第11節 知人は語る! 大黒中のマドンナ
一夜明けて水曜、四月十一日。傘差し運転で登校する俺。朝から雨が降り頻っている。
学校に着くまでは、新星さんを見かけなかった。始業前、四階の廊下を五組に向かって歩いていると、六組の教室内に居るのを見つけた。
毎日全く同じタイミングで家を出るとは限らんし、待ち合わせしてるわけじゃないもんな。
四限目の授業が終わり、昼休憩になった。五組の教室内では、生徒たちが男女別で複数のグループに分かれて、机を隣接したり席を替わったりして、昼食をとる。
どうしよ。うちのクラスに、俺と親しい男子は、まだ居ないぞ。
俺の机前方を、望月さんが通り過ぎようとする。呼び止めて、行き先を尋ねてみた。
「学食だ」
「えっ、学食って、学生食堂? 高校ってそんなのあるんだ。知らんかった」
歩みを再開した望月さんは、廊下に出て右折。軽やかな足取りだった。
明日からは、俺も学食行こうかな。今日はパンがあるから、ここで食うか。でも、独りで?
教室を見回して戸惑う俺に、ある生徒が声を掛けてきた。
「珠夜君、一緒に食べるかい?」
俺の右隣、つまり右端の最前席に居る男子だ。高校生活開始以来、まだ席替えはしていない。隣同士な為、多少会話したことがある。せっかくの申し出な為、快く受け入れた。
「すまん。お前の名前、何ていったっけ」
「……
そういや、こいつが自己紹介の時に言った内容も、記憶に無いな。一番手だったのに。
俺たちは机を、向きは変えず寄せ合ってくっ付けた。阿部は、リュックから弁当と水筒を取り出す。
「あれ、珠夜君はパン食か。そういえば君は、学生寮で独り暮らしって言ってたね」
「うん。毎日弁当作るのは面倒だもん」
「パンだけでは栄養が偏るんじゃないか。さっき僕も聞こえたけど、愛しの彼女と一緒に学食で済ませたらどうだい」
「望月さんのことか。別に付き合ってるわけじゃないよ」
食べながら、互いに声を潜めつつ、会話を続ける。
「とぼけても無駄だよ。僕は騙されないからね。昨日の朝、絵利果ちゃんと仲良さそうに会話してたじゃないか。筧先生とクラス全員が目撃者だ。あんな可愛い子を、君の顔でどうやってゲットしたんだよ」
阿部の、切れ長の目が癪に障る。髪型は、幾つもの渦を巻く縮れ毛が、刈り上げてある。
「ブロッコリーみたいな頭のやつに言われたくないな」
「人の頭を、野菜に例えるな!」
「果物で例えろってのか。思いつかんよ」
「そういう問題じゃないっ」
「そんなに怒らんでよ。お前、天然パーマがコンプレックスなの」
「直毛の君に何が分かる。天パの苦悩が分かってたまるか」
新星さんもやや天パだよな。こいつのブロッコリー頭とは比較するのも失礼に値するほど、きれぇーいな髪だけど。
「ところでさ、阿部って何中出身だっけ」
「
「大黒中! じゃあ大黒に住んでんのか」
万葉市大黒――万葉高校や各主要施設が立ち並ぶ、県内一の中心市街地である。尚、大黒内に中学校や高校は複数存在し、中央付近に位置するのが、大黒中学校と、万葉高校だ。
「それがどうかしたのかい。君も今は大黒の住民なんだろ」
「お前の通ってた小学校と中学校は、屋上に行けた?」
「いーや。屋上へ続く階段すら見かけなかったよ」
「そうか。大黒の小中学校も同じなんだな。あ、何でもない。どうでもいい話」
「怪しいな、隠されると気になるじゃないか」
こいつにはオテント様のこと黙っておこう。教えたくもないし。
「うちの高校は屋上の手前まで行けるみたいだから、他の学校はどうなのかと思ってさ」
俺は、自分の水筒に入っている麦茶を飲んだ。阿部は思い出したように呟く。
「大黒中といえば、ナスビちゃんもうちの高校だけど、君は、さすがに知らないか」
「ナスビさんって誰」
「新星緩菜っていう女子だ。隣の六組に居る」
「へぇ、新星さんって大黒中出身なの」
「なんだ、君はナスビちゃんのこと知ってるのか」
「通学路が被っててさ、おととい知り合ったばかり。一緒に登下校したこともある」
「なにっ。……珠夜君。君は大黒中出身の男子全員を敵に回したようだね」
「大げさだな。ちなみに、何で新星さんをナスビって呼んでるの」
「理由は二つある。彼女の私物が、衣服や、リュック、靴、ケータイ、自転車に至るまで、濃淡や明暗の違いはあれ、どれも紫を基調とする色で統一されてる点。それに加えて、髪が天パだから、ヘタの曲がってる
「人の姿を野菜に例えてるじゃねーかよ」
