第12節 トップシークレット! 絵利果の幼馴染

 二階に下りて、廊下の突き当たりにある図書室へ。俺が入ると既に、学ランやセーラー服に加え、ブレザー姿がちらほら。騒がしかった教室と違い、静けさが漂う。


 落ち着くわ、この雰囲気。


 本棚が立ち並ぶ狭間の、通路に来た。小説のコーナーだ。各書籍の題名を順に読んでいく。


 どれにしよっかな。面白そうなやつ……。お、これにするか。


 俺が取ろうとした時、右隣に立っている人が左手を伸ばしたので、触れ合った。

 互いに手を引っ込めて、視線を合わせる。ブレザーを着た男子だ。先に口を開いたのは俺。


「あ、……どうぞ」


 彼は、突き刺すような鋭い眼差しだ。冷徹な表情は、和らぐ気配が無い。


 そんな顔せんでもいいがな。機嫌悪いのかな。


 真っすぐな髪は、耳が隠れる程度の長さで、下向きへ扇形に広がっている。背は俺の目の辺り。緩めたネクタイは、女子のリボンと同じ柄。Yシャツは第一ボタンが開いたままで、裾がズボンから出ている。ブレザーのボタンはとめていない。


「じゃあ遠慮なく読ませてもらうぜ」


 俺の譲った本を、彼が手に取る。その場で数ページゆっくりめくると、本を持って机の方に向かった。椅子に座って読み始める。俺は他の本を探しつつ、横目で彼の動静を窺う。


 知らん人だ。でもどっかで見たような……。あ、六組の教室か。席が新星さんの右隣の奴だ。


 気に入った一冊が見つからないまま数分経過。先程の少年を見やると、一人の女子が歩み寄って、彼の隣に腰掛けた。俺の見間違いでなければ、望月さんである。


 望月さんだよな。空席だらけなのに、何であいつの隣に座るんだよ。


 俺は、背後にあった適当な書物を素早く手に取り開いた。自分の顔の、鼻から下を隠す。

 途端に鼓動が速まっていく。望月さんたちとの距離が近い為、会話が聞こえてきた。


侍狼じろうちゃんは、何を読んでいるのだ」


 じ、じろう……ちゃん?


 彼は本を睨んだまま、口を開く。


「冒頭まで目を通した限り、退屈なラノベだ。難読漢字を多用しねえ点は、好感が持てる」


 望月さんは身を乗り出し、彼が両手で掴んでいる本の、表紙を覗き込む。


「あぁっ、何だそのいかがわしい表紙のイラストは! ……もしや侍狼ちゃん、ついに目覚めたのか」

「たまたまこんなイラストだったんだ。オレが何に目覚めるってんだよ。気が散るから話し掛けるな」


 望月さんは頬を少し膨らませ、席を立った。俺から離れた位置にある、本棚の方に向かう。

 俺は書物を元へ納めた。あたかも、手頃な本を探すように振る舞い、望月さんの方に近づく。


「お、古森君。君も図書室か」

「うん。ところで望月さん、さっきあそこに居る男子と話してるとこを見かけたんだけど、君の知り合い、かな」


 俺は、侍狼とやらを指差している。距離的に、俺たちの会話が彼には届かないだろう。


「あぁ。小学生の頃からの幼馴染でな。六組の生徒だ。登校時は四ツ葉町から毎日一緒に通っている。昨日までの放課後は、オテント様の件で私が遅くなったから、別々で帰ったわけだ。今日の昼食も、今し方二人で学食にて済ませてきたところだ」


 聞き捨てならんな。


 俺は、恐る恐る尋ねてみる。


「幼馴染で、一緒に、通学や食事をするってことは……もしかして、付き合ってるの?」


 不意に望月さんは、女性らしさを窺わせる顔つきになった。


「私と、侍狼ちゃんは、……実際のところ、そのような関係、ではない」


 途切れ途切れで言わんでくれよ。動揺してんのかな。おい、冗談なのか、どっちだ。


「正直な話、いずれは付き合うつもり? そんな予定が、無きにしもあらず?」


 望月さんは伏し目がちで答える。


「将来のことは、分からない。何しろ侍狼ちゃんは今のところ、私のことを恋愛対象としては意識していないのだ」


 はっきりさせておこう。今後の為にも。


「望月さんは、あの侍狼って奴のこと……好きなの?」


 望月さんは視線を、俺、侍狼の順に転じた後、床に落とし、再度俺へ戻すと――

 小さく頷いた。


 ――。


 静寂の中聞こえるのは、外の雨音、己の鼓動。


「……そうか。聞いといてなんだけどさ、俺に打ち明けて、良かったの?」

「相手が古森君だから言ったのだ。もちろん、このことはトップシークレットだぞ」

「うん。前にも言った通り、俺は口が堅いぜぇ」


 強がってる僕を、誰か慰めてください。


「ちなみに、何であいつのこと好きなの」


 望月さんは、幼少期のアルバムをめくるような顔で語り始めた。時折、侍狼の方を向きながら。


「元々互いの自宅が近い為に、普段から行動を共にすることが多かった。小学校は、児童数の関係で一学年に一クラスだったから、組という概念すら無く、必然的に六年間一緒だった」


