第三章 花びらが開くように

第23節

 高校生活が開始してから初めての休日である四月十四日、土曜。俺は朝から自宅にて零ちゃんねるを閲覧していた。


 最強板での騒ぎは、昨日で治まったみたい。新星さん関連のスレは立ってないわ。ゆうべ個人情報が流出してたけど、詳しい住所までは知られてないだろうから、ストーカーとかの被害を受ける危険性は低いだろう。ともあれ、何でこんなに親身になってんだ俺。

 さてと、自宅でくつろいでばかりもいられんのだ。独り暮らしは家事を全て自分でこなす必要がある。二連休だけど、今日のうちに用事を済ませとこう。


 学生寮に引っ越し後、約二週間が経つ。実際に住んでみると、不足している日用雑貨が多少思い当たった。休日にでも、買い揃える予定でいた。

 早めに昼食をとり、よそ行きの私服に着替える。腕時計も装着。ほぼからのリュックを背負い、玄関に向かった。


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 一方その頃、新星緩菜は、息を切らして学生寮へ急いでいた。漕いでいる自転車は、本日買ったばかりだ。所持品は、ケータイと財布ぐらいなものである。

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 月曜まで待ってられへんわ。話したいことがいっぱいあるんよ。珠やん!


 到着して、駐輪場に自転車を停めた。階段を駆け上り、二〇一号室の呼び鈴を連打。

 手を止めて、耳を澄ます。珠やんの出てくる気配は無い。

 ドアを叩きながら、呼んだり名乗ったりしてみた。どうも留守みたいだ。


 んもー、珠やん居いひんのかぁ。


 一旦駐輪場に戻ってみた。場内で見覚えのある自転車は、ウチのだけだ。


 あらへんなぁ。どこ行ったんやろう……。


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 古森珠夜は、単身ホームセンターに来ていた。

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 品揃え豊富な大型店である。目移りしてしまい、購入予定に無かった品も含めて、物色した。さりとて無駄遣いはせず、必要最低限にとどめる。

 賑わう店内。レジには客たちが列を作っている。俺は最後尾に並んで、時刻を気にする。


 つい長居をしてしまったな。昼過ぎから来たのに、もう夕方になるわ。


 会計を済ませると、袋ごとリュックに入れた。自転車で帰路に就く。



 俺は万葉駅付近に差し掛かった。薄暗くなり、交通量が増してきた、大黒の風景。空は、幾分曇り始めている。

 数回信号待ちをしながら、駅前の大通りを直進してきた。高校の推薦入試当日も、この道を歩いたものだ。まだ多少肌寒い日もあるが、真冬に比べたら快適な気候である。やがて右折し、道路の左端に寄った。


 ここをま―っすぐ行った先に、万葉高校があるんだよな。万葉駅から来る生徒は、駅前通りと、この道をルートにしてるんだろう。望月さんと瀬良木は、どんな会話してんのかね。


 暫く進むと、遥か前方から歩いてくる一人の少女に、目が留まった。遠くから眺める俺には、彼女の雰囲気に見覚えが。髪型も。身長も。体型も。

 俺は目を凝らし、緩やかにペダルを漕ぐ。彼女は俯いており、顔が左右に僅かづつ揺れている。まだこちらには気づいていないようだ。すれ違う直前のところで、俺は片足を道路に置いた。


「望月さん」


 男女共用便所の個室で用を足し終わって、ドアを開けたら、順番待ち中の男子と目が合った、という感じの顔が、望月さんの反応だった。


「古森君っ。今日は、どうした」

「買い物帰りだよ。望月さんは」

「探し物をしているのだ」


 黒系の色を基調とした私服が、彼女の肌の白さを際立たせている。露出している部位は首元から上と両手だけだが、量感溢れる胸の膨らみは、眼前にした俺を魅惑させた。


 やだ、凄くおっきい……。薄着の望月さんをこんなに近くで見るの初めて。


「何を探してるの」

「ギザ十だ」

「ギザ十? この辺に落としたの」

「そうらしいのだが。詳しくは彼女に聞いてくれ」


 望月さんの促す方に、俺も向いた。行き交う車の先、道路の反対側に、小柄な女の子が歩いている。万葉高校方面から、駅前通りへ、望月さんと同様の仕草で進む、ツインテールの幼女。