言われてみれば、新星さんは制服以外、紫ずくめだわ。あの人が好む色なんだろう。ひょっとしたら、魔法使いを意識してるのかもな。魔女っぽいもんな、紫って。
「ナスビというあだ名を付けたのは、僕じゃない。彼女の小学生時代の、男子同級生たちだ」
「察するに、新星さんって、昔から相当モテるんだ」
「見ての通り、非の打ちどころが無い顔だろ。まぁ天パなのは好みが分かれるだろうけどね。顔だけじゃない。出るところは出てるし、引っ込むところはヒョウタンみたいにキュッと締まってる。うちの中学では、ほとんどの男子が彼女の虜になってたさ」
新星さんって、どの程度の巨乳だろうか。ブレザー着てると、大きさが分かりにくいんだよな。第一の門であるブレザーは開かれてるけど、第二の門であるブラウスの首元には、エメラルドグリーンとコバルトブルーで織りなす斜め縞による蝶型のリボンがとまってる。あの蝶が飛び去らんと、ブラウスの胸元が開かないわけだ。何らかの奇跡が起こって第二の門が開いたとしよう。Tシャツとかの私服を着てなければ、待ち構えるのは、最終門のブラジャーだ。何色なのかは、……本人にも聞かないでおく。
望月さんはどうなんだろう。結構でかそうだよな。いつも全ての門が固く閉ざされてるから、胸の大きさは未知数だ。次の五限目は体育だから、じっくり観察できるかもしれん。
おかずを咀嚼していた阿部は、飲み物を口にして、水筒を置いた。
「当時は男子の欠席が大幅に減ったり、どこで噂を嗅ぎ付けたのか不登校の男子が戻ってきたりと、ナスビちゃん目当てで学校に通ってた奴も多いそうだよ。一部のファンの間では、彼女の写メが高額で取引されてたらしい。三年間、大黒中のマドンナとして君臨してたのさ」
「そんだけモテるのに、恋人の募集を締め切ったんでしょ」
「彼女曰く、処女を守りたいから彼氏は要らない、だとさ。あのルックスで処女だということをカミングアウトされては、思春期の男子には堪らないわけだよ。分かるだろう、珠夜君」
「……処女を貫く理由は、魔法使いになりたいから、でしょ」
「なんだ知ってるのか。さては君も、童貞がどうのこうのと言われた一人かい」
「あぁ。羨まれたわ。新星さんは男子に対して誰にでもあんな接し方なの?」
「相手の言動次第だよ。自分に言い寄ってくる男に対しては、まず童貞か否かを聞く傾向があるらしい。どちらにせよ断るのに」
入学式の日に俺が初めて話し掛けた時、新星さんにはナンパの類だと思われたのかもな。
「つまり君はナスビちゃんに言い寄ったことがあるんだね」
「大いなる誤解だ」
「隠す必要は無い。僕も君の気持ちは良く分かる」
「ん。てことはお前」
「言っただろう。君は大黒中出身の男子全員を敵に回したと」
「ふーん。そいつは厄介だな」
「他人事みたいに言うな。大体君には絵利果ちゃんという人が居るだろう。まさか、二股か」
「どっちも知り合いだっての。付き合ってるんじゃないよ」
腹ごしらえを済ませた俺は、阿部が食べ終わるまで、引き続き雑談することにした。
「確か珠夜君も、ここの推薦入試を受けにきてたよね」
「えっ。あの日お前居たの」
「居たんだよっ。君とは別の教室で、筆記試験や面接を受けたんだ」
今を去ること約二ヶ月前、万葉高校では推薦入試が行われた。当日、俺も学ラン姿で受験したものである。試験の一つは、作文だった。指定された題名は、“私の夢”。
「あぁ、そう。阿部は、あの作文、何て書いた」
「それを短くまとめたものが、高校初日に自己紹介で付け加えたことだよ。……ん? どうした珠夜君。まさか、僕が言った夢を、覚えてないのかい」
「残念だったな。そのまさかだ」
「偉そうに言うなっ」
食べ終えた阿部が、昼休憩の予定を尋ねてきた。まだ時間が随分残っている。
「図書室で読書」
昼食後は図書室で過ごすのが、小学生時代から俺が通ってきたお決まりのコースである。
空の弁当箱と水筒をリュックに突っ込む阿部。引いた手には、小説らしき本が掴まれていた。
「僕も読むんだけど、静かな場所は苦手でね。教室の方が落ち着くんだ」
互いの机を元の位置へ。俺は教室を出て左折した。四組から一組へと、様子を眺めて歩く。
八組まであるから、一年生だけでも結構な人数だな。俺の知らん人、まだまだ大勢居るわ。
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