第13節 年齢不詳の幼女! 御手洗菫
俺は読み進める気が失せた。本に顔を向けつつ、室内をぼんやりと見渡す。程なく、一人の少女に違和感を抱いた。俺は思わず顔を上げる。相手もブレザー姿だ。
私服にランドセルの方が似合いそうな、幼い容姿。椅子にちょこんと座り、独りで本を読んでいる。小柄な体を少しでも高く見せる為なのか、ツインテールが、後方斜め上に束ねられ、両肩の後ろへ弧を描く。少女というより、幼女と呼ぶのが相応しい。
まるで小学生が、高校生のコスプレしてるみたい。他のクラスの人だな。
幼女が壁掛け時計を遠見する仕草。向き直る際、俺の方を見た途端、首の動きが止まった。
つぶらな瞳で眺めてくる。整った顔立ちだが、極めて童顔なので、俺に性的な動揺は無い。彼女は次第に目を見開いた。
どうしたんだよ。そんなに、じーっと見られても。
幼女はいそいそと立ち上がり、机に本を放置して、俺の傍に小走りで寄ってきた。
「マリリン……。あんた、マリリンでしょ」
興奮ぎみの口調。俺は一旦背後を視認。他者の姿は無い。体勢を戻し、自分の顔を指差す。
「あんたに言っとるだで。どげしただ、男子の制服着て。髪えらい短くして」
立っている幼女は、座っている俺と同程度の目線だ。彼女に尋ねてみる。
「あのー、失礼ですが、どちらさんですか」
「あたしだで。
「いえ、全然。第一、僕は古森珠夜っていう名前で」
「古森……珠夜? マリリンじゃないだか。……そげだわな。マリリンにしては、若すぎるか。ごめん。人違いだわ。あんた、よう似とるけん」
意気消沈した様子の御手洗さんに、返す言葉は用意できた。但し、口に出すのは躊躇した。
望月さんと侍狼に目を向ける。二人共読書中だ。俺と御手洗さんの方を、望月さんがチラリと見た。四者の距離的に、会話の内容が最初から丸聞こえであることを、俺は承知している。
俺は、マリリンという人物に、心当たりがあるのだ。自身が似ているなら、尚のこと。
「ねぇ御手洗さん。さっきから君が言ってるマリリンって人は、ひょっとして――」
俺は落ち着いた声で、彼女に問う。
「
「いや、磨鈴なんだけど、苗字は古森じゃなくて」
「じゃあ、
堀磨鈴――俺の母、古森磨鈴の、旧姓である。
「そげだで。あんた、マリリンを知っとるだか」
「そりゃあ知ってるよ。俺の母さんだもん」
「そげかー。どうりでそっくりなわけだ。親に似て、幸薄い顔だわぁ」
「ひと言多いわ」
「つまりマリリンは、古森っていう男の人と、結ばれただな」
「そういうこと。俺の顔は、母親似らしい。爺さんが言ってた」
「マリリンは、元気にしとるだか」
机に両手をついている御手洗さん。俺の返答に期待している雰囲気だ。
――隠す気は無い。親について聞かれたら、答えることにしてる。ガキの頃から。
「亡くなったよ」
告げてから暫くの間、外の雨音が際立った。先に口を開く、御手洗さん。
「そんな……。何でマリリンは」
俺は、敢えて笑みを交えながら、穏やかな調子で話す。
「母さんだけじゃなく、父さんもだよ」
「一体、何があっただ」
「俺が母さんの腹の中に居た頃、父さんが、交通事故で、帰らぬ人となってね」
「……」
「俺が赤ん坊だった頃、母さんは急病で亡くなったよ。あ、ちなみに俺、一人っ子」
御手洗さんの両目から、大粒の涙がこぼれる。
「もう、マリリンには会えんのか……」
その場に座り込んだ彼女は、両手で顔を覆った。嗚咽する、幼い声。
望月さんが腰を上げ、御手洗さんの傍に歩み寄る。ポケットからハンカチを取り出し、しゃがんで差し出した。
「菫さん。これを」
御手洗さんは手を当てたまま、顔を上げる。指の隙間から、悲哀に満ちた表情を、俺は捉えた。
「……ありがと。モッチー」
涙声の彼女は、ハンカチを受け取り、目元を押さえる。御手洗さんが立ち上がると、望月さんも続いた。
モッチーって。この御手洗さんって人は、望月さんのこと知ってるのか。
まだ泣き止まない御手洗さんは、望月さんに抱き付く。
「ふぇえええん。モッチーいいいい。ああああああんああああん」
望月さんの胸で号泣する御手洗さん。優しく抱きしめる望月さん。図書室内で目立っていることを気にする俺。無言でページをめくる侍狼。
この侍狼って奴は、俺たちに無関心なのかな。或いは、敢えて話し掛けないだけなのか。
それにしても、御手洗さんは、何で俺の母さんを知ってるんだ。あだ名で呼ぶほど、親しい関係だったみたい。人前で大泣きしてまで、嘘を言ってるとは思えん。
はて。母さんは十五年前に亡くなってる。ということは――
御手洗さん。あんた、歳幾つだ。
昼休憩の終了十分前になる頃、俺たちは本を仕舞って、図書室を去った。
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