肩をそっと押す。新星さんは表情を変えず、無言で横倒しになった。


「さて、戻るぞ」

「新星さんは、このままでいいの」


 俺は望月さんに手を差し出そうとしたが、彼女曰く、戻る際は不要とのこと。

 次の瞬間、俺は望月さんに、右手の甲を掴まれていた。位置関係は、時空走をした直前の状態だ。新星さんは倒れていない。目覚まし時計から、秒針の動く音が聞こえる。


「今のが、時空走。天道の一つだ」

「お、おう」

「あら、もう終わったん。一瞬やな」


 新星さんから見れば、正に一瞬の出来事だったのか。


 手を放した望月さんは、新星さんにも、時空走について説明した。


「ウチ、バイオロイドの言うことは、やっぱり分かれへん」


 新星さんが体験談を再開する。あまり話が前後すると混乱しそうなので、俺はなるべく口を挟まないことにした。瀬良木が去ったところまで、語られた。


「……じゃあその後、望月さんは、瀬良木に問い詰められたの」

「昨日の夕方、侍狼ちゃんから電話があってな。彼が、私の自宅に来た。二人で、夜遅くまで話し合ったさ」


 いいなぁ。俺も望月さんち行ってみたい。


「なぁ。瀬良木が言うてた、バイオネームって何なん」

「メビウスのバイオロイドには、偽名の他に、『バイオネーム』という異名を、組織が付ける。バイオロイドが、一つの芸術作品だとしたら、バイオネームは、作品名だと思えばいい。命名されるのは全て、花の名だ。そして名称の和洋を問わず、カタカナ表記で統一されている」

「望月さんのバイオネームは、何ていうの」

「私のは、エリカ、だ」

「カンナっちゅう花も、あるやんなぁ。良かったぁ」


 新星さんから聞いた、瀬良木の不可解な言動に、俺は一部、合点がいく。


「瀬良木は、新星さんのことを、着帯者でバイオロイドだと勘違いしたんだろうね」

「今思えば、そないな口振りやったわ」


 俺は、現在の知識から、当時の状況を整理してみる。


 ルピナスこと瀬良木は、知らない精気を感じたから、相手が誰なのかも分からず、興味本位で現場に来た。奴は、新星さんの持ってるギザ十を、なぜか知り、なぜか欲しがった。そして、戒め……。

 うーん。俺にも、詳しくは理解できんわ。謎だらけだ。

 まぁ瀬良木は望月さんと話し合ったんだから、望月さんは俺たち全体の事情を把握してそうだ。俺んちで極秘会議をすることになったのは、瀬良木との話が要因なんだろう。

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