 俺の通ってた小学校もそうだったな。クラス替えのワクワク感は、中学でやっと体験した。


「昨日も話したが、私は幼い頃、具体的には小四くらいまで、よく男子から嫌がらせを受けていた。その度に、侍狼ちゃんが私を庇ってくれたのだ。本人曰く、弱い者いじめを、することやする者が嫌いだから、とな。私が女子ということもあり、侍狼ちゃんが男子から揶揄されることもしばしば。男同士で殴り合いの喧嘩になることもあった」


 ……そりゃ惚れるわな。白馬の王子様じゃねーか。


「“男子から舐められないようにしろ”――それが侍狼ちゃんからの助言だった。そう言われても対策に困った私は、とりあえず、口調を変えてみることにした。裏を返せば、今でこそこのような喋り方をしている私にも、女性語の時代があったのだぞ。当時新たな口調にする際、侍狼ちゃんから借りて読んだ少年漫画の、キャラに影響された。もはや癖になっている」


 キャラクター名を尋ねると、望月さんはためらいがちに返答。失笑に至る俺だった。


「俺は、望月さんの口調、嫌いじゃないよ。んで、効果のほどは」

「良く分からない。小学校の高学年になる頃だったから、悪戯っ子も少しは大人になったのか、嫌がらせは沈静化していった。治まった要因としては、もう一つ思い当たる。当時私は、他の女子より比較的、……胸が大きくなってきてな」


 望月さんは自分の胸を、両腕で控えめに隠す仕草。自ずと俺の本能がくすぐられる。


「小六辺りには、私に対する男子たちの眼差しが、好色な目つきへと変わっていた。私の背が高めだったから、余計に目立っていたのだろう。その頃から、体育の授業が嫌いになった。中学に入ってからも私の胸は、膨らむ一方。帰宅部な為に運動不足が祟り、太り始めた。皮肉なことに、脂肪で胸が増々成長するという悪循環に陥る始末。思春期もとい発情期の雄ハイエナたちは、むしろ優しく変貌。口頭やラブレターで告白してくる者も数人居たが、彼らの見え透いた下心が苦痛だった私は、全て断った。何しろ私は、侍狼ちゃん一筋なのだから」


 話の途中で罪悪感に駆られた俺は、視線を望月さんの胸から顔に上げていた。彼女は侍狼の方を眺めている。


「毎日二人で登下校していたせいもあり、中二の頃には、私と侍狼ちゃんが付き合っているものだと、周りの生徒たちは認識していたようだ。私は敢えて否定しなかった。他の男子に言い寄られなくて済むからな。中学三年間、侍狼ちゃんとは偶然同じクラスだった」

「じゃあ今回、十年目にして、初めて別々になったんだね」

「隣同士のクラスになったのは、不幸中の幸いだ。それに……」


 俺の顔を窺った拍子に、彼女が見せたのは、悪戯な微笑。


「いや、何でもない」


 そう口籠る望月さんは、本棚の方を向いた。これにて昔話はお終い、と横顔が告げている。


 もし俺が引っ越さず、三ツ葉町から電車でうちの高校通ってたら、望月さんと一緒に登下校できたのかな。侍狼って奴が傍に居るなら、俺は肩身が狭い思いをしてただけか。


 その後、望月さんは図書を手に取り、侍狼の隣で読み始めた。俺は別段興味の無い本を選ぶと、望月さんたちと同じ机で読むことにした。机を挟んで反対側の席に座る。

 俺たちは三人共、沈黙が続いた。


 正直、望月さんは俺好みのタイプだ。外見だけじゃなく、中身も。けれど俺は、元々付き合う気なんて無かった。いくら望月さんといえども、いずれは劣化してしまうからな。

 じゃあなぜ俺は、酷く落ち込んでるんだ。望月さんのこと好きだからか。付き合う気も無いくせに。そしてなぜこの机を選んだ。傍に居たいからか。失恋した直後だぞ。我ながら見苦しいな。現実逃避をする為に、この非現実的な題名のラノベを選んだわけか。悲しすぎるぞ俺。

 明日からも、昼メシは教室で食べよ。

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