「あっ、御手洗さんも居る」


 御手洗さんが、俺に気づいた素振りをする。髪を揺らして左右を確認し、横断してきた。


「コモリンだがなー」


 俺は、自分がこの場に来た経緯と、望月さんから今聞いた内容を、御手洗さんに伝えた。


「あたしな、こないだギザ十をこの辺りで無くしてしまったんだわ。落ちたのがまだ残っとったらいいなー、と思って探しとった。今日はモッチーにも手伝ってもらっとる」


 幼い容姿を彩っているのは、落ち着きのある上品な装いだ。


「で、ギザ十は見つかったの」

「いーや。誰かに拾われてしまっただーか」

「菫さん。今日はもう日が暮れます。また次の機会にしませんか」


 望月さんは、御手洗さんには敬語でしゃべるんだな。


「うーん、そげだなぁ。……帰らか。じゃあコモリン、バイバイ」


 歩み出した御手洗さんが、こちらを振り返る。望月さんが、この場にまだ佇立しているからだろう。


「モッチー。どげしただ」

「私は丁度、古森君に用事があります。菫さんは、先に帰ってください」


 やっぱり敬語だ。


「そげか。あんまり遅くまでおるじゃないでー」


 望月さんに礼を告げて、御手洗さんは去っていった。雑踏に消えゆく、幼い身体。


 望月さんが御手洗さんに敬語を使う理由――。御手洗さん本人が素性を伏せてるぐらいだ、第三者である望月さんに訳を尋ねても、俺に明かしてくれるとは思えん。


「古森君。少々、野暮用に付き合ってくれるか」

「え、うん。お安い御用だ」


 道路の左右には、商店等が立ち並んでいる。万葉高校側へ進みだした望月さんに、俺は自転車を引いて付き添う。前方の左側に、ビルに囲まれた、広い駐車場が見えてきた。

 彼女に続いて、場内に入る。車は一台も停まっておらず、辺りに人影は無い。望月さんの歩みが鈍くなり、立ち止まった。隅に自転車を停めた俺は、リュックを背負ったまま、彼女の傍に寄った。広々とした平坦なアスファルト上で、向かい合う。


「なぁ古森君」


 張り詰めた表情の望月さん。普段と比べて、近寄り難い佇まいだ。


「魔法の件は、どうなった」

「あぁ、魔法ね。俺の方は進展無いよ。使い方がさっぱり分からんもん」

「……そうか」


 彼女は眉を曇らせた。考え事でもしているのか、重苦しい雰囲気だ。


「古森君は、昨日夕方にテレビの、緩菜さんが出演した報道番組を見たか」

「うん。望月さんも見たんだね、あのニュース」

「君は、あの爆発の件について、報道された内容以外で、何か知っているか」

「いや、特には。昨日の下校時は新星さんと一緒に帰ったけど、不穏なことは無かったし、学生寮で別れた。俺が居なかった時のことまでは知らんよ」


 望月さんは、ためらいがちに声を出す。


「実のところ私は、爆発の件と、緩菜さんがおこなった儀式に、関連性を疑っている」

「関係あるのかな。望月さんは、どう思ってるの」

「緩菜さんの自転車は、彼女自身の魔法が原因で爆発したのではないか、とな」

「仮に魔法を使えたなら、あり得るよね。まだ慣れてないから、暴発したとかで」

「あぁ。私の憶測にすぎないがな。実際の経緯を、本人に尋ねたいものだ」


 新星さんの仕業だったとしても、真相をインタビューで答えるわけにもいかんだろうな。

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