第24節

「緩菜さんの願いが叶ったのだとしたら、筧先生の方も、気になるところだ」

「今頃は、不老長寿になったことが判明してたりしてね」


 俺としては冗談半分で言ったセリフだったが――


「だったらどうする?」


 望月さんに真顔で問われた。


「君がした儀式の件は、筧先生に伝えていないのだろ」


 俺は動揺から、弱々しい口調で肯定した。彼女は続ける。


「筧先生は、他人の手で知らぬ間に願い事をされた。叶っていたら、本人は困惑するだろう」

「言われてみると、そうだね。来週俺の方から、ちゃんと説明しとくよ」


 望月さんの声が、一層低めになる。


「古森君。君は将来、不老長寿になりたいのだよな」

「そうだよ。どうしたの、改まって」


 凛とした大きな瞳で見つめられる。俺は緊張感が増してきた。


「仮に将来、古森君が、オテント様で、不老長寿になるという願いを叶えたとするだろ」

「うん、叶えたとしよう」

「不老長寿の人間、という存在は、一般社会に於いて、異質なるものだ。周りの人々が年老いて死んでいく中、その人は肉体が老化することなく、何百年と生き続ける」


 俺は仁王立ちで、相槌をうつ。道路から聞こえるのは、断続的に通行する車の音。立ち並ぶビルの隙間から覗くのは、茜色に染まりゆく空。


「基本的に日本国民は、この世に生まれた際、出生届を、役所に提出している。法律で義務づけられているからだ。古森君も、例外ではないだろう」

「そりゃそうさ。戸籍やら住民票やら、俺の個人情報は、万葉市役所が管理してる」

「即ち、君の生年月日は、国が把握しているのだ。何百年も生きる前にだな、ギネス記録を越えた時点で、日本どころか、世界中の人々から注目されるだろう。なおも何十年と記録を更新し続けてみろ。本当に生存している人なのか、と疑われるのは明白だ」

「証拠を示せばいいんじゃないの。生きてますよー、って。本人の肉体が、何よりの証拠だ」

「願いを叶える時期は、高三の終わり頃だったな」

「うん。俺は十八になってる」

「十八歳の外見で、やがて三桁の年齢だぞ。不老長寿だという事実が、世界に知れ渡るだろう。偏見、差別、嫉妬、敵視、様々な負の感情が、古森君に向けられるのは必至だ。自分たちの常識では理解し難い、異様な人物を、毛嫌いするものだからな、人間は。特に、日本人はその傾向が強い。万葉市のような田舎では、尚更だ。例外的な物事に対しては、難色を示される」


 暫し、目を伏せた。己と、普段纏っているブレザーの制服に、共通するものを感じた。

 加えて、新星さんの言葉が思い起こされる。


《どないしたら、程良く、目立たず希少な存在になれるかなぁ》


 出る杭は打たれる、お国柄だもんな。


「負の感情だけで済めばまだマシだわ。科学者に捕われて、体にメスを入れられたりするのは、さすがに御免だけど」

「君は貴重なサンプルとして、むしろ手厚く保護されるかもな。死なれては困るだろうから」


 ある意味、一生遊んで暮らせるな。まぁ、旨くいけばの話か。


「時の流れと共に、科学が発達していくんだからさぁ。将来は俺の遺伝子とかを科学者に提供するだけでも、いずれは実現するんじゃないかな、人間が不老長寿になる技術」

「何千年と付き合わされるかもしれないぞ。他人との関わりを避けたがる、古森君がな」


 痛いところを突かないで。


「君は、高校を卒業後、学生寮を出て、どこに住む予定だ」

「どこかのアパートで、独り暮らしを続行したいな」

「生活費は、いかにして稼ぐのだ」

「当然働くよ。定年が近づくにつれて、外見の若さを怪しまれるだろうけどね。退職後は年金で細々と暮らすわ」

「君が受給する頃には、年金など破綻しているかもしれないぞ」

「んん……。今でさえ、若い世代に皺寄せが来てるからねぇ。保険料と受給開始年齢は上げられて、貰える金額は下げられる始末だ。将来はどうなるか分かったもんじゃないよね。宛にしない方がいいか」

「現実的な年齢のうちは受給できても、いずれは打ち切られるかもな。肉体が若いのだから働ける、と判断されて。結局は科学者たちの世話になるのがオチだろう」


 現代の日本で半永久的に過ごすのは、色々と都合が悪いなぁ。

 ある程度の年齢で誰もが死ぬことを前提として、社会が成り立ってる。

 監視の目から逃れるには、世間を離れるしかないだろう。例えば山奥とか、無人島とか。

 かといって、大自然の中でサバイバル生活できるほど、俺はたくましくない。アフリカのサバンナで弱肉強食の世界を生き抜けるほど、俺は強くない。不老不死ならまだしも。

 要は、不老長寿になったことが、国にバレるのがまずいんだよな。

 言い換えれば、必要以上に長生きしてることを、隠せばいいんだろ。……そうだ。


「オテント様でさ、国のデータ上では俺を死亡扱いにさせる、って願うのはどうかな」

「生存していることを偽って、死亡扱いにさせるのか」

「そうすれば、いつまでも密かに生きられるんじゃないの」

「仮に、その願いが叶ったとしよう」

「はい、叶ったとしましょう」

「親族には、どう説明するつもりだ。ちなみに君の家族構成は、どうなっている。ご両親を既に亡くしていて、一人っ子だそうだが」


 図書室で御手洗さんに俺の生い立ちを話した時、やっぱり聞こえてたよね。


「実家は、婆さんが亡くなってて、爺さんが一人で住んでる。持ち家だ。今から半世紀後には、爺さんも居ないだろう。その頃は俺が実家を相続して、アパートから引っ越す。俺を死亡扱いにさせるのは、それからだ」

「持ち家の場合、所有者である君が死亡扱いになると、固定資産税を納める義務が、君の親族に移る。親戚の誰かに相続され、いつの日か訪問してくるわけだぞ。君が住んでいるとも知らずにな」

「居留守で通すもん」

「相手は留守を承知のはずだ。独り暮らしの人が亡くなった、という認識なのだぞ。入ろうと思えば、鍵の業者を呼ぶなりして入るだろう」

「んなことされたら通報するわ」

「死亡者が生存していたとバレるぞ。さぞかし面倒なことになるぞぉ」


 不安を煽るような口調で言わないで。


「じゃあさ、実家で死亡扱いになった後、誰かの家に、同居させてもらうとか」

「ほう。宛はあるのか」


 望月さんの冷徹な眼差し。俺は目が泳ぐ。


「まさか、あわよくば私の自宅に転がり込んで居候しようという魂胆では、あるまいな」

「滅相もないっ。誤解せんでくれ」


 図星ではない、と脳内で否定。けれども一瞬宛にしたのは、確かだった。


「じ、自宅も、オテント様で確保できるかもしれんでしょ」

「できたとしよう。だが生活費はどうする」

「だから働くってば。死んだことになってるから、履歴書は別人を装って書く」

「就職する際は大抵、身分証明書の提示を求められるものだ。運転免許証も、健康保険証も、架空の人物では取得できないぞ」


 二の句が告げない俺に、望月さんは容赦なく畳み掛ける。


「職に就けないぞ。生活費に困るぞ。光熱費は? ガス代は? 水道代は? ネット代は?」


 八方塞がりだぁ。日本は何かと公的な手続きによって、国民が管理されまくってる。

 科学者たちの世話になる方が、よっぽど楽な気がしてきたわ。


 彼女は、大きな溜息を一つ。


「どうやら古森君は、不老長寿というものを、甘く捉えていたようだな。創作話の中で多用されているからと気軽に考え、現実の世界に持ち込んだところで、一筋縄にはいかないのだ」


 俺の心が射抜かれるように、視線を突き刺された。


「筧先生の話に触発され、更にはオテント様を知ったことで、不老長寿になることを安易に望み、将来のリスクも考慮せず、筧先生を勝手に実験台とし、欲望のままに儀式を実行した末、私にも不老長寿の話を持ち掛け、便乗してきた緩菜さんをも誘った。――違うか?」

「……お見通しか。全面的に認めるよ」

「将来、古森君が不老長寿になったら、先程語ったリスクが、生じるわけだ。人権を侵害され、衣食住を失い、世界を敵に回す、という最悪の事態も想定されるのだぞ」


 望月さんは、厳粛な表情で問い掛ける。


「是が非でも、不老長寿になりたいか」


 俺は、強い意志を込めて、言い放つ。


「なりたい! 俺は不老長寿になりたいんだ!」


 彼女は顔色を変えない。発言の真偽を見定めているかのようだ。


「筧先生と緩菜さんはさておき、私も不老長寿になったとしたら、君と同類になる」


 俺と望月さんが、人権を侵害され、衣食住を失い、世界を敵に回す……。


「俺たちには、オテント様という手段がある。実効性は、定かじゃないけど」

「願いによっては叶わない場合もあるだろう。それに、困った時のオテント頼みが、いつでもできるとは限らない」


 望月さんは、左手を胸に当てた。



「オテント様無しで、世界を敵に回しても、私を守ってくれるか?」

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