第29節
「さっき絵利果、失った記憶のこと言うてたやんな。知れへんかった、って過去形で」
「俺もそこが引っ掛かってる。今では、幾つかの記憶が戻ってるの」
「メビウスと関わった経緯に限り、今の私は知っている。思い出したのではなく、メビウスから教えられてな」
「わざわざ消去した記憶だってのに、関わった経緯については、改めて本人に伝えるのか」
「幼い子供にとっては、知らない方が、身の為だからな」
「幼い、って。絵利果、いつプラントされたん」
「五歳の頃だ」
「五歳っ! そんな幼女が、バイオロイドになったのかよ」
「当時のことは、絵利果、覚えてるん」
「ほとんど記憶に無い。まだ物心つくようになったばかりの頃だ。あと、プラント中の被験者はな、ずっと失神状態なのだ。意識が戻った時、私はメビウスの研究所に居て、既にバイオロイドとなっており、ここはどこ私は誰状態だったらしいぞ」
「怖いなそれ。ちなみにさ、目が覚めた時は、望月さん、ど、どんな格好してたの」
「全裸だ」
「ほな研究者たちは、絵利果の、あないなとこや、こないなとこを」
「見ただろうな。私は覚えていないが。何しろ当時は五歳。無論、後から知ったことだ」
五歳の幼女なら、研究者のおっさんや爺さんに裸を見られたって、……いや良くないだろ。医者が手術するような感覚かもしれんけど。ロリコンな研究者も居るだろうし。
「そんな幼い子が、不老不死とかを研究してる地下組織に、どうやって関わったんだ」
望月さんは、落ち着き払った表情で、問い掛ける。
「赤ちゃんポスト、というものを、知っているか」
俺と新星さんが、一旦沈黙。先に口を開く、俺。
「捨て子とかを、防ぐ為のシステムと、その施設のことでしょ。……赤ん坊を入れる」
「私は、万葉市内の某病院にある赤ちゃんポストに、入れられたのだ。何者かによってな」
「場所は大黒、やろ。聞いた覚えがあるわ」
「赤ちゃんポストを通じて、当時零歳児の私は、メビウスが経営する乳児院に、入院した」
乳児院っていうと、孤児院の赤子バージョンか。
「只な、赤子をプラントするには、体への負担が大きすぎる。その為、メビウスの乳児院に於ける子供は、一般の乳児院と同様の生活を送るのだ。一般と同じく、一歳未満まで入院する。一歳以上になると、メビウスが経営する児童養護施設、昔の名称でいう孤児院な、そこに入れられる。そして五歳になると、プラントされるのだ。尚、被験者となる人間の、メビウスに関わる経緯、及びプラントされる年齢は、多種多様だ。私のケースは、一例に過ぎない」
「当時の望月さんは、自分がプラントされること、知ってたの」
「知っていたかどうかすら、ブラント後の記憶に無い。恐らく、バイオロイドについて、被験者が事前に知らされることはないのだろう。嫌がったり怖がったりするだろうからな。メビウスが私に、何らかの検査をすると偽って、プラントしたのかもしれない」
はて、何かとんでもない話になってきたぞ。
「絵利果。メビウスのこと、警察に通報した方がええんやないの」
「社会に公表できないことをしている、地下組織なのだぞ。裏のルートで被験者を募り、実験台として一方的にプラントし、記憶を消去。明らかに違法な行為だ。私が組織の外部にメビウスの情報を漏らした、ということがもしバレたら、私は始末される」
ますます外部の人間には漏らせなくなったぞ。
「尚、メビウスでは、組織の部内者を、『
俺は、未着帯者の、ヒューマン、か。“
「……ねぇ望月さん。被験者については、人権とか、人道的な問題も、絡んでくるよね」
「メビウスは、それらの点などお構いなしだ。政府の幹部とすら裏で通じているからな。世間には隠密に、政治、経済、芸能等、各界のトップたちとは水面下で取引して、援助を受けている。国内に限らず、世界規模でな。だから被験者の人権も何もあったものではない」
どこまでが実話なのか、……いや、全部事実、だろうな。望月さんの言うことだもん。
国がメビウスに援助する金は、どっから出てくるんだ。国の税金から支払われてんのかな。んなことに使うより、恵まれない人々に分け与えればいいのに。日本終わったな。世界もか。
「どんなに権力や財産を持ってる人でも、共通して恐れてるのが、死、ってことか。みんな、不老や若返りとかに憧れるんだろうな。失ったもんは再生したいだろうしね。ハゲてる人は、髪を。白髪の人は、若々しい髪を。入れ歯の人は、歯を」
「要人は、他人の命より、自分の命が大事。他人の命より、自分の金が大事。尤も、欲望の為には、金を惜しまないようだ。メビウスの研究内容に、それだけの価値を認めているわけだ」
使い道はともかく、金の貴重性については同感だ。俺には権力も大金も無いけど。
「絵利果は、メビウスを恨んでへんの。大体不審な組織やろ。このままでええの」
「確かに、記憶とか、気になることを言いだしたら、きりがない。しかし今の私は、現状にある程度満足している。それにな、メビウスには、昔から世話になっているのだぞ」
「ある意味、育ての親なんやもんな……。絵利果は、今も、児童養護施設で生活してるん」
新星さんに相槌を打った後、望月さんは答える。
「一連の流れを説明しよう。被験者はプラントが終わって目を覚ますと、まず最初にメビウスから教育を受ける。内容は、メビウスのこと、自分がバイオロイドになったこと、そして着帯者としての心構え等だ。被験者が中学生以下の場合は、メビウス直属の児童養護施設に住むことになる。高校生以上の場合は、一般のマンション住まいになる。学校には一般の人間と同じく、それぞれ普通に通う。もちろん、メビウスのことや、自分がバイオロイドだということは隠しながらな。徹底した秘密主義と、一貫したルートが構築されているのだ」
「ほな、今もメビウスに生活の面倒見てもろてるん」
「生活費は全額メビウスが負担してくれる。何しろ家族が居ないからな。中学までは児童養護施設で集団生活だったが、高校からは独り暮らしだ。尚、被験者は、十五歳になると、自分が組織と関わった経緯を、知らされる。私は三月生まれだから、先月知ったばかりなのだ」
「赤ちゃんポストに入れられた被験者の子は、誕生日をどうやって調べられるの」
「赤子の頃、生後約何日なのかを診断して、およその誕生日を逆算するそうだ」
適当かメビウス。
「ねぇ望月さん。メビウスの人らって、被験者以外は、ヒューマン……なんだよね」
「法にも人道にも反することをしているのだから、人でなし、という意味では、ヒューマンと呼ぶべきか疑問なところだ」
虚無的な薄笑いで皮肉を言ってみせた望月さん。俺は曖昧な顔になる。
「絵利果って、冷めてはるなぁ」
「ん、まぁ、ワケありの過去を持ってるから、無理もないよ」
「児童養護施設暮らしの時点で、既に察する。自分は親に見捨てられたのだろう、とな。多少はスレる。もちろん、全てのバイオロイドが、私のような性格というわけではないがな」
「バイオロイドって、望月さん以外にも居るの」
「大量のモルモットが必要と言っただろ。だから私以外にも、被験者は過去に大勢居たし、プラントが成功してバイオロイドになった被験者も、多数居る」
「そうなんやぁ。ちなみにやけど、もしかして、……瀬良木も?」
「あぁ。侍狼ちゃんもバイオロイドだ」
「淡々と打ち明けんでよ」
「ほな、瀬良木侍狼っちゅうのも、偽名なん」
「私と同じく、メビウスに付けられた名だ。侍狼ちゃんも赤ちゃんポスト経由で着帯者になったから、本名はメビウスも知らないそうだ。私の本名も然り」
ん? メビウスも知らんってことは……。
「望月さんと瀬良木が、赤ちゃんポストに入れられた時、二人には、本名あったの」
「メビウスも、そこまでは認知していない。仮に、本名を持っていない赤子だったとしたら、育ての親となるメビウスが、本名を付けたともいえる。だから望月絵利果と瀬良木侍狼という名は、あながち偽名とは限らないのだ」
気休め程度かもしれんけど、救いのある情報だな。
「なぁ絵利果。さっきの児童養護施設って、住んではる子供らは、着帯者ばっかりなん」
「そうだ。そして言うまでもなく、そこに務めている者たちも皆、着帯者だ」
「どこにあるの。新星さん曰く、赤ちゃんポストは大黒にあるそうだね」
「乳児院も大黒だ。児童養護施設は四ツ葉町。そこに住みながら、小中と通っていた。侍狼ちゃんも、乳児院からずっと同居していた。互いに、赤子時代の記憶は無いがな」
「瀬良木と、同居って。乳児院はともかく、児童養護施設って、男女は別々で暮らさんの」
「食事の時は皆で一緒に食べる。同じ釜の飯を食った仲というやつだ。但し、一般のものとは違い、メビウスの児童養護施設では、被験者一人ひとりに個人の部屋が用意されている」
俺は、図書室で聞いた、望月さんの昔話を思い返す。
《元々互いの自宅が近い為に、普段から行動を共にすることが多かった》
成る程ねぇ。そういう意味だったのか。
「絵利果は今、どこのマンションに住んでるん」
「同じく四ツ葉町だ。一般のマンションだから、住民の中に、着帯者は一部だけ。侍狼ちゃんも住んでいる。もちろん、部屋は別々だぞ」
「俺、全貌が少しずつ分かってきたよ。パズルのピースが繋がっていく感じで